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ジークヴァルトは黙り、続きを話すよう促す。
せっかくシェイラと会えたのにこんな話をしなければならないなんてと少しばかり残念に思うが、軍の指揮官として、これは聞かなければならない話でもあった。
生き残った方のライドゥル兵に年齢を確認すると17歳とのことだった。
奇しくもシェイラと同じ年だった。
そんな年にして彼は間諜となり、敵国に送り込まれ、この国で時期を伺っていたのだと思うと、相手は敵国の兵士だというのに、憐みさえ懐かずにはいられない。
自害した方の兵士は彼の実の兄だったのだという。
どこの国もそうだが、幼くして間諜になるのは、孤児が多い。
今日の食料にも困り、子供の将来を案じる親がもういないような子が好まれる。過酷な環境の中を国に拾われ、今日の食料に困る必要がなくなり、上官がまるで親か何かのように庇護すれば、絶対的な上下関係が出来上がる。
そして、万が一の時には、死ぬための未練が少しでも少ない方がいい。そうでなければ死ぬのに躊躇するだろう。そう、この少年のように。
死んだ兄の方はともかく、生き残った弟はまだ、見習い兵といってよかった。
兄のように死ねなかった。
生き残りさらには、耐えることもできなかった。
あまりに未熟な兵士だった。
だからこそ、取り調べの場に現れた、うす暗い場所とはあまりにも不釣り合いの貴族令嬢の存在にあっ、と声を上げてしまった。
シェイラが兵士の取り調べに呼ばれたのは、彼の話すライドゥル語にひどい訛りがあり、宰相府では対応しきれないとのことだったからだ。
が、確かに南方の訛りは感じられたが、一般的なライドゥル語を修めた者であれば十分に対応できるものだった。文官の回りくどい文語調と比較すれば遥かに分かりやすいと言っていい。
おそらくフェルディナンドも半分以上は理解できただろう。
にもかかわらず、彼は娘を呼んだ。
その意図に気づいた時、我が父ながら本当に手段を選ばないとシェイラは呆れた。
が、それを面にはまったく見せることなく、何も言われずとも父の意の通りに振舞うシェイラ自身もまた、十分にひどい人間なのだろう。
兄を失い、敵国の牢に1人入れられ、途中何度か殴られもしたのだろう、頬を赤く腫らしたライドゥル兵は、取調室にやってきた異質な存在に息をのんだ。透き通るように白い肌をした、碧の双眸が印象的な少女は、指し示された椅子に座ることなく、何かを堪えるように一瞬唇を噛みしめ、そして、お兄様のことはお気の毒でしたと切り出した。
ぱっと兵士は顔を上げる。
こくりとうなずいたシェイラの声が若干震えていたのは、彼女の本心からのものだった。
この兵士が自身の同じ年と知り、同情をした。
彼らはただの実行役でしかない。こんな子供の背後でほくそ笑んでいる大人こそが本来責められるべき人物だと思うと、敵国側の兵士を理解しつつも、告げずにはいられなかった。
多分、彼らの剣が2人に怪我1つ負わせることができなかったからだろう。
もし、ジークヴァルトやヴィリーが怪我をしていれば、荒れ狂っていたかもしれない。
そんな偽善の上に綴られる言葉でもある。
そう、理解しながらも、シェイラは続けた。
南部の訛りの特徴である、語尾が少しあがるそれで告げられた弔いの言葉に、とても心細かったのだろう。まだ、兵士としては未熟なばかりの青年はくしゃりと顔を歪め、目からは涙がこぼれ落ちた。
そんな彼に、囁くように告げたのはフェルディナンドだった。
シェイラとは異なる、教本通りのライドゥル語にびくりと肩を揺らした兵士はシェイラを見る。
罪悪感を抱えながら、父の言葉を言い直す。
『話してください。話してくれれば私達は貴方をライドゥルに引き渡します。これを、お兄様の形見としてお返しします』
しゃらりと音を鳴らし、フェルディナンドの手から銀製のロケットペンダントが見せられた時、堪えきれなくなった彼はついに泣き出した。
彼らはやはり、捨て駒だったのだ。
死のうと死ぬまいと。
秘密を話そうと話すまいと意味はない。
いや、秘密なんてものはそもそも彼は持っていない。
彼らはただ、こちら側の手引きにより敵国へとやってきて、潜み、時を伺った。
いや、彼ら自身が伺っていたわけではない。伺っていた人物に命じられ、命じられた通り昨日、マティアス侯爵邸へと向かう街道沿いに隠れ、待った。
昨日、ジークヴァルトが王宮を出たのがバレていたのだ。
そして、襲撃が成功しようがしまいが、意味はなかった。
一応、成功する方が望まれてはいただろう。が、失敗したところで構わない。王族と言えども軍にいたジークヴァルトにぶつけるには、彼らはあまりに弱い。
では、何を狙ったのか。
ライドゥルがティトゥーリアの新たな世継ぎを襲ったという事実に意味がある。
だからわざわざ、偽装しようともせず、兄の方はわざわざ双頭の白百合が彫られたロケットペンダントを胸にしまっていた。
彼らは機を狙っているのだ。
戦いを。
出来れば、王太弟が襲われたことに腹を立て、怒りにまかせ、ティトゥーリア側から開戦することを。
戦いの正当性を。
それほどに愚かな行動を起こすと本気で思っているのだろうか。
いや、一か八かだったのだ。だからこんな、独り立ちもしていない者が使われた。
或いは、ライドゥル側も割れているのだろうか。
いや、或いは。
やはりライドゥルと内通していたカラフェ男爵が、アリアの失敗と自身の劣勢に焦り、事を起こした?
そうだとして、カラフェはライドゥルの誰と手を組んでいたのだろうか。
シェイラは、ライドゥル王を思い浮かべた。
ライドゥルの現王の名をイナグシオ二世という。
5年前、戦争に疲弊したライドゥルを憂いた王弟は、兄を殺し、王となり、ティトゥーリアと停戦した。アーデルベルトとともに戦争を止めた1人でもあり、シレジアをやすやすと奪われた敗戦国の王ともいう。
シェイラは肖像画でしか見たことがないが、穏やかな、おそらく戦争さえなければ王弟の立場をまっとうしただろう、権力争いとは程遠い人物だったという。
これはその、イグナシオ王の命を受けてのことだろうか。
それとも、彼の治世に綻びが出ているということだろうか。
かの国では今、主戦派と回避派のいずれが力を持っているのだろうか。
今回はまやかしのようなものだったが。
再び、戦争は起きるのだろう。
ぞくりと何か、背に冷たいものが走ったような気がして、シェイラははっと顔を上げる。
目が遭う。
すべてを見通すような澄んだ、穏やかな青が目前にあってびくりとする。
「殿…下…」
もしかしたらイグナシオ王は、ジークヴァルトに似ているのかもしれない。
同じ、王弟という立場、本来であれば王座とは遠い場所にありながらも引き寄せられる。
シェイラは首を振った。
他国の王のことなどどうだっていいのだ。
ただ、目の前にいるこの人がことが案じられる。
慣らされた身体とは言え、自ら毒を呷ったと聞いた時、どれほどに驚いたか。この場に来ることが許され、寝台に横たわり、うなされる苦悶の表情にどれほどに案じられたか。
戦争になれば、戦場に立つのだろうか。
そうなのだろう、この人は次の王となる方、なのだから。
「ジークさま…」
思わず名を呼び、呼んでからはっとする。
申し訳ありませんと慌てて頭を下げようとするが、それはかなわない。
ジークヴァルトが苦しげに眉を寄せているのに気づき、まだ身体の具合がよくないのではないかと案じようとすると、そうではないのだと首を振られる。
「あの」
「貴方は、自分がどういう顔をしているのか分かっていないのか」
「顔?」
ぽかんとする。
すると、もどかしそうな声で触れても構わないかと問われる。
「殿下?」
「いい、黙って」
腕を伸ばし、引き寄せ。
ジークヴァルトは自身の胸の内にしまいこむように抱き寄せて、ようやく息を吐く。
シェイラはあたふたとしているが、無視をする。
シェイラの話ぶりから、同じ年だったという敵国の兵士に何か、憐みのような感情を抱いていることが分かった。
が、その憐みは不要のものだ。
どんな境遇であれ、年であれ、軍人が任務に失敗した以上、そこに同情の余地はない。寧ろそうすることは侮辱でさえある。
が、それを17歳の、まだ学生であるシェイラに理解せよというのは酷だろう。
寧ろ、同情されるべきなのは、17歳という若さにして、エルンストとの婚約破棄をされたばかりの身で、まだ体調も万全ではないだろうに血生臭い場所に引っ張り出された彼女の方だ。
だというのに、文句を言うことなど気づいてもいないだろう。
不安げなまなざしがジークヴァルトを見上げる。
敵国の兵士から話を聞き、戦争の足音を感じ取り、案じている。
その不安を否定してあげることは出来ず、それどころか、自身の不安の共有を乞うように、強く強く抱きしめてしまう。
「あの、殿下」
「もう一度名前を呼んではくれないの?」
「殿下?」
「ジークさま…」
「私は、近いうちに再び、シレジアに赴くことになるだろう」
「戦争」
「そうなるかどうかは分からないけれど、我が国の領土はこの手で守らなけばならない」
潤んだ碧の双眸にジークヴァルトは願う。
かなうならば、たった1つ我が儘が許されるならば。
生きて戻るのならば彼女の腕の中がいい、と。




