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 磁場嵐が去り、平穏を取り戻した白亜の戦艦クレイディア

 ブリッジの艦長席に座るリーダーは、上層部への任務報告書を作成していた。


 リーダーの指先が、空中に浮かぶホログラムの文字を淡々と弾いていく。その動きには、幾多の戦場を終わらせてきた冷徹な正確さと、悠久の歳月だけがもたらす、研ぎ澄まされた美しさが同居していた。


「ねえ、リーダー。おしごと、おわり?」


 足元から服をぐい、と引かれ、リーダーの手が止まった。

 見下ろせば、アルシノエが期待に満ちた目で彼を見上げている。


「……アルシノエか。あと数分で片付く。それまでドクターのところへ──」


 言いかけて、思考が止まる。

 ドクターには先程、自分が薬剤の調合を頼んだのだった。他の隊員は皆持ち場にいるはずだ。


「いや、……ここで待っていなさい」


 リーダーは椅子から降りると、アルシノエと同じ目線になるように膝をついた。

 乱れた彼女の銀髪を、大きな手がそっと整えてやる。

 以前の彼にはなかった、無意識の慈しみだった。


「リーダー、あのね」


 アルシノエが、小さく身を乗り出す。


「アルシノエもね、リーダーとおなじのがほしいの」

「私と同じもの? 私の聖律銃か?それとも、この階級章か?」


 一瞬考えるが、そのどれも外れてしまう。アルシノエは首を振って、リーダーの胸元を指差した。

 彼女の赤みの強いピンク色の瞳が、リーダーの胸元で静かに脈打つスカイブルーの結晶──『導閃の涙』を捉えて離さない。


「リーダーの、それ……青くてきれいなやつ」


 その言葉に、リーダーはわずかに目を細めた。

 これは、かつての主人であるサマエルから下賜された、導閃隊の隊長である証だった。


「……これは、私の聖力とリンクした聖律管制ユニットだ。子供が扱うには──」

「でも、アルシノエもつけてたら、リーダーみたいに……だれかをまもれるかな、って」


 期待と、微かな不安に揺れる瞳に、リーダーは一瞬、言葉を失った。

 堕天した主人から刃を向けられ、仲間達と死の淵を歩いたあの頃ですら崩れなかった冷徹な思考回路が、一足飛びに機能を停止する。


 彼女が求めているのは玩具ではなく、重責の象徴だ。

 守られるべき幼い少女が口にした「守る」という言葉の重みに、数千の宇宙を飛び越えるほどの重厚な経験則が一切の回答を導き出せず、ただ火花を散らして沈黙した。


(……っ、これは……)

 遅れてやってきたのは、理屈を置き去りにした全方位からの精神攻撃だった。

 戦略的撤退を考える暇もない。無敵の指揮官は、人生で最も不器用な敗北を喫していた。


 リーダーは、逃げるように逸らしかけた視線を、力強く繋ぎ止める。

 彼女は守られるだけの存在ではない。自分たちの背中を見て、何かを掴もうとしている。ならば、一人の戦士として応えるのが礼儀だ。


「……待ちなさい。泣く必要はない。……善処しよう」




 ─────




 一時間後。


「いいか、これは極秘任務だ」


 リーダーは、パラディン、ホークアイ、エリュシオンを自室に招集し、真剣な面持ちで切り出した。

 目的が語られた瞬間、三人の英雄たちの瞳には、戦場とはまた別のプロの火が灯った。


「ははっ!リーダー、相変わらずアルシノエには甘ぇなぁ」


 パラディンが笑いながら、軍用装甲の残骸を手に取る。


「『守れるかな』なんていわれちゃ、絶対に壊れねえやつにしてやるしかねえだろ。俺の熱血聖律で、銀河が滅んでも傷一つつかねえ台座に鍛え上げてやる!」


 削る。叩く。磨く。

 金属は音を立て、少しずつ形を与えられていく。

 戦車の砲身をも素手で引きちぎるその膂力が、今は寸分の狂いもない小さな工芸品のために、繊細な熱量を放ち始めた。


「なら私は、チェーンを担当するわね」


 ホークアイが光輪の収納機能から取り出したのは、対人拘束用の銀糸だった。


「あの子の勇気に、最高に美しいもので応えないとね。肌に触れるものだから、私の持てる限りの聖律で、産毛よりも柔らかく編み込んであげるわ」


 細い指の間で糸がほどけ、編まれ、絡み合い──やがて、柔らかくもしなやかな鎖へと姿を変えていく。

 敵の退路を断つ冷徹な指先が、今は愛しい娘の首筋を想像しながら、優美な曲線を描いていった。


「…………。石は、僕がやるよ」


 エリュシオンが、少し照れくさそうにひとかけらの結晶を差し出す。


「妖精が千年かけて作り上げる、最も聖律伝導率の高い結晶だ。僕の聖力をこれに同期させる。……もし、あの子が少しでも怖い思いをしたら、宇宙のどこにいたって僕の聖力がすぐに気づく。そうすれば、僕が誰より先に駆けつけてあげられるだろ」


 ぶっきらぼうな独白。だが、そこに込められた保護欲は、誰よりも苛烈で、ひたむきだった。

 彼の手から溢れた淡い光が結晶を包み込むと、結晶は鼓動するように脈打つ。

 ゆっくりと形を変えたそれは淡い光を結晶の中へと閉じ込め、優しい光を内包して複雑で無二の、揺らぐ輝きを産んだ。


 リーダーは、手際よく作業を進めるメンバーの背中を、静かな眼差しで見守っていた。

 やがて、彼もまた慣れ親しんだ愛用のナイフを手に取り、小さなペンダントの裏側へと向ける。

 その手つきは、敵を排除する時よりも、ずっと遅く、ずっと丁寧だった。

 消えないようにではない──長く残るように。

 たとえ遠い未来、自分たちの肉体が朽ち果て、この銀河すら滅び、世界が塗り替えられたとしても。この名前だけは、彼女が愛されていた証として宇宙の片隅に残り続けるように。

 慎重に、繊細に。

 一刻みごとに、彼はかつて戦場で誓ったどの忠誠よりも重い覚悟を、銀の面に封じ込めていく。




 ─────




 夕食の時間。

 食堂に集まった一同の前で、リーダーは恭しく、小さな黒塗りの箱を差し出した。


「アルシノエ。……お前の朝の要望に対する、私の回答だ」


 アルシノエは、両手で包み込むようにそれを受け取った。

 ずしりと、小さな箱には似つかわしくない重み。それは四人の英雄たちが注ぎ込んだ聖力の重さであり、彼らの想いの総量。

 少しだけ迷うように動作を止め、ドクターの顔を見上げては、彼女が小さく頷いたのを見てから細い指先でそっと蓋を押し上げる。

 密閉されていた四人の聖力が、一筋の蒼い閃光となって溢れ出した。


 箱の中に横たわっていたのは、リーダーのものと全く同じ色に輝く、けれどずっと小さくて愛らしいペンダントだった。


「わあ……!おそろい!リーダーとおそろい!」


 弾けるような歓喜と共に飛びついてきた小さな体温を、リーダーは一瞬だけ目を見開いて受け止めた。

 戸惑うように浮かせた両手は、やがて彼女の背中に、壊れ物を扱うような慎重さで添えられる。


「……それをいつでも持っていろ。……私達が、必ず見つける」


 低く、鉄のような確信を秘めた声。それは誓いというより、宇宙の真理を告げるような響きを持っている。

 たとえ次元の果てに逸れようとも、この蒼い光が灯り続ける限り、自分たちは必ずアルシノエへと辿り着くだろう。


「えぇ、勿論。私達がいつも貴女を愛しているということを、いつでも思い出せますように」


 ドクターが優しく微笑み、彼女の胸元にかけられたペンダントにそっと指先を滑らせる。彼女の瞳と同じ色の、淡青の光が結晶の周りを彩るような意匠へと形を変えた。

 戦士達の無骨な誓いを、母のような慈しみが添えられたアルシノエの為だけの静かな祝福の聖律。

 こうしてこの贈り物は、導閃隊5人の想いが結集した、最も強固な守りのペンダントとなった。


「やったー!えへへ、みんな、みてみて!」


 自慢げにペンダントを見せて回るアルシノエ。

 それを見守る5人の顔には、戦士としての険しさは微塵もなかった。


「……本当、リーダーは口下手なんだから。あんなの、プロポーズみたいなものじゃない」


 ホークアイが茶化すと、リーダーは気まずそうに視線を泳がせ、耳まで真っ赤にして咳払いをひとつした。


「……ホークアイ。無駄口を叩く暇があるなら、明日の航路確認を済ませておけ。以上だ」


 咳払いとともに背を向けた指揮官を、食堂の温かい笑い声が追いかける。

 窓の外では、磁場嵐の去った後の清冽な銀河が、新調されたペンダントと同じ濃紺の光を湛えて、どこまでも静かに広がっていた。

【用語・設定解説】

『サマエル』

 7体の原初天使の末弟であり、原初天使で最も神に近付いた者。

 数千回前の世界において神に反旗を翻して堕天し、現在は魔王ルシファーとして名を轟かせる。

 かつて導閃隊は彼に仕える最側近部隊だったが、サマエルの堕天に追従することはなく天使として使命を貫くことを選んだ。

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