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信頼、ねぇ。
あなたの口から出ると怖い言葉ね、フェルディナンド。
そう含んだ笑みとともにカテリーナが視線を向ければ、それを何でもないように受け止めたフェルディナンドは喉を鳴らす。
あの方は貴族間の諍いには多少疎くていらっしゃいますが、王としての力量は疑いようもありません。
そう告げて、無感情な声で問うた。
後悔しておられますか、と。
その問いに一時カテリーナは口を閉ざした。
解が見つからなかったわけではない。が、その問いに対する解は少し、苦いものだった。
後悔ならばある。
幾度となく、悔やみ、過去に立ち返ろうとする。
が、立ち返ったとしても、選べない選択であることを思い知るだけだった。
「私はリッカの家に生まれました。リッカの人間である以上、この国に対して果たすべき役割があります」
「カテリーナ様」
「そう、悪いものではありませんでした。ゲオルグ陛下はお優しかったし、かわいい息子にも恵まれました。何よりも」
何度考えても私にその選択はできません。例え将来、その選択が最善だったということを思い知らされたとしても。
きっぱりとした口調で告げたカテリーナはひたとフェルディナンドを見、王太后の威厳の前に彼は頭を垂れた。
王宮を出て、学術院までの距離は馬車で20分ほどになる。
雨の日、しかも夕方の混雑の中だからもう少しかかってしまうだろうか。
4人乗りの馬車にはシェイラとジークヴァルト、そしてマノントン夫人が同席している。ジークヴァルトにシェイラを送るよう命じたカテリーナだったが、さすがに未婚の男女、しかも王子と王太子の婚約者が2人で馬車に乗ることは許さなかった。マノントン夫人はマノントン伯爵家の女主人でありカテリーナが懐刀として重宝している存在でもある、シェイラの妃教育の幾つかを受け持っている女性だ。
進行方向にシェイラとジークヴァルトが隣り合って座り、向かいにマノントン夫人が座る。さりとて、2人のお目付け役を請け負ったに過ぎない彼女は、邪魔とお思いでしょうがいないものとして扱ってくださって構いませんわと言い、持ち込んだ分厚い本をめくり始める。
「殿下、申し訳ございません」
車内の無言に耐えきれなくなったシェイラは、ぎこちなく声をかける。拒否できる状況ではなかったものの、手間を取らせてしまったと、しょんぼりとする。
あの時はもう少し一緒にいたいなどと思ってしまったが、無言で馬車に座るジークヴァルトに段々と申し訳なさがこみ上げてくる。
「あの、殿下」
「シェイラ、聞いても構わない?」
しばらく黙ってしたジークヴァルトは突然、顔を上げる。
話しかけてから、隣に座る少女がひどく心細い表情をしていることに気づく。
彼からすれば、シェイラとともにいられるというなら、護衛だろうがなんだろうが構わない。まともに話が出来たのはあの最悪な日から4年ぶりで、幾らでも話したいと思うのに、何から話していいのか分からない。どうしたらいいものかとつい黙ってしまっていたのだが、その間、不安がらせていた自身の失態に気づく。
王太后宮に寄ったことで随分平静を取り戻してはいたが、庭で見かけた時、この娘は泣いていたのだ。
妃教育で叱られて、ということではないだろう。自分なんかよりずっと飲み込みが早かったわよと、カテリーナがため息をついていたのを見たことがある。妃教育では足りず、既に未来の妃として王妃の執務の一部を手伝い、のみならず王や宰相からの仕事を請け負う彼女が教えを受けることはもはや少ないだろう。
では、何がシェイラの心を揺らせたのか。
何が彼女を泣かせ、ジークヴァルトの名を呼ばせたのか。
エルンストとの不仲は今更のことだし、シェイラの方も彼を単なる名でしか見ていないだろう。出来の悪さも今更だし、呆れるほどの女漁りっぷりもまた、今更だ。そんなことで泣くくらいなら、もうとっくの昔に彼女は王太子妃候補の座から逃げ出していただろう。
では一体何が、彼女の心を揺らしたのか。
彼女の何が思い出させたのか。
ジークヴァルトは手を伸ばし、既に消えている涙の跡をたどろうとする。シェイラはたじろぐが、柔らかな声に縫い付けられる。
ジークヴァルトはは再び聞いても構わないかと問うた。
「殿、下」
「何があった」
何故泣いていたのか、何故名を呼んだのか。
声にも、感情の中にも、少女を案じいたわるものがないわけではないが、それがすべてでもない。
例えば、カテリーナの行動と何か関連があるのではないかという邪推があった。
自身がこの5年間押し込んできた荒い感情と同じものを少しでもシェイラも持っていてくれるのだろうかという期待と切望があった。
そんなものらをはらんだ自身の目は彼女を怯えさせるかもしれないと、なるべく柔らかな表情を浮かべるよう心がける。
自分はひどく、みっともない顔をしているかもしれない。
「何故、泣いていた」
問われ、シェイラは狼狽した。
どう答えていいのか分からない。
例え、ジークヴァルトであっても、いや、ジークヴァルトだからこそ口にしていいにか分からない。
何もかも捨てて、あなたに縋りたかった。
そう口にすることは容易くなかった。
シェイラは躊躇い、ジークヴァルトは彼女が口を開くのを根気よく待った。マノントン夫人が本をめくる音だけが響いていた。
その時、突然、馬の嗎きがし、車輪が止まった。




