6話「人と『竜の血』と二人の少女」
翌日。
丈太郎の執務室に呼び出された鈴とライラが受けたのは意外な指示だった。
その場には諒兵、それに誠吾もいる。
「隊長さんまでいるの?」
「おめぇらの問題ぁけっこう大きいかんなぁ」
「問題とは?」
「昨日、僕が聞いたことにも関係あるんだ」
「それが『身体検査』とどう関係あるんです?」
と、鈴とライラは首を傾げる。
鈴が言ったように意外な指示とは身体検査を受けることだったのだ。
いわゆる身長体重から、特別な機械を使って体内まで調べるという。
「鈴、おめぇの件でもともとやる予定だったんだが、古竜がちまちまと襲撃してきてたせいで延び延びになっちまってた」
「で、今回バンブリッジが来ることになったから、まとめてやることにしたんだと」
「これに関しちゃぁアーサーの了解も得てる」
「兄様の?」
「……『竜の血』絡みの検査になっかんな。俺んとこでやるほうが詳しくわかるとさ。まぁ期待にゃぁ応えねぇとな」
鈴とライラは現時点で世界でも数少ない、というか、おそらくはこの世に二人だけと考えられる女の龍機兵だ。
女性と男性で何か差はあるのか。
問題はあるのか。
そういったことを調べる必要がある。
その点で考えれば、権威である丈太郎のもとで調べるほうが良いということだ。
さらに。
「んで、今まで言わねぇでいたし、アーサーも言えなかったみてぇだが『飢餓状態』の件も説明すっかんな」
「言葉から察するに、空腹のことだと思うが……?」
「腹が減っては戦はできぬというけど、僕たちにとってそれは死活問題なんだ」
「……巻き込んでわりいけど、なっちまった以上はちゃんと理解してくれ」
諒兵が少し辛そうな顔を見せるので、鈴としては何も言えなくなる。
ライラとしても兄であるアーサーが言い出せなかったこととなると、捨ててはおけない。
そのため、二人は素直に『身体検査』を受けることにした。
何故か丈太郎の頭にたんこぶが見えることに関しては華麗にスルーしたまま。
とりあえずは人間体の状態での身長体重、その他もろもろを調べるため、二人のために設えられた別室に移動する。
そこで待っていたのは冬子だった。
「あれ?」
「オカミが担当するのか?」
「ああ。あんたたちの人間の姿のときの身体測定だけだけどね」
部屋の中には、いわゆる学校の保健室にあるような身長計、体重計があり、冬子の手にはメジャーが握られている。
「あのバカ、女の子の身長体重自分で測るとかぬかしてたから、一発かましてアタシがやるって言ったんだよ」
にっこり笑っていながら、冬子の額に青筋が浮かんでいるため、深く突っ込まないことにした鈴とライラである。
確かに、男性にはあまり知られたくない乙女の秘密だろう。
身長体重以外に胸囲や腰周りなども測るらしいのでなおさらだった。
「まとめてやるから、下着を残して脱いでくれるかい?」
「あっ、はい」
「わかった」
一応できるだけ誤差を少なくしたいための措置らしい。
女だけの空間とはいえ、さすがに鈴には羞恥の色が浮かぶ。
対してライラはキビキビと服を脱いでまとめていた。
「黒い……」
「変だろうか?私はその色は好まないんだ」
ライラの下着は黒い色をしていた。
ぶっちゃけ少女体型なライラが黒い下着を見につけている姿はギャップが凄まじく、はっきり言うとエロかった。
なお、ライラが『その色』と表したのは鈴の下着の色で、清潔感のある白である。
「ふ~ん、あ、なんか癇に障った?」
「いや、そこまでではないが、正直に言うと『白』は嫌いなんだ」
「まあ、人の好みはそれぞれだからねえ」
ライラの雰囲気から、あまり深く追求することを憚られた鈴と冬子は、すぐに身体測定を開始した。
「鈴、息吸い込んでも膨らまないよ」
「そんなあ~……」
「ライラ、ちゃんと踵をつけな」
「クッ……」
それぞれ気にしている部分がハッキリしていて面白いというのは少女たちに失礼だろうか。
始めてしまえば、二人しかいない身体測定なので、すぐに終了する。
「あ、後の検査があるから、こっちに着替えてくれだとさ。下着はそのままでいいよ。着替えたらアタシが順番に案内するからね」
そういって差し出されたのは、病院で見るような検査服。
今後の検査は器具というより特殊な機械を使うため、邪魔にならないように作られたものらしい。
「は~い」
「了解した」
素直にそう答えて袖を通した二人を連れ、冬子は次の部屋へと案内してくれた。
「うえぇ?」
「血液検査は確かに予想できたか」
驚く鈴に対し、ライラは苦笑いするばかりだ。
単純な測定ではなく身体検査なので、体内のことも調べる必要がある。
これが医療機関ならば排泄物も検査対象になるが、さすがにそれは二人の少女にとっては拷問だろうということで省いているらしい。
「この針ゃぁ特別製でな。刺しても吸収されねぇんだ」
「蛮兄、吸収って何?」
「あり、言ってなかったか?俺らぁ普通の金属が刺さるとそのまま吸収しちまうんだよ」
「何っ?!」
ライラも知らなかったらしく、丈太郎の言葉に驚く。
だが嘘でも冗談でもない。
龍機兵になった者は金属を吸収することができる。
能力というより、竜の身体を構成するために必要な摂取なのである。
人間体の姿は硬さは以前同様だが、反面、刺さった金属をそのまま吸収してしまうようになっていた。
なお、その気になれば鉄板などを体表面から吸収することもできる。
龍機兵を下手に鉄パイプなどで殴るのは、より硬くなるための材料を与えているのと同じなのである。
血液検査を終えた二人は、再び冬子の案内で別室へと向かった。
そこにあったのは、現代でも大病院で目にするCTスキャンだった。
丈太郎がすぐ隣の部屋でコンソールを操作している。
まさか兵団詰所にこんなものが置いてあると思わなかった鈴は目を見張る。
その点はライラも同じで、驚いている様子だった。
「順番にそこに寝てくれ。まずぁ鈴からだ」
「あっ、はいっ!」
少しばかり緊張してしまう鈴だが、素直に横になる。
巨大なリングが自分をゆっくりと通り過ぎて行く様は、どこか圧迫感があった。
さらにライラも同様にスキャンを受けると、さらに別室に移動する。
そこにあったのは鈴とライラの名前が書かれている二つのシャーレ。
「どうすんの?」
「鱗を一枚抜いてくれ。ちぃと痛ぇだろうが我慢してくれな」
「……鱗は抜けるのか?」
「痛ぇけどな……」と、そういって困ったような顔をする丈太郎を見ると、どうやら本当に痛いらしい。
二人には申し訳ないと思っているのだろう。
「ふぎゃっ!」
「グッ!」
仕方なく、それぞれ一枚ずつ鱗を抜き、名前が書かれたシャーレに置く。
さすがにライラは顔を顰めただけだが、鈴は涙目になっている。
「大変なんだねえ……」と、その様子を眺めていた冬子が苦笑していた。
その後も検査、さらには体力測定まで行い、すべてが終わるころにはお昼大幅に過ぎていた。
ほとんど一日がかりの検査だったのである。
「やっと終わったあ~」
「さすがに空腹だな」
「美味しいもん作ったげるからね」
そういって労ってくれる冬子の気持ちが本当に嬉しい二人だった。
「それで、検査結果っていつ出るの?」
「兄貴に言わせっと一週間後だと」
「時間がかかるのだな。まあ当然のこととは思うが」
「俺んときも同じくれえかかったし、そんなもんなんだろ」
二人の質問に答えたのは諒兵。
検査が終わり、着替えを済ませたところに顔を出してきたのである。
「例の話だけどよ。今日は疲れてるだろうから、明日説明するとさ」
「その話のことだけど、すごく大事なことなの?」
「口ぶりから察するに、龍機兵の問題点に絡むように感じたが……」
鈴とライラの言葉に諒兵は少し逡巡した様子を見せたが、気を取り直したかのように説明する。
「ちゃんと飯食ってりゃ問題ねえ。気になるなら携帯食料でも持ち歩いてりゃいいしな」
「何それ?」
「いざってときに腹減ってたら力が出ねえってこった」
「それは確かにそうだが……」
訝しげな表情を見せる鈴とライラに対し、諒兵ははぐらかすばかりだ。
それが、どうにも気になってしまう二人だった。
さらに翌日。
鈴とライラは再び丈太郎の執務室に呼び出される。
『飢餓状態』について、説明を受けるためである。
諒兵たちの様子から見ても、深刻な問題であろうことが予想できるため、一緒に歩く二人の顔もどこか不安げだ。
「お腹が空くだけの問題じゃないよね?」
「おそらく私たちが想像するよりも深刻な問題を引き起こすのだろう」
考えてみれば、龍機兵の食事は兵団詰所ではまるで戦場のようになる。
優雅さのあるドラゴン・ナイツでも、その量はやはり異常だ。
『食べる』ということ、『お腹が空く』ということをどこか笑い話のように捉えていた鈴。
単なるエネルギー摂取の問題と捉えていたライラ。
それがまったく別の意味を持っていることなど想像していなかっただけに、到着してから受けた丈太郎の説明は衝撃的だった。
「……冗談、じゃないのね?」
「そこまでの事態になるのかドクターッ?!」
呆然とする鈴と思わず声を荒げるライラに、丈太郎は重々しく肯いた。
その場には、諒兵と誠吾、そして戦闘部隊副隊長の春馬義隆までいた。
「あぁ。俺らぁ腹が減って限界を超えっと理性が吹っ飛ぶ。そうなるととにかく生き物の血を吸収しようとして、生物に襲いかかっちまう」
「それが野生動物ならまだ許されるだろうね。緊急時の血の摂取方法として認められてもいるんだ」
「だが、仮にその場にいたのが人間でも『飢餓状態』だと止められない。最悪、人を喰う」
丈太郎、誠吾、義隆の順にそう説明してきた。
改めて、丈太郎が説明するために口を開く。
「俺ら龍機兵のエネルギー源は『竜の血』だ。そして普通の生活をするだけでも、『竜の血』は消費されんだ」
物理的に少なくなっていくというわけではなく、エネルギーを失った竜の血は固まり始めるのだという。
固まった竜の血を元の状態に戻すために必要なのが生物の血である。
だが、龍機兵は人、つまり生物だったころの名残から、血を作ることができるのだ。
ただし、ここで作られる血とは『竜の血』ではなく、『人の血』だ。
「その血を吸収して『竜の血』ぁエネルギーを補充する。だから俺らぁ食事で何とかなってんだ」
「ただ、『竜の血』のエネルギー消費量は常人の倍以上なんだ。だから、人より多く食事をとる必要があるんだよ」
『竜の血』が自分たちが人だったころの名残として、血を作る機能を再現しているから、通常は大量の食事で賄える。
しかし、賄いきれないほどの空腹状態になったときでも、『竜の血』は容赦なく生物の血を求めるのだ。
「そうなると一番手っ取り早ぇのぁ、生き物の血を直接吸収するこった。んで、『飢餓状態』になっと『竜の血』に逆らうのぁほぼ不可能だ」
「間違いないのかドクター?」
「人は喰ってねぇが、俺ぁ経験者だかんな」
「えぇッ!」
「龍機兵として力ぁつけるために訓練してたときに知った。そのころぁまだ飯の重要性を知らなかったかんな」
極度の空腹状態、『飢餓状態』に陥った丈太郎がいた場所が幸運だったといえるだろう。
山篭りというか、人を避けて山中で訓練していたため、周囲に人がいなかったことが救いだった。
だが、それでもその姿は自分にとっても衝撃的だったという。
「熊ぁ殺して、その生肉に齧りついてたんだよ。沢の水面に映ったてめぇの顔ぁ、鱗が勝手に生えてたせいもあって、バケモンに見えたぜ」
その際、まったく意識がない状態だった。
つまり『竜の血』が生物の血を求めることにまったく抵抗できなかったのである。
「ドクター、『飢餓状態』にならないように調整することはできなかったのか?」
「できなかった。これは竜の力ぁ使う俺たち龍機兵の宿命だと思ってくれ」
「じゃあ、ご飯食べるしか方法がないの?」
「緊急時の手段はある」
と、そう答えた義隆が、赤い液体の入った真空パックを懐から取りだした。
見る者が見ればわかるだろう。
輸血用のパックだった。
「僕たち戦闘部隊が遠征をする場合、持つことを許可されてるんだ」
「我々が『飢餓状態』になるときは、空腹という前段階があり、それが続くと眩暈を起こす。その時に呑むように指示されてるのがコレだ」
「そっか。直接、血を呑んじゃうってことなのね?」
「気づいちゃぁいなかったと思うが、バーナードたちも持ってたんだぞ」
「何ッ?!」
驚くライラだが、考えてみれば当然の措置である。
血を必要としているのだから、血を呑めば『飢餓状態』は治まる。
『飢餓状態』にならないように龍機兵自身を調整することができない以上、各人が気をつけるしかない。
その点で考えれば、一番わかりやすい対処方法だろう。
「一緒に弁当も持たせっから、よっぽどのことがねぇ限り使わねぇように指示してるがな」
「何故だ?」
「血の味に慣れねえようにだ」
「えっ……?」
諒兵の言葉に鈴は呆然としてしまう。
血の味に慣れる。
はっきり言って物騒なことこの上ない表現だからだ。
「血の味に慣れちまうと、飯食う手間ぁ惜しむようになる。行きつく先は竜そのものだ」
「……龍機兵の中には血の味に慣れてしまって、竜と化してしまった人もいるんだ」
既にそれがかつて人だった残滓はなくなっているが、それでも古竜や伝承竜の中には、龍機兵だった者がいる。
鈴とライラ以外の龍機兵たちは、かつての仲間を殺す、もしくは仲間に殺される覚悟をもって戦場に立っているのだ。
ゆえに、血を呑むのは最終手段だと丈太郎は説明した。
さらに。
「だからだ。情に絆されんな。昨日までのダチが竜になっちまっても殺せる覚悟がねぇと、てめぇが死ぬことになる」
その言葉に、鈴とライラは返す言葉がなかった。
人気のない食堂で、鈴とライラは黙ったまま座り続けていた。
諒兵はそんな二人を眺めつつ、コーヒーを啜る。
「暗いねえ」と、そこにおやつ代わりなのか、クッキーを焼いてきた冬子が声をかけてきた。
珍しく食堂までくっついてきた冬子の甥の夏樹が美味しそうに食べてるところを見ると、どうやら夏樹のために作ったものらしい。
クッキーの入った皿を置いた冬子は、諒兵に尋ねかける。
「何かあったのかい?」
「兄貴がちっと重い話したんだよ」
「ああ。『飢餓状態』のことか」
「えっ、冬子さん知ってるのっ?!」
「オカミ、どこまで聞いている?」
ライラがそう問いかけると、冬子は丈太郎からけっこう詳しくその話を聞いたことがあると告げた。
「いつ?」
「いや、いつだっていいだろ」
冬子の頬が少し赤らむのを見たことで、鈴はピンと来た。
だが、ここでそれを言ってしまうと命に関わる気がしたのでやめた。
「冬子さんはショック受けなかったの?」
「受けたさ。だから言ってやったんだよ。あんたがアタシを喰ったら腹の中から呪い続けてやるってね」
また随分な言葉ではあるが、当時の丈太郎には相当に効果があったらしい。
「あいつ「おめぇだきゃぁ竜になっても喰わねぇ」って言いやがったよ。失礼な話さ。こんな美人を捕まえて」
そういって笑う冬子に鈴とライラは苦笑いを返す。
少しだけ、気分が楽になった。
「後悔するなら最初からやらないことさ。でも、やっちまった以上は、その道でいい方法を考えるしかないだろ?」
「そうなんだけど……」と、そう言いつつ鈴はクッキーに手を伸ばす。
なかなか美味だった。
少々甘すぎる気がしないでもないが。
それでふと思いだした。
「諒兵、昨日携帯食料でも持てばいいって言ってたわよね?
「んあ?」
「諒兵、何か持ち歩いてたっけ?」
「ああ。これだ」
そういって取りだしたのは、とある製薬会社が出した黄色いパッケージが目印の携帯食料だった。
「うおい」
「わりと便利だぞ。腹もちもいいしよ。出かけるときにゃ二、三本持つようにしてんだ」
そういって諒兵が包みを開けると、中身を見たライラが「あっ!」と声を上げる。
「そうか、ショートブレッドなら確かに携帯しやすいし、少ない量でも満腹感が得られるな」
「えっ、これイギリスでも売ってるの?」
「む、ショートブレッドではないのか?」
互いに首を傾げる鈴とライラを見て、冬子が吹き出す。
「売ってたかどうかは知らないねえ。でもライラが言ってるのは間違いじゃないよ」
「へっ?」
「コイツのモデルはスコットランドのお菓子だそうだからね。それの名前が今ライラが言ったショートブレッドだよ」
ややこしい話だが、スコットランドはイギリスの中にある国の一つである。
イギリス人のライラが知らないはずがなかった。
ショートブレッドとはスコットランドの伝統的な菓子の一つで、クッキーに似た菓子となる。
その形状は日本では有名な某製薬会社の携帯食料そのままだ。
実のところ、某製薬会社ではショートブレッドをモデルに作ったという。
腹持ちがいいのは当然で、ショートブレッド自体が非常に油分の多いクッキーだからだ。
ぶっちゃけカロリーの塊なのである。
「カロリーあったほうがいいのかな?」
「お前、今の自分がどんだけ食えると思ってんだよ。あったほうがいいに決まってんだろ」
「だとすれば、作って携帯しておけばいざというときに助かるな。オカミ、クッキーを焼けるなら作れると思う。作ってもらえるだろうか?」
冬子はライラの依頼に対し、クスクスと笑いながら、肯いた。
「いい手が浮かんだみたいだね。さっきより明るくなったじゃないか」
そういわれて、鈴もライラも今は前向きにどうするかを考えられていることに気づく。
龍機兵になることを選択したのは自分自身だ。
後悔するのは仕方がないとしても、立ち止まったままでは何も変わらない。
「どうせならお菓子携帯するポーチ買いに行かない?腰とかに下げられると便利そう♪」
「ショッピングか。良い機会だ。是非行ってみたい」
後悔しても前向きに。
二人の少女が徐々に本当に打ち解けてきているのを見て、諒兵は優しい眼差しをしつつ、苦笑いしていた。




