③-2 謎の声
「これがその”声”……?」
「どういうことだ?」
「私を庇って消えた人が『声を辿れ』と言った」
問われてミオンは井戸に落ちたときのことを話した。
あの人が消えた瞬間を思い返すと胸が痛くなる。
すると、悪魔は不審そうに眉を寄せた。
「なんだ、その男は? あやしいな」
「でも、助けてくれた」
たしかに自分で話していても不可解なことが多いと思ったが、それでも命の恩人には変わりない。その人のことを悪く言われたくなくて、ミオンは反論した。
でも、悪魔はなおもからかうように言う。
「お前、なにかに化かされたんじゃないのか?」
「私を騙してもなんにもならない」
「ハッ、そりゃまあ、そうだ」
「冷めた子どもですね」
淡々と返したミオンを悪魔は笑い、使い魔はあきれたように見た。
彼らの反応を流して、ミオンはほかになにか聞こえないかと耳をすませたけれど、不思議な声はもう聞こえなかった。
視線を落とし、この開いているページが手がかりなのではないかと思って、改めて本の項目を読んでみた。
「ふ……に、びあ?」
「フーニビアの戦いですね。領地争いで、十年も戦ってたそうですよ。まったく人間は愚かですね」
内容を教えてくれたルーガが蔑むように言い放つ。
その通りだとミオンは首をすくめた。
そもそも人間が消滅する魔法を開発するなんて、罪深いにもほどがある。
人類が消えてしまったのは自業自得だと言われても仕方がないと思った。
(それでも関係ない人もたくさんいる。親切な人だっていた)
お世話になった大家のおばあさん、井戸で助けてくれた男性を思い浮かべて、ミオンは考える。
手があるのなら、やはり時を巻き戻して、人類を復活させたい。
「ここに行く」
あの不思議な男性に、声を辿れと言われた。
それなら、きっとヒントがここにあるに違いないとミオンは考えたのだ。
彼女の言葉に、ルーガは改めて本を確認した。
「ここって、フーニビアですか? まぁ、魔力溜まりはありそうですが」
「わざわざそんなところに行かなくてもいいだろう。そこの魔力を吸収したとて、たいして変わりはない」
だるそうに悪魔が言うから、ミオンは告げた。
「別に悪魔は来なくていい」
「残念ながら、契約した以上、そういうわけにはいかないんだな……」
やれやれとばかりに悪魔が立ち上がる。
驚いたミオンは目を丸くして悪魔を見上げた。
(一緒に来てくれるんだ)
この怠惰そうな悪魔がまさか自分に付き合ってくれるとは思わなかったのだ。
彼女の反応を別の意味に捕えたのか、悪魔が言う。
「とはいえ、もう夕暮れだ。出発は明日にしよう。どこに寝泊まりしてるんだ?」
「決めてない。適当」
「じゃあ、領主の屋敷に行こうぜ」
いつもミオンは全財産を持ち歩き、夕方には近くの宿屋などを探して泊まっていた。でも、高級そうなところへは入れなくて、いつも安宿ばかり選んでいる。
それなのに領主の屋敷なんて論外だ。
イタズラに笑う悪魔に、ミオンはブンブン首を横に振った。
「やだ」
「なんでだよ? 豪勢な部屋で寝られるぞ? おもしろいじゃないか」
「そんなのいい。悪魔だけ行けばいい」
悪魔を止める権利はないから好きにすればいいと思った。
しかし、彼は肩をすくめて否定する。
「それができたら、とっくにしてるさ。俺たちは契約中の人間から一定時間と距離、離れることはできないことになっている」
それを聞いてミオンは納得した。
旅に付き合ってくれるのも契約のおかげかと。
ミオンにとってはそういうわかりやすい理由のほうがよかった。
そして、しばらくは一人にならないことを知って、ひそかに喜んだ。
悪魔だとしても道連れがいるのはいい。
それでも、分不相応な場所へ行くのはためらわれた。
「だけど、領主様のお屋敷は……」
「いいじゃないか。どうせ誰もいない。それに有益な情報があるかもしれないぞ?」
たしかに領主なら教会と違った蔵書があるに違いない。
情報は多いに越したことはないと考え直し、ミオンはうなずいた。
「それは……そうかも」
「ちょっとは楽しむことを覚えるんだな」
「楽しむ……?」
常に楽しげに笑っている悪魔を見上げて、ミオンは聞き返す。
彼は答えなかったけれど、領主の屋敷を想像したら、ミオンの中の好奇心が動き出した。
(どんなものがあるんだろう?)
そんなところには近寄ったことさえなく、きっと教会とは違った趣があるのだろう。
おいしい食材も残っているかもしれない。
さっさと歩きだした悪魔の背中をミオンは急いで追いかけた。




