②召喚したのは?
それから二週間。
ミオンは手がかりを求めて、町をさまよった。
無人の町を歩くのは彼女一人。
品物を広げっぱなしの店、積みあげられた果物、野菜、道の真ん中に止まったままの荷車。
生活の痕跡を残したまま人だけがいない。
しんと静まった町ではやけに足音が響いた。
「誰か……誰か、いない?」
声を張り上げるも、ミオンの声は静寂に消えていくのみだ。
どこに行っても本当に誰もいなくて、ミオンはうつむいた。
男性が言っていた”声”の意味もわからない。
それでも探し続ける。
腹が空けば適当な店で食料をあさり、宿屋を見つけてそこで寝泊まりしながら。
最初は泥棒をしている気になって、罪悪感でいっぱいになったけれど、だんだん慣れていく。
ついでに繋がれたままの動物を見かけると解放していった。
困ったのは、だんだん食材が腐り始めて、食べられるものが制限されていくことだ。
仕方なく、干し肉や乾燥させた野菜や果物を見つけては確保した。自分でも見様見真似で保存食を作ってみる。
でも、干していたのを猫や鳥に食べられることが多かった。
人間はいなくなって、動物はのびのび暮らしているように感じた。
「今日はここを探そう」
町で一番大きな建物である教会を見上げ、ミオンはつぶやいた。
幼いころ、父に連れられてきた教会の奥。
そこにはなにがあるのだろうと幼いミオンは覗いてみたくてたまらなかった。
(そういえば、ちっちゃいころは好奇心の塊だったな)
教会の扉を開けたミオンは、おそるおそる奥の神職以外立ち入り禁止であろう領域に忍び込む。
こんなことにならないと絶対に入れなかった場所だ。
少しの罪悪感とワクワク感。
でも、なんの変哲も無い廊下と重厚な扉が続いているだけだった。
ここにも人影はなく、ひときわ大きな両扉を開いてみる。
そこは図書室だった。
自分がほとんど字を読めないことを思い出し、愕然とする。人がいないから尋ねることもできない。
それでもなにかわかることはないかとうろついた。
――望みはなんだ? 三つ叶えてやる。
ふいに自信ありげな男性の声が聞こえて、ミオンはキョロキョロと辺りを見回した。
「え? 誰?」
しかし、自分のほかに誰もいない。
だけど、奥に小さな扉があるのに気がついた。繊細な飾り彫刻が施されたどこか気になる扉だ。
不思議に思いながらも、ここになにかあるのかもしれないと思う。
施錠されていたが、鍵を探して開けてみた。
「本?」
その部屋には書見台の上に鎖が巻きつけられた本が一冊置いてあるだけだった。
ミオンは鍵の束の中からその鎖の錠に合うものを見つけ出し、じゃらじゃらと重い鎖を外した。
「わっ!」
鎖が解ける否や、本が勝手に開いた。まるでここを見ろと主張するかのように。
そこにはクネクネとうねる複雑な模様の魔法陣が描いてあった。
いかにもあやしい状況にミオンは困惑する。
「どうしよう?」
一応、ミオンには父譲りの魔力が少しだけあるから、起動させることはできるかもしれない。
この魔法陣がなんの魔法かわからないけれど、この状況を少しでも改善することになればと思って、試してみることにする。
(どうせ最悪のことはもう起こってる)
これ以上悲惨な状況というのが想像できなかったのだ。
魔法陣に手を触れ、魔力を流す。
パァッと魔法陣が青白く輝いて、まばゆい光柱が立った。
どこからともなく風が吹きつけてきて、ミオンの髪を揺らす。
「……っ」
驚きに声もなく立ち尽くしていると、光の中から声がした。
「やれやれ、こんなちっぽけな魔力に俺様が呼び出されるとはな」
ゆっくりと光が薄れていく。
そこにいたのは――。
腕組みをして宙に浮かぶ、美麗な男性だった。
驚愕したミオンは口をぽかんと開いたままになる。
そして、まじまじと彼を見つめた。
恐ろしく整った顔にはルビーのような赤い瞳。襟足長めな黒髪。そこから覗く尖った耳には金の耳飾りが見える。黒く艶やかな服には金糸でびっしりと刺繍が施されてあっていかにも高価そうだ。
その男はミオンを見下ろし、形のいい唇をニィッと歪めて面白がるように笑った。
「まだ人間が残っていたのか。望みはなんだ? 三つ叶えてやる。その代わり、お前の魂をもらう」
「……あなたは誰?」
目を見張ったミオンは問いかけた。
いきなり望みを聞かれても訳がわからない。
しかも、魂を失うとは死ぬということと同義だ。
そんな不穏なことを言われて、すぐに答えられないのは当たり前だった。
「俺は悪魔だ」
「悪魔?」
物語の中の存在だと思っていたのに、そう名乗られて目を瞬かせる。
たしかに昔教会で聞いた物語の中で、悪魔は赤い目だと言っていたような気がするし、魔法陣から現れたことを考えるとそうなのかもしれない。
しげしげと彼を眺めていたら、その懐からひょこっと黒猫が顔を出した。
「ご主人様はすごい悪魔なんです。出会えたこと自体を感謝しなさい」
猫がしゃべったとさらに驚きながらも、ふさふさとした長毛の黒猫は触り心地がよさそうで、愛らしかった。
「かわいい」
ミオンは思わずつぶやく。
しかし、黒猫はそれが気に入らなかったのか、プーッと毛を逆立てて怒った。
「偉大なご主人様の筆頭使い魔ルーガ様に対して無礼な!」
「ごめん」
「わかればそれでよろしい」
素直に謝ったミオンに拍子抜けした黒猫はえらそうにうなずいた。
その猫を「うるさい」と言ってぽいっと放り投げ、悪魔はふたたび聞いてきた。
「願いを言え。俺は忙しいんだ」
「時の巻き戻し。世界再生」
今度はミオンも即答した。
自分を助けて消えた男性の姿、無人のがらんとした町が頭をよぎる。
頼まれたからというだけでなく、ミオンは日常を取り戻したいと強烈に願った。
その大それた望みは悪魔に頼むのがふさわしいだろう。それでたとえ自分が死ぬことになっても問題はない。
大真面目に言ったのに、悪魔は肩をすくめ鼻で笑った。
「ハッ、ふざけんなよ。お前一人の魂では割りが合わない。その願いは却下だ」
それはそうだ。
世界再生と自分の無意味な魂。釣り合うはずがないと納得した。
それでも、悪魔はできないとは言わなかったので、ミオンは食い下がる。
「どうしたらできる?」
「億単位の魔力があれば、時を巻き戻すぐらいはできるさ。俺ほどの高位悪魔ならな。まぁ、やらないけど」
「なんで?」
「だいたいもう人間の魂なんて飽和状態でいらないんだ。お前ごときの魂をもらったところで――」
悪魔は言いかけて、気を変えたようにニヤリとする。
「そうだ、ちょうどいい、ここでしばらくダラダラするか。魔界で働かされすぎてうんざりしていたところだ。お前、当分、願いは言わなくていいからな」
一気に全人類の魂が流入してきたことで、今、魔界は忙しいそうだ。
人間界に呼び出されたことをいいことに、ぐうたらすることに決めたらしい。
ミオンの願いを叶えるまで魔界に戻らなくていいのは好機だという。
「願いを変える。必要な魔力をわかるようにして」
「だから、願いは言わなくていいと言ったばかりだろ!」
「これもできない?」
「できるに決まってる! くそっ、契約成立だ。あとの願いはゆっくり考えろよ。俺はまだ戻りたくない」
空気を読まないミオンに悪魔はぶつくさ文句を言いつつ下りてきて、彼女の前に立つ。
中空から楕円形の透明な球のついたペンダントを取り出した。
それを彼女に渡し、説明する。
「このペンダントが魔力でいっぱいになったら時を巻き戻してやろう。まぁ、ならないだろうが」
できるわけがないと悪魔がせせら笑うが、どうしたらいいのか皆目見当がつかなかったミオンにとっては、やることが明確になってありがたかった。
さっそく手のひらの上のペンダントに魔力を込めてみる。でも、なんの変化もない。
「それっぽっちじゃどうにもならない。お前じゃ永久に無理だよ。魔力溜まりでも探すんだな」
「魔力溜まり?」
悪魔の言葉を聞き返すと、彼は「しまった。余計なことを言った」と髪を掻き上げた。
そのしぐさは悪魔なのに、妙に人間臭い。
ちらりとミオンに目をやり、なにも知らなそうだと見てとると、悪魔は話を投げだした。
「面倒くせー。ルーガ、説明してやれ」
「かしこまりました。そもそも魔力溜まりとは――」
猫が立って、講釈を垂れ始める。
魔力溜まりとは自然発生的に生じるものや、魔法を使った跡地に魔力が残ったものがあるらしい。
全国各地にあり、存在を知られている場所も多少あるものの、ほとんどが探すしかないという。
話している内容は有益なのだが、前脚を振り、ふさふさのしっぽを揺らしながらしゃべる黒猫の姿はほのぼのしていて、ミオンは目を細めた。
「猫ちゃん、かわいい」
「ルーガ様と呼びなさい!」
「ルーガ?」
「ルーガサマ!」
呼び捨てが気に入らなかったらしい猫がダンダンと後脚を踏み鳴らす。
その様子も愛らしい。
いちいち可愛い猫に癒され、ミオンはこくりとうなずいた。
「わかった。ルーガ様、この近くの魔力溜まりはどこ?」
「そんなの、知るわけないでしょう!」
「じゃあ、調べる」
「……なんだか調子が狂いますね。人間はもっと感情的だったり欲深かったりすると思っていたのですが」
黒猫は淡々としている彼女をじとっとした目で見る。
そんなことを言われてもとミオンは首をかしげた。
二人のやり取りを悪魔は宙に寝そべって、眺めていた。
そして、気まぐれのようにミオンに声をかけてくる。
「お前、本気で人類を復活させようというのか?」
「うん」
「奇特なやつだな。まぁ、どうでもいいが」
悪魔はそうつぶやくと、興味を失ったようにあくびをした。




