③-1 謎の声
ミオンはその部屋を出て、図書室内で魔力溜まりの情報を探そうとした。
適当に本を出し開いてみる。
「じ……が……も? の……さ、い……」
「お前、字が読めないのか? よく本から探そうと思ったな。しかも、それはジャガイモの栽培方法だ」
暇だったのか悪魔が本を覗き込んでくる。
黒猫も机に上がってきて、腹を抱えて笑った。
「ハハッ、字も読めないのにどう調べるんですか? こっちは牛の病気対策ですね」
机に積んであった本のタイトルを見て、ルーガが言う。
ミオンは感心したように猫を見つめた。
「ルーガ様は字が読めるんだ?」
「当然です! 優秀なワタクシを舐めないでほしいですね」
「舐めてない」
ミオンは本を書庫に戻して、隣の棚を眺める。
とりあえず、魔法に関係ありそうなタイトルを探そうとした。
移動するたびに悪魔と使い魔が教えてくれる。
悪魔はいつの間にかイスにだらけて座っていて、やる気なさそうなくせに。
「そこは法律の棚だ」
「そこは神学の棚ですね。鬱陶しいから開かないでください」
「おいおい、結婚について調べてどうするんだ?」
ジャンルごとに本が揃えてあるのはわかったものの、ミオンには魔力溜まりのことをなにで調べたらいいかわからなかった。
そこで、今度は本の見た目で判断してみる。
悪魔を召喚した本のように、豪華な装飾があるものは貴重なのではないかと考えたのだ。
目星をつけて、本を取り出す。
「お、う……きゅ、うの……」
「『王宮の歴史』だ。めんどくせーな。おい、ルーガ、文字を教えてやれ」
あまりに非効率なミオンのやり方にしびれを切らしたのか、悪魔が使い魔に指示をした。
ルーガは驚愕して悪魔を見上げる。
「なんでワタクシが?」
「この調子だと一生ここから出られないだろ。教会なんて居心地わりーし」
「そこはご主人様の力でちょちょいと文字が読めるようにすればいいではないですか」
不満そうにするルーガに、悪魔は視線をミオンに移した。
どうでもよさそうに聞いてくる。
「そう願うか?」
「いい。まだ願いは使わない」
ミオンはきっぱりと首を横に振った。
願いはあと二つなのに、そんなことで使いたくない。
それに時間を巻き戻せるのなら、今、時間を使ったところで浪費にはならない。
「そうか。いい心がけだ。俺はまだ人間界にいたい。……というわけだ、ルーガ」
あっさりとしたミオンの返事に悪魔は意外そうに片眉を上げて、ふっと笑った。そして、使い魔を促す。
黒猫はこれ見よがしにハァァと溜め息をついてみせた。
嫌々でも教えてくれるということだろうかと判断したミオンは、次の本に目をやり、眉をひそめた。さっそくなんという字かわからなかったのだ。
「ルーガ様、この字は?」
「パ、です。それは『パンのレシピ』! あぁー、もうっ! せめて地理の本とか探してくださいよ」
「地理?」
「ほら、こっちです」
黒猫はとことこと歩いていき、奥の書架をテシテシと前脚で叩いた。
ついていったミオンはやはり豪勢な本のタイトルから読み始める。
「ち、し、つ、とち……」
「地質と地形。関係ないですね。丘陵地帯における……これも違います。魔法に関連した棚のほうがいいかもしれませんね」
本気になってきたのか、ルーガは次々とタイトルを読み上げ、今度は別の棚へとさっさと行ってしまう。
(手伝ってくれてる?)
聞いたら決して認めない気がしたが、意外に親切なのか知識欲があるのか、黒猫は熱心に書棚を見始めた。
うれしくなってきて、少し口角を上げたミオンは後に続いた。
それに久しぶりに誰かと会話ができているのも楽しい。
「うーん、魔力溜まりに関係ありそうなものは……『魔力形成の法則』ですか。これはいまいち、いや待てよ」
猫が本を取り出し、パラパラとめくっている。
そして、ミオンをちょいちょいと招いて呼ぶと、「ここを読んでごらんなさい」と言う。
「ま、りょく、は……たた、かい――」
「魔力は戦地によく残っている、と書いてあるんです。つまり、先ほどの『王宮の歴史』と地図を突き合わせると、魔力溜まりができていそうな場所がわかるってことです」
「ルーガ様、頭いい」
「そうでしょうとも! ワタクシはご主人様の筆頭使い魔ですからね」
えへんと胸を張る黒猫を微笑ましく思いながら、ミオンは彼らに出会えたのはとんでもなく幸運だったのではないかと思い始めた。
先ほど悪魔が読んでくれた『王宮の歴史』を猫のもとへ運んできた彼女は言われるがままに後ろのページからめくっていった。
戦いが起こったのが最近であればあるほど、魔力が残っている可能性が高いからだ。
ルーガが内容をチェックしていく。
あるページを開いたとき、突然、どこからか声が聞こえてきた。
――イヤだ、イヤだ。もうタタカイたくない……!
それは妙な声だった。
しわがれていてカタコトで、苦しそうで。思わずどうにかしてあげたくなるような、切実に助けを求める声。
「今のなに?」
「なにってなんですか?」
ミオンはキョロキョロと辺りを見回したが、ここにいるのは悪魔と猫と自分だけだった。
ルーガには聞こえなかったようで、逆に聞き返される。
あんなにはっきり聞こえたのにと驚いて、ミオンは悪魔に視線を移し、確認した。
「声が聞こえなかった?」
「声? なんだ、それ」
机に腰かけて、暇そうにしていた悪魔は不思議そうに答えた。
どうやらそれが聞こえたのはミオンだけだったらしい。
そんな”声”に思い当たるとしたら一つしかない。
ミオンはつぶやき、首をかしげた。




