洞窟の戦い
王田とアレーナは洞窟の中で一晩過ごすことにした。新たに獲得した”ファイア”で火をおこす。魔法はMPが尽きない限り消えることはない。二人が交互に寝ながら、起きている方は魔法で火を絶やさないようにする。今はアレーナが見張り番をしている。一人なのをいいことに独り言をつぶやく。
「まったく、何なんですか。この人は。杖を使わない、魔法の威力はめちゃくちゃ。こんな魔法士どこの国を探してもオウダ様しかいませんよ。いや、オウダ様は魔法士ではないんでしたね……」
自分との差を感じてため息をついていると不意に洞窟の奥の方から音が聞こえた。最初は風の音かとも思ったが、聞いているうちに明らかに違うと感じた。
「オウダ様! 起きてください! オウダ様!」
「あー……、うるせぇ。だぁってろ」
「そんな場合じゃないんです! 洞窟の奥に何かいます!」
「……なんだと?」
のっそりと起き上がる王田。アレーナが見ている洞窟の奥へ目をやるが何もない。しかし音は捉えた。
「……この音は、何だ?」
「わかりません。ただ、生き物の発する音で間違いないと思います……」
奥を警戒していると、今度は入口の方で異変が起こった。足音がする。それも、人間が出す足音よりはるかに大きい。
「どどど、どうしましょう、オウダ様!」
「落ち着け。まずは岩場に隠れろ」
王田の指示で少し奥まった場所にある岩の陰に隠れた。少しすると、緩慢とした動作で大きな影が洞窟に入ってきた。この洞窟は高さが5メートルほどはあるが、それの頭は天井まで1メートルほどの間隔しかない。
「あれは……」
「み、ミノタウロスです……!」
牛頭人体の怪物。巨大な角と剥きだされた牙。そして赤い液体の付いた棍棒。
「オウダ様、どうやらここはミノタウロスの住処のようです……」
「なるほどな。こんな洞窟、何かの住処にならないはずがないな」
「オウダ様がここで寝ようって言ったんでしょう……!」
アレーナが小声で怒鳴る。器用なことするな。
「まあ安心しろ。おそらくあいつはすぐに寝るだろう」
「な、なぜそう言い切れるんですか?」
「棍棒と口元を見ろ」
指摘された箇所を見る。どちらにも血が付いていた。
「あいつはおそらく食事でもしてきてここに戻ったんだろう。そして奥から聞こえた音はおそらくつがいだ。一個体の戦闘力が強い場合は別々に狩りを行うことが多い。今度は奥の奴の番だから起きだしたんだろう」
アレーナは少し感心した。こんな状況でも冷静に判断を下せる王田を少し見直した。岩の陰から見ていると、王田の指摘通り奥からもう一匹のミノタウロスが姿を現した。雌雄の判別はできないが推測は当たっているだろう。
「それで、どうするんですか?」
「そうだな。戦ってもいいが……、お前は無理か」
「当り前です。死んでしまいます」
王田は戦うのをあきらめ、隠れてやり過ごすことにした。しかし、ここでミノタウロスが奇妙な行動をとる。四つん這いになって地面のにおいを嗅ぐ仕草をしているのだ。
「おい、あれは何をやっているんだ?」
「多分、私達の残り香を嗅いでいるんだと思います。ミノタウロスは鼻がいい、です、から……」
そこまで言って気づいた。鼻がいい。それはつまり。まずい、と考える間もなくミノタウロスがこちらを向いた。明らかに存在を感づいた行動だ。
「鼻がいい、か。それは想定外だった」
「お、オウダ様ぁー!」
完全に存在を認識し、猛り狂ったミノタウロスが棍棒を隠れている岩に叩きつけた。間一髪のところでアレーナを抱えて飛び出した。
「チッ、挟まれたか」
回避に必死で逃げる方向は考えていなかった。結果、二匹のミノタウロスに挟まれる形になってしまった。どう考えてもアレーナではレベル差で勝てない。王田一人なら勝てるだろうが、足手まといを守りつつ、二匹の挟撃を防げるかというと厳しい。
「アレーナ! 俺が足止めするからお前は出口へ走れ!」
「わっ、わかりました!」
自分が足手まといだと理解していたアレーナは王田の指示に従う。出口に近い方のミノタウロスへ王田が魔法を放つ。
「”アイススパイク”」
唱えた直後、ミノタウロスにめがけて地面から無数の氷でできた棘が生えた。命中精度は低いがいくつかの攻撃がかすり牽制にはなった。その瞬間を狙って再び魔法を放つ。
「”アイスブレイク”」
氷という物体のみを破壊し飛散させる魔法だ。先ほどの氷の棘が内側から爆発したように砕け、周囲に氷の槍のごとく降り注ぐ。この機を逃さず王田も出口の方まで走る。後ろの敵が攻撃を始める前に撤退する作戦だ。しかし、出口付近で見たのは立ち止ったアレーナだった。
「何してる! 走れ!」
「お、オウダ様ぁ……」
アレーナが後ずさり、ようやく外の状況を把握する。なんとミノタウロスが5匹、出口を囲うように立っていた。奴らは群れだったのか!
「いったん中へ戻れ!」
アレーナを連れて洞窟の奥の方へ戻る。後を追うように残りのミノタウロスが追ってきた。頭の中で作戦を立て直す。外の奴らは一点突破なら行けたかもしれないが、その間はアレーナが無防備になる。洞窟へ戻った方が挟撃のリスクはあるが、逆に言えばそれ以上の危険はない。なので洞窟の一番奥へ行くことにした。中では負傷したミノタウロスともう一匹が待ち構えている。
どう攻略したものか。考えてる時間はほとんどない。アレーナの手を引きながら、王田はステータス画面から魔法欄を開くと土魔法のアイコンをすべてタッチし魔法を取得していった。その中から使えそうな魔法を探し出し無差別に発動する。
「”ウォールガード”、”サンドストーム”、”アースハンマー”」
硬い土でできた壁があちこちからせり出し、砂の竜巻が吹き荒れ、洞窟の上部から次々と岩石が降ってくる。とにかくがむしゃらに使ったおかげか、ミノタウロスの追撃がない。その間に洞窟の奥まで走っていった。
洞窟は、奥に行けば行くほど暗くなる。先ほどまではぎりぎり届いていた眩しい月明かりの下で戦っていたが、今はもうほとんど見えない。
「アレーナ、明りをつけろ」
王田は光系の魔法はまだとっていなかった。アレーナに頼るしかない。
「ちょ、ちょっと待ってください。杖が……」
まさか落としたのだろうか。一応脅威は去ったようなので歩きながら確認を促す。
「早くしてくれ。明りがないと周りの把握が――」
突然声が途切れた。
「オウダ様? オウダ様! どうしたんですか!」
慌てて杖を探し”ライト”の魔法を使う。
「オウダさ――」
アレーナの声も途切れた。魔法の明りをつけ一歩踏み出した瞬間足場が消えた。真下に落下する感覚とともにアレーナが最後に見たのは、洞窟の最奥であり奈落の底に続くかのような深い大穴だった。
二人は、闇の底へ落ちていった。




