7話「二人の少女のお買い物と或る思惑」
さすがに少女のお出かけとなると、仕度も簡単には行かない。
実際に行くのは翌日となり、とりあえずどこに行くかとどうやっていくかを決める。
だが。
「飛んでくのかよ?」
「えっ、ダメかな?」
鈴としては、飛んで移動できるのだから飛んで行くほうが早いと考えたのだが、諒兵が有事以外では止めておけという。
「一般人が驚くだろ」
「うむ。この点についてはレッドに賛成だ。ことさらに周知させることもないだろう」
意外なことにライラも否定側だった。
今のところ、竜の襲撃もなく、訓練より検査を優先したため、ライラは自身の竜化を見せていない。
鈴は実のところ、ライラがどんな竜の力を持つのか興味があったりする。
そのため、一緒に飛んで行くつもりだったのだ。
「そうなると誰かに送ってもらうことになるけど……」
一番近い居住区でも自動車で三十分以上かかる。
歩いていく距離ではない。
以前、送ってくれた冬子は今日は食材の仕入れがあるという。
丈太郎はラボで鈴とライラの身体検査の続き、採取した血液や鱗の検査を行っているし、動いてはくれないだろう。
他に運転できる人間に心当たりがない以上、諦めるか、それとも歩きで移動するか。
などということを考えていた二人だが。
「そこなら通り道だから送ってやるぞ」
丈太郎に運転できる人間について聞きにいったとき、ちょうど居合わせた戦闘部隊の副隊長、義隆がそう言ってくれた。
「副長さん、どこか行くんですか?」
「春馬にゃぁ内地まで荷運び頼んでんだ。それがちょうど明日だ」
そう答えたのは丈太郎である。
聞けば、丈太郎が作った対『竜』用の兵器を運ぶことになっていたという。
内地の政府までだと往復の移動と荷降ろしだけで一日がかりになる。
だが、それがちょうどいいとも言える。
「行きに寄って降ろして、帰りに拾うようにすれば、買い物くらいはできるんじゃないか?」
「ていうか、これだけ時間あったら十分遊べますよ」
鈴とライラが行く予定の居住区は兵団詰所からだと三十分。
一日がかりで内地の政府まで行って帰ってくる義隆が帰りに寄るとすれば夕方なので、十分どころかたっぷり時間があるだろう。
「助かる。感謝する、副隊長」
「感謝するより我慢してくれ。狭いトラックだからな」
と、ライラがお礼を述べると義隆は苦笑した。
足が見つかったことを諒兵に報告しにいった鈴とライラ。
そこで鈴がさらに驚いてしまう。
「行かないのっ?!」
「俺は行くなんて一度も言ってねえぜ?」
「……言われてみればそうだな」
思い返してみれば、諒兵は一緒に買い物に行くとは一言も言っていない。
つまり、最初から鈴とライラが二人で行くものだと考えていたのだ。
「女の買い物に付き合ってられっか。ここで訓練しながら暇を潰してるさ。楽しんでこいよ」
「えー?」
「日用品とか服とかなら、男がいねえほうがいいんじゃねえのか?」
「荷物持ちは?」
「おいコラ」
ナチュラルに諒兵に買い物の荷物を持たせる気だったらしい。
意外としたたかな鈴である。
とはいえ、諒兵のいうことも一理あるとライラが告げる。
「リン、私は此処に長居することになりそうだし、できれば下着も見たいのだが」
「あー、それはちょっと諒兵いさせたくないかな」
何しろ鈴でもライラの黒の下着には、ギャップの威力でクラッと来たのである。
諒兵までクラッと来られると、鈴としては困る。
非常に困る。
「お前、俺を何だと思ってやがる」
さすがにそんなアホな理由には反論したい諒兵だった。
「どっちにしてもよ、お前、ここだと年の近え女友だちいねえだろ。バンブリッジと仲良くなるんはいいことなんじゃねえか?」
「それは当然でしょ?」
「なら、今回は二人で行ってこいよ」
そういう諒兵に対し、鈴はどことなく不安そうな表情を見せる。
ライラのことはいい友だちになれればと思っているが、まだ出会って日が浅い。
この兵団詰所で長い付き合いといえば、一番に冬子がきて、その次が諒兵に丈太郎だ。
その誰もがいない状態でライラの助けになれるのかと思う。
「そういうところがお前だな」
「えっ?」
「ちと待ってろ」と、そういうと諒兵は右腕から一枚、血のように赤い金属の鱗を生やし、ベキッと引き抜いた。
痛いと聞くし、実際鈴もライラも同じように引き抜いたときは痛かったのだが、諒兵は平然としている
それが、慣れているせいなのか、それとも男のヤセ我慢なのかはわからないが。
「これ持っとけよ」
「鱗?」
「お守りだ。気休めにゃなんだろ」
鱗というか、金属の外殻は龍玉と竜の血によってつながっている。
これは丈太郎のヒュドラ・ヘッドや鈴のドラゴン・フェイスも一緒で身体から離せる距離に制限がある代わりに、身体の一部として使うことができる。
だが、引き抜いた金属の鱗は、竜の身体とはいえ、ただの金属だ。
何か特別な能力があるわけではない。
普通ならば。
「あと、お前端末持ってなかったな。なら困ったら龍玉で通信してこい。女将に聞きたきゃ、代わりに聞いてやるよ」
「ん、わかった」
まるで宝物のように諒兵の鱗を握り締める鈴。その頬が赤く染まる。
それを見たライラは何故だか羨ましいと感じ、その顔を見つめてしまう。
不覚にもそれを諒兵に気づかれてしまった。
「どした?」
「いや、意外と気を遣うのだなレッド」
「意外とは余計だ。それにお前そんなこと気にしてる場合じゃねえんだぞ」
「何?」
「お前、相当目立つからな?」
龍機兵だからかと思ったライラだがそうではないらしい。
同じように考えたらしき鈴が尋ねかける。
「今は海を渡ってくる外国人はほとんどいねえんだ。お前の見た目が目立つんだよ」
「あっ、そか。ライラ可愛いもんね」
「ぬなっ?!」と、ライラが鈴の言葉に思わず顔を赤くしてしまった。
まさか、自分を指して『可愛い』などと言われるとは思わなかったのだ。
「そそそそそっ、そんなわけないだろうっ!」
「えーっ、すっごい可愛いよっ!自覚ないの?」
必死に否定しようとするライラだが、鈴は逆に『可愛い』を連発してくる。
『可愛い』ということはこの世の真理らしい。
「いや、金髪で青い目って意味なんだがよ。……まあいいか」
目立つという意味ではそれほど間違っていないため、混乱を収めることを放棄した諒兵だった。
そして翌日。
鈴とライラは繁華街のある居住区を訪れていた。
「夕方には戻ってくる。着いたら通信するからな」
「はい」
「了解した」
居住区の入り口で降り、そう答えた鈴とライラの二人に肯くと、義隆はそのままトラックを走らせていった。
何故、丈太郎自ら行かないのかと聞くと、どうやらもともと公務員だったらしく、内地の政府内には知り合いがいるらしい。
その知り合い、丈太郎とはあまり合わないらしく、こういった連絡や兵団詰所からの荷物の運搬はもっぱら義隆が行っていると言っていた。
「あの顔で公務員ってのもどうかと思うんだけど」と、鈴は苦笑する。
如何せん、いかついおっさんなので、事務方の公務員が想像できにくい容姿をしているのが義隆だった。
「まあ、公務員にもいろいろいるのだろう」
そういってライラはあっさりと話題を切った。
ただし、ライラには思うところがあるらしい。
(……軍人も公務員の一種だろうからな)
日本には、自衛隊という名の軍隊がある。
その隊員も特別職の公務員だ。
もし、そこにいたのであれば、公務員というのも嘘ではない。
ライラはこういったことに関しては鼻が利いた。
(日本はこのあたりはかなり複雑だな。気にしても仕方がないが)
もともとライラの目的は『赤の竜』を倒し、自分を認めてもらうことだ。
鈴は良くしてくれるし、兵団詰所の人間もいい人が多く、忘れそうになってしまうが。
それでも、ライラはあくまでドラゴン・ナイツからの客人であって、龍機兵団の龍機兵ではない。
ゆえに、細かいところまで気にする立場ではないのだ。
「それじゃあライラ、まずはどうする?」
「時間がかかるものは後にしよう。服や下着は私にもこだわりがあるから、先にポーチを見たい」
「そうね。じゃ行きますかっ!」
そう元気よく返事をしてくれた鈴に微笑みかけるライラ。
そんな調子で二人の少女は居住区へと足を踏み入れた。
それから数時間後。
龍機兵団戦闘部隊副隊長の春馬義隆は、内地、正確にいえば今の群馬県にある現在の日本政府各省庁の一つ、防衛省を訪れていた。
かつて、冬子が語ったとおり、竜は海から侵攻してくることが多いため、内地の居住区のほうが人が多い。
いまや海岸線は前線という意味もあるのだ。
もっとも意外なことに漁業は続いている。
個人で生計を立てる者はいなくなったため、国家が行っているという変化はあるが。
余談が過ぎた。
義隆はそこにある執務室の一つでスーツを着た一人の官僚然とした男性と面会していた。
「届いた兵器についてはこちらで試験し、結果を報告する。ほぼ採用となるだろうがな」
「了解致しました」
「それで、英国からの客人は何をしている?」
「今日は買い物だそうで」
義隆がそう答えると、その場に痛い沈黙が訪れた。
そのわりに平然としているということは、義隆がこういうことに慣れているということになる。
「……すまない。耳が遠くなったらしい。もう一度言ってもらえるか?」
「ライラ・バンブリッジは鈴川鈴と共に川口の居住区で日用品や衣服の買い物をするそうです」
義隆がしれっとそう答えると、その男性は顔を赤くして怒鳴る。
「遊ばせるために受け入れたわけではないだぞッ!何故その娘は『赤の竜』を殺さないッ?!」
「機会を伺っているのではないでしょうか?『赤の竜』はただでさえ厳しい状況で実戦経験を積んでいます。容易に倒せる龍機兵ではありません」
「ただでさえ大食らいの龍機兵をわざわざイギリスから来させるのにいくらかかると思っているッ!」
「さて?私は如何せん兵士ですので、細かいところまでは量りかねます」
あくまで平然と義隆が答えると、男性はこの話題を続けることに意味がないと考えたらしい。
話題を変えてきた。
「では、『赤の竜』を殺せる龍機兵の目処はついているのか?」
「八岐大蛇。青竜。今、確実に倒せるのは日本ではこの二人でしょうか」
「君はどうだ?」
「今の『赤の竜』ならば可能です。かなりの負傷を負うことになるでしょうが。ですが、今は戦力を減らすことは得策ではありません」
「龍機兵自身が敵と見做すようなバケモノを野放しにするほうが得策ではないと私は思うがね」
「総理はどうお考えで?」
「今は竜に対抗できる手はすべて残しておくとのことだ。自分自身は群馬の山奥に引っ込んでいれば安全だと思っているらしい」
会話の内容から考えれば、義隆と男性は諒兵を暗殺するための会合をしていると言えるだろう。
もっとも男性は急いでいる様子だが、義隆は随分のんびりした様子だった。
チッと舌打ちした男性は、忌々しげに呟く。
「だからイギリスから客を受け入れたいという八岐大蛇の要望を呑んだと言うのに」
「ドラゴン・ナイツのアーサー・ウェルシュ・バンブリッジは『赤の竜』を危険視していた。それが受け入れた理由ということでしょうか?」
「そうだ。身内ならば同じ考えのはず。だというのに当人はのん気に買い物とは。まったくいいご身分だな」
「イギリスでも高位の貴族、バンブリッジ家のご令嬢ですから」
「嫌味だッ、理解しろッ!」
「これは失礼しました」
「もういいッ、下がれッ!」
「失礼致しました」
そういって義隆は小さくため息をつくと、執務室を出た。
外に出て、兵団のトラックの荷降ろしが完了したのを確認する。
すると、一人の士官が近づいてきた。
「春馬二尉」
「君か。俺はもう将校じゃないぞ。その呼び方は止めろ」
義隆がそう告げると、その士官は苦笑いを見せる。
「お世話になりましたからね。しかし、春馬二尉ほどの方が、龍機兵の、しかも二十歳そこそこの若僧の下で働いてるなんて……」
「俺は望んでなっただけだ。詰まらん陰謀紛いの手伝いをするより竜と戦ってるほうが気が楽だよ。それに井波は強い。おそらくは復讐心が強いのだろうが」
「やはり、自分もついていくべきだったと思います」
「止めておけ。俺は一年前の大襲撃で家族も友も、部下までも失った人間だ。君にはまだ残っているだろう。俺のようになることはない」
「春馬二尉……」
「龍機兵になって兵団のスパイをしろってのは、むしろちょうど良かったのさ」
春馬義隆は竜の大襲撃が起きる前までは、自衛隊の将校だった。
だが、先の大襲撃で家族や友、さらには同じ部隊の部下までも失った。
生き残ったことがこれほどに辛いとは思わなかったというのが、当時の義隆の想いだったのだ。
「龍機兵はたいてい似たような理由でバケモノになる道を選んでいる。人として生きたい理由があるなら、こちら側に来るべきじゃない。わかってくれるか?」
「はい……」
「届けた兵器を使って、ここにいる人たちを守ってくれ。俺たちはできるだけ前線で食い止める」
「お願いします」と、そういって頭を下げる士官に苦笑を返し、義隆はトラックに乗って走りだす。
そして、内地の政府がある居住区を出たあと。
「できれば、井波や日野、あのお嬢ちゃんたちのような若い連中には、いい未来が来るといいんだがな」
バケモノになる道を選んでしまった若者たちに、良い未来ができることを義隆は願っていた。
そのころ。
鈴とライラはけっこう多めの荷物を置いて、喫茶店のテラスのテーブルに腰掛けていた。
テーブルには紅茶が二杯とケーキが並べられている。
どうやら買い物も一段落といったところだろうか。
二人ともニコニコしながら、気が抜けたように息をついていた。
「いいのあったねっ!」
「ポーチは実際役に立ちそうだ。携帯食料だけではなく、応急処置用の道具も入れられるだろうし」
「あれ?私たちってケガするの?」
「我々は怪我をしても食事をすれば再生できる。鉄が足りない場合、吸収する必要はあるが」
「えっ、じゃあ……」
「逃げ遅れた市民のためのものだ。持っていたほうがいいと思うが?」
「あっ、そうね。特に私は持っといたほうがいいかも。後方支援型だし」
実際のところ、鈴とライラは持っておいたほうがいいだろう。
一般人の抵抗が少ない外見をしているため、いざというときに助け易いからだ。
「まだ副長さん来るまで時間あるし、そっちも見とく?」
「使い易そうな道具は買っておこう。包帯などは支給品で十分だと思う」
「よしっ、決まりねっ!」
「それでも休憩は必要だぞ、リン」
「あはは」と、鈴はライラの言葉に肯いた。
実際動き回ったので、休みたいのだ。
そんなふうに、できるだけ『竜』と言う単語は使わないように気をつけつつ会話をする二人。
居住区内ではあくまで一般人として振舞っていた。
ただ。
「しかし、レッドの言葉は当たったな。まさかここまで目立つとは……」
「でしょお?ライラ、自分が可愛いの自覚しなさいよ」
「そうじゃないだろうっ!」
慌てた様子で否定するライラの姿を見て、鈴は楽しそうに笑う。
だが、実際のところ、ライラの容姿はかなり目立った。
見た目も十分愛らしいが、白い肌に金糸の髪、透き通るような青い目は竜の襲撃のあるこの時代、この国ではほとんど見られない。
海を渡るのが一般人には不可能となっているからだ。
大半が日本人ばかりの中で、純粋なイギリス人であるライラはやはり目立ってしまっていた。
「まあ、それでも見られるだけだから良かったが」
「そのあたりはライラの雰囲気に押されてたみたいね。声かけるのためらってたし」
「私は騎士であり軍人だ。一般市民の相手をしていられないからな」
そう答えて一口紅茶を含むライラに、鈴は尋ねかける。
「ライラは、どうして力を手にしようと思ったの?」
「む?」
「私以外に女の子がいるって思ってなかったから、ずっと気になっててさ」
ライラは鈴が龍機兵になった理由を知っている。
その理由を尊いと思う。
相手が『赤の竜』でなければだが。
とはいえ、自分は知ってて、鈴は知らないというのはフェアではない。
「ちょっと長くなるぞ」
「時間はあるから大丈夫よ」
そう答えてくれた鈴に対し、ライラはぽつぽつと語り始めた。




