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「変わる未来の赤の竜」  作者: 枯田
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5話「白の少女と異国の人々」

食堂は既に閑散としていたが、厨房を見ると山のように詰まれた洗い物がある。

既に大勢の食事が終わったことを示しているようだ。

「なるほど」と、それでようやくライラは鈴が激戦だという意味がわかった。

イギリスの城壁内でも見たことがあったからだ。

「伝承竜が来てたからな。腹も空いてたんだろ」

「だが、鈴に言われてから三十分しか経ってないが……」

「ここの連中、食うの早えんだよ五人前くらいなら十五分で食い終わる」

行儀が良いとはいえないが、一応理由はある。

常在戦場の龍機兵団はのんびりと食事をしない。

いつ竜の襲撃があるかわからないからだ。

そして、龍機兵は数が多くない。

出るときはほぼ全員となってしまうため、時間を変える余裕がない。

結果として、詰所の食堂は決まった時間に大勢が一斉に来て一斉に食べるという状況になってしまうのだ。

そんな説明を聞いて、ライラは呆れてしまう。

イギリスの食事は不味いとよく言われるが、別の観点から見ると非常に合理的である。

実のところ、極論すると食べられればいいというレベルであり、それ自体は栄養摂取の方法として間違いではない。

また、城壁では基本的にいつでもティータイムを得ることができるように食堂はいつも開いており、スコーンやケーキ、もしくはサンドイッチなどの軽食は常に用意されている。

イギリス独自の習慣ともいえるアフタヌーン・ティーに代表されるティータイムは、一応は決まった時間があるとされているが、社交の場でもあるため、食堂は常に人がいるのだ。

それは戦闘のための情報交換とエネルギー摂取を同時に行い、常に戦闘に出られるようにするためである。

常在戦場の意識はどちらも変わらないのだ。

とはいえ、食べるときとそうでないときがくっきり分かれる日本の食事に、文化、慣習の違いを感じてライラは軽くカルチャーショックを受けてしまう。

また、そういえば何故鈴が慌てて出て行ったのか、理由を聞いていなかったことを思いだした。

「鈴なら、あそこだ」

「……え?」

諒兵が指し示した先には、厨房の調理場で鍋を振るい、フライパンを操り、魚を焼く網を手早くひっくり返している鈴の姿があった。

まさか、龍機兵である鈴が職員に混じって料理を作っているとは思わず、ライラは目を見張る。

「どういうことだ?」

「あいつは竜の襲撃で家族を失った後、ここで調理担当として働いてたんだよ。料理作るスピードがここで二番目に速えから、今でも手伝ってる」

実際、女将、つまり冬子に言わせれば鈴に調理担当から外れられると本当に困るらしい。

鈴としても最初は食堂の厨房で働いていたし、職員は皆知り合いなので、龍機兵になったからといって放っておきたくはない。

鈴が龍機兵になったのは諒兵のため、諒兵を想ってだが、詰まるところは鈴のわがままだ。

ゆえに、もともとの仕事を放棄する気はなかった。

とはいえ、仕込みや食材運びは免除されている。

食事の時間だけ調理担当を続けているのである。

「リンはもともとここで必要とされていたのか……」

「必要っつうか人手が足らねえんだよ。詰所に来たがる普通のヤツは少ねえし」

「どういうことだ?」

「そっちは違うのか?この国じゃ龍機兵は嫌われもんだぜ?」

「何っ?!」

「違うみてえだな。やっぱ国ごとに変わんのか」

驚いたライラを見て、諒兵は一つため息をつき、説明を始めた。

龍機兵の持つ竜の力、竜の姿を一般人は恐れている。

だから龍機兵団詰め所は前線近くにある。

できるだけ、自分たちの生活圏から離したいのだ。

表向きは前線にいち早くいけるようにということだが、実際は厄介払いされている集団。

それが龍機兵団なのである。

「お前の国はどうなんだよ?」

「ドラゴン・ナイツは騎士の集団として敬意を受けている。無論、恐れる者はいるが、嫌悪の感情を見せる者はいない」

もともと欧州では紋章にドラゴンや怪物などをモチーフとして使うので、竜の姿に慣れているということができる。

その上で、国を守るために戦ってくれているのだから、敬意を集めるのも当然だろう。

竜は恐ろしい。

しかし、竜を、竜の力を駆る騎士は誇るべき存在。

そう認知されているのである。

「ずいぶん違うんだな。バンブリッジ、普通のヤツに避けられてもショック受けんなよ」

一般人から敬意を集める集団から、嫌われ者の集団に来たとなればショックは相当なものだろう。

だが、既にライラとしてはショックだった。

「正直言って、今の話自体に驚愕している。どの国も同じだと思っていた」

「それは俺もだ」

ただ、嫌われ者と敬意を受ける者では考え方が正反対だ。

自分の国を基準にしてしまうのは当然のこととはいえ、できればライラに嫌な思いをして欲しくないと思う。

そのあたり、面倒見の良い諒兵である。

そんな会話をしていると、鈴のほうから声がかかってくる。

「あっ、諒兵っ、ライラっ、来たのねっ!」

話をするくらいの余裕はあるらしく、腕を動かしたまま言葉を続ける。

「これ上がったら私もご飯にするからっ、先に注文して食べててっ!」

「いや、それなら終わるまで待とう」

「いいのっ?!」

「せっかくだし食事を共にするのも楽しいと思う」

それはライラ自身の素直な気持ちなので嘘はないし、飾ってもいない。

そんな気持ちが伝わったのか、諒兵もフォローしてくる。

「バンブリッジもこう言ってるし、俺も待ってるから終わらせろよ」

「うんっ!」

それならばと鈴は調理に集中する。

さすがに手際がいい。

ライラはそんな鈴の調理する姿に素直に感心する。

程なく、鈴が調理を終えると冬子が声をかけた。

「あんたも待ってな鈴」

「いいんですか?」

「遠くからのお客様だ。責任者として腕を振るわないとねえ」

そういって笑う冬子に笑い返した鈴は、エプロンを脱いで諒兵とライラが待つ席に座る。

そこに冬子もついてきた。

「初めましてだね。アタシゃこの食堂の責任者やってる浅海冬子。よろしくね」

「私はライラ、ライラ・バンブリッジという。よろしく頼む」

「ライラか。注文は何にする?」

「その、すまない。まだすべての日本の文字を読めるわけではないのでわからないんだ」

日常会話こそ難なくこなせるライラだが、さすがに文字を読めるようになるのはかなりの努力が必要だ。

とはいえ、一つ一つ説明するのは手間がかかる。

そう考えたのか、冬子はあっさり決めてしまった。

「それなら、アタシの今日のお勧めにしとこうか。鈴、あんたは?」

「それなら一緒がいいです。今日のお勧め美味しそうだし。諒兵は?」

「あー、なら同じのとカレイの煮付けとアジフライ」

「……食うねえ、あんたは」

諒兵が平然と三人前頼んできたことに苦笑しつつ、冬子は厨房に戻り、準備を始めた。


しばらくして、テーブルの上に三人分プラス二人前の料理が運ばれてくる。

それを見た諒兵が鈴に声をかける。

「おい」

「なに?」

「今日のお勧めって……」

「タラのムニエル」

「白身魚でコンボ決まっちまったじゃねえか……」

出されたものはしっかり食べる主義なので文句は言わないが、他二つがカレイの煮つけとアジフライなので、すべて白身魚というわけではないが、似た食材の料理が集中してしまったのである。

無論、冬子としてはお勧めというくらいだから、今日の自信作なのは間違いない。

「味は保証するよ」

「いや、味の問題じゃねえんだ……」

せめて一品は肉料理にしておくのだったと諒兵は項垂れる。

また、ライラも少々驚いた。

「気を遣ってもらったのだろうか?」

そう冬子に問いかけたのは、鈴や諒兵と違って、ご飯を盛られた器が皿であり、また、箸の代わりにナイフとフォークが出てきたからだ。

諒兵と鈴は茶碗にお箸である。

「お箸使えるのかい?」

「いや、チョップスティックはまだ慣れていないので、こちらのほうが助かる」

「なら良かった。食べるのに苦労すると味がわからなくなるからね」

「お心遣い感謝する」

そういってナイフとフォークを手にしようとすると、隣に座る鈴が手の平を合わせて「いただきます」と言う。

諒兵も面倒そうにしながら「いただきます」と言っていた。

そういえば、日本では食事の前に「いただきます」という習慣があることを学んだことを思いだす。

何故なのかは後で聞くとして、郷に入っては郷に従え。

ここは真似ておくべきだろうとライラは手を祈りの形に組む。

「いただきます」

そう言ったライラの姿を見て冬子と鈴は微笑む。

そして。

「自信作だから温かいうちに食べとくれ」

といって、冬子が厨房へと戻っていくので、軽く会釈するとライラは二人と共に食べ始める。

そして思わず声を漏らした。

「驚いた。繊細な味付けなのに風味が際立っている」

「自信作だもん」

「いや、我が国の料理は基本的に大雑把なんだ。だから素材の善し悪しに左右される。無論、良い素材を使っているとは思うが、それをさらに生かすようにしていることに驚かされた」

前述したがイギリスの料理は合理的であり、極端に不味いわけではない。

だが、悪く言えば大雑把で、失礼な言い方になってしまうが、焼くか茹でるか油で揚げるかといったところだ。

これでは素材の味に左右されるのは当然だろう。豪快すぎるのである。

「こういった味付けの手間をかけて、かつ、大量に作るとなると本当に激戦だな。お前は歴戦の勇士だったか、リン」

「それはどっちかって言うと冬子さんだけどね」

そう言って鈴は苦笑する。

実際、この料理を作っているのは冬子なので鈴の言葉も間違いではない。

だが、鈴自身が二番手に位置する調理スタッフなので、ライラが歴戦の勇士と評するのも間違いではないだろう。

「こういった美味しい料理を毎食のように食べているなら力も出るだろう。フフッ、日本の龍機兵たちも強いと聞いているが、その秘密が一つわかった気がするぞ」

「そ、それはどーかなー?」

さすがに料理が理由で強いとは思いたくないが、話に一切参加せず、既に三つ目の定食に手をつけている諒兵を見るとあながち間違いではないのかもしれないと感じてしまう鈴だった。


食後。

冬子にお礼を言ってから、三人は食堂を出た。


「とても美味しかった。これからの生活が楽しみになった。心より感謝したい」

「大げさだねえ。お腹空いたらいつでもおいで」


ライラと冬子の間に、こんな会話があったことをここに記しておこう。

それはともかく、特に今後の予定がない三人。

長旅で疲れているのではと考えた鈴はライラに部屋で休んでいるかと聞いたのだが、彼女は首を振った。

「このくらいで疲れるような鍛え方はしていない」

「うわお」

ではどうするか。

鈴はしばし考えると、ピンと閃いたような表情を見せた。

「なら、ここを案内してもいいかな?」

「ふむ。確かに構造は把握しておきたい。そうしてくれると助かる」

特に訓練場と前線に行くための出動ポイントなどは一番に覚えておくべき場所だろう。

まずはということで今後一番通うことになるだろう訓練場へと案内することになった。

そこで諒兵が口を開く。

「今の時間なら井波の旦那が腹ごなししてんじゃねえか?」

「あっ、そうかも。紹介するべきだよね?」

「戦闘部隊の隊長だかんな」

「先の戦闘でドクターが通信していた相手か?」

戦闘部隊の隊長と聞いてライラも興味が湧いたらしく、話に加わってくる。

「そ。井波誠吾さん、蛮兄はめったに前線出ないのよ。その代わり、部隊を率いて戦ってくれてるのが井波さんよ」

「ドクターは何故出ない?」

「蛮兄は武器開発とか、竜の血や龍玉の研究してて基本的にラボにこもってるわ」

一年前の竜の大襲撃で戦った五人の龍機兵は、本来は『竜の血』の研究チームである。

ただ、その中でもっとも『竜の血』に詳しいのは丈太郎であり、他の者たちはそれをどう生かすかということを研究する科学者たちだったのだ。

今後のことを考えて研究を続けているのは基本的には丈太郎と九垓の二人で、アーサーをはじめとする他の者は戦闘に出ていた。

「なるほど。ドクターはその道の権威と聞くし、自分の領分で役割を果たしているということか」

「そうみたいね。でね、井波さんにライラのこと紹介するつもりなんだけどいい?」

「こちらこそ頼む。戦闘部隊の隊長である以上、私も今後世話をかけることになるからな」

ライラが肯いたことで鈴はまずは訓練場にいき、もし誠吾がいたら紹介することを決め、歩きだした。

その後をライラがついていく。

「兄貴がラボにこもってんのは、人に合わせる顔がねえだけだろうけどな」

丈太郎の罪と後悔を知っているがゆえに出た諒兵のその呟きは、誰にも聞こえなかった。



訓練場に行くと、予想どおり誠吾が剣を振っていた。

両腕のみを竜化させ、青竜景光を握っている。

「シッ!」

掛け声と共に振るわれた刃は、大気を斬り裂いて唸り声を上げた。

それだけでも誠吾の剣の鋭さが理解できる。

その姿を見ていたライラが感心したように呟いた。

「見事なものだ。あれが日本の剣術か」

「正確にはその一つだ」

「一つということは流派によって異なるという意味か?」

「んあ?……そりゃそうか。外国にだって流派はあるな。あれは薩摩示現流っていう日本の剣術の一つだ」


薩摩示現流。

古くは薩摩藩、すなわち現在の鹿児島県に伝わる剣術として知られている。

実は幾つかの藩に伝わっており、示現流自体が一つというものではないが、薩摩藩のお家芸といわれるのは薩摩藩の御留流となったためで、藩外に伝わることが少なかったためである。

なお、今の時代にそれはない。

最大の特徴は先手必勝を期した初太刀の一撃であり、二の太刀要らずとも呼ばれるその豪剣は、まさに一撃必殺の剣であろう。

無論のこと、二の太刀以降、すなわち初太刀から連なる連続技もちゃんとあり、一撃必殺であると同時に、非常に実戦的に鍛え上げられた剣といわれている。


そんな諒兵の説明を一番感心した様子で聞いていたのは鈴だった。

「あんたよく知ってるわね?」

「こういうのは好きだかんな。調べた」

「あんた、勉強が偏りすぎなのよ……」

他の知識はかなり問題があることを考えると、もう少し視野を広げてもいいのではないかと思う鈴である。

そんな三人の話が聞こえたらしく、誠吾は剣を振る手を止め、歩み寄ってきた。

「ああ。その子がドラゴン・ナイツの女の子の龍機兵かい?」

「初めまして。ライラ・バンブリッジという。貴公が龍機兵団の戦闘部隊の隊長の『ブルー・ドラゴン』か?」

「えと……、そうか確かに僕はブルー・ドラゴンになるね」

一瞬何のことを言われたのか、わからなかった誠吾だが、納得したように微笑む。

「こちらこそ初めまして。僕が龍機兵団で戦闘部隊の隊長を務める井波誠吾だよ。青竜だから確かにブルー・ドラゴンだね」

ポカンとした様子の諒兵と鈴も、誠吾の言葉で納得した。

言われてみれば青竜とは青い竜と書く。

ならば、英語でブルー・ドラゴンなのは間違いない。

「ライラ、井波さんのこと知ってたの?」

「五人の龍機兵と、各国の龍機兵の軍の主だったメンバーは学んでいる。もっとも名前とどんな竜なのか程度だが」

「それだけでも知っておくことはいいことだよ。後は戦闘スタイルなんかも知っておくといいかもね」

「ほう?」

「それぞれ竜の力を生かした戦い方をするから、自分の参考になるよ」

誠吾の言うとおりで、他国というより他の龍機兵の中でも伝承竜の力を得た龍機兵の戦い方は、非常に参考になるものだ。

「羽田でバーナードって爺さんの戦い方を見たが、確かにすげえ参考になった」

「コカトライスのアーキンさんか。あの人は凄いね。無駄がないんだ」

「バトラーのことを知っているのか?」

「僕らの中では有名人だよ。参考になるからね」

そう言ってライラに笑い返す誠吾に、ある点に疑問を感じた鈴が問いかける。

「無駄がないってどういうことなんです?」

「最小限の力で最大限の効果を出せるように戦ってるから、実はお腹が空きにくいんだよ。戦う上では非常に効率的なんだ」

「スタミナがあるってこった」

「へーっ、そういうことも大事なのねー」

「あれ、鈴川さんはまだ『飢餓状態』のことを聞いてないのかい?」

「へっ?」

「それは?」

首を傾げたのは鈴ばかりではなく、ライラもだった。

その様子を見て、誠吾は今度は諒兵に問いかける。

「日野君は知ってるよね?」

「一番最初に教えられたかんな」

「まあ、君の場合はね」

苦笑する誠吾に対し、諒兵は肩を竦めた。

その様子から諒兵は知っているらしいと感じた鈴やライラが問いかけるが、はぐらかすばかりで答えない。

「兄貴が説明するほうがわかりやすいぜ?」

「いずれ蛮場博士が説明すると思う。少しショックを受けるかもしれないけど、龍機兵にとって大事なことだからキチンと教えを受けるようにね」

さすがに諒兵や誠吾が二人してこう言ってくるのでは、鈴としてもライラとしても聞き辛い。

もうしばらく剣を振るといって離れた誠吾を見送りつつ、三人はその場を後にした。



その後もしばらくの間詰所の中を回っていた三人だが、いったん自室に戻って休もうということで、散会となった。

ライラも一人、自室に戻り、ベッドに横になる。

「日本、か……」

遠い異国の地で、自分は何を学べばいいのだろう。

『赤の竜』を倒すという意志は変わらないが、ここで知り合った人たちのことは決して嫌いではない。

そんな人たちの仲間に混じる『赤の竜』こと諒兵。

諒兵を倒すことが、いかなる結末に至るのか、ライラには予測できない。

そんなことを考えながら、右手の甲を見つめる。

力を込めるとペキペキと音を立てながら、白い金属の鱗が生えてくる。

これが自分の竜の力の証。

でも。


「私は、『白』は嫌いだ……」


そのことを、ライラは受け止めることができていなかった。






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