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「変わる未来の赤の竜」  作者: 枯田
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4話「老執事と赤の竜と白の少女」

バーナードと古竜が接触したかと思った直後、三匹の竜がガラガラと大きな音を立てて崩れ落ちた。

その光景を見て、敵と認識したのだろう。古竜たちは一斉にバーナードに襲いかかる。

だが、初老の執事は軽やかにステップを踏んで避けるや、すぐに右手に持ったレイピアを竜の喉元に突き刺した。

その動きは、西洋剣術、フェンシングそのものである。

あまりにも見事に、難なく避けているように見えるが、それがどれだけ見事なのか諒兵には理解できる。

群れに飛び込んで戦う接近戦は、諒兵が好む戦い方だからだ。

もっとも、それが得意なものかといわれれば、疑問を感じざるを得ないが。

しかし、三十匹を相手に危なげなく戦っている様子を見ると、バーナードが本当に強いことが理解できる。

「むう……」

ただし、ライラとしてはどうせなら自分が戦ってみたいと思っていた。彼女はまだ戦闘訓練しかしていないからだ。

だが、ここで無理をいうことはできないと口を噤む。

何より、バーナードがその優秀な能力を見せれば、立場上は主であるライラの評価も上がる。

ここで自身が戦うといったのはそういった理由もあるのだろう。

皮肉屋で主に対しても嫌味を言うくせに、根っこのところは主思いの良い執事なのだ。

そんなライラの耳に、丈太郎と諒兵の会話が聞こえてくる。

「どぉだ?」

「……足運び見てっけどすげえな。全然迷いがねえ」

「いいとこに目ぇつけたな」

「あと、竜が崩れたのは何だ?あの血、死んでるみてえに見えるけどよ?」

「あっ、私も知りたいっ!」と、ライラ同様に会話を聞いていたらしい鈴も手を挙げた。

実のところ、ライラも実戦で戦うバーナードの姿は遠めにしか見ていない。

また、彼の竜の力も『コカトライス』としか聞いていない。

その名前を持つ竜自体は、しっかり勉強したので知っているのだが。

「っと、バンブリッジ」

「ライラで構わない。ドクター・バンバ」

「なら、俺のことぁバンでいいぞ。アーサーもそう呼んでっし」

「心遣い感謝するがそれでは気が引ける。ドクターで構わないだろうか?」

「あぁ、それでいい」

「それで、何か?」

「おめぇさん、バーナードの竜の力ぁ聞いてっか?」

「伝承は調べている」

「なら、こいつらに教えてやってくれや。いい勉強にならぁな」

そういって苦笑しながら諒兵と鈴を指差す丈太郎。

諒兵は頭を掻きながら、鈴は期待の眼差しでこちらを見ている。

せっかくの機会だし、これもコミュニケーションになると考えたライラは肯き、説明を始めた。

「先ほどバトラー自身が口にしていたが、『コカトライス』という。一般的にはコカトリスのほうが有名かもしれないが」


『コカトライス』


欧州の伝承に出てくる怪物的な竜で、頭と脚は雄鶏、胴体と翼はドラゴン、尾は蛇という外見をしている。

その力は見たものを石に変える。

水を飲むだけで毒水に変える。

槍を持って襲う相手に毒を送り込んで殺すといった多彩かつ恐ろしいものだ。

ただし知性はなく、伝承の中でも怪物として恐れられた竜である。


「ただ、バトラーが言うには石化能力はないらしい。実際、バトラーが敵を石に変えたという話は聞いたことがない」

「でも、伝承から考えると凄い竜ね」

「伝承の中にゃぁ、脚色されてるもんもある。それを持ってっかどうかぁ実際見てみねぇとわからねぇがな」

伝承から考えれば、同じように怪物的、悪魔的な竜であるバジリスクも石化能力が有名であるが、今のところ定かではないと丈太郎が補足する。

いずれにしても、バーナードの竜としての特殊能力は基本的には一つ。

「毒精製能力。それがバトラーの、『コカトライス』の竜としての能力だ。先ほどドクターがポイズンブレスを吐く伝承竜が襲ってきているといっていたが、バーナードも一応は同種になる」

もっとも、バーナードのブレスはポイズンウォーターブレスという。

つまり毒液を高速噴射するブレスである。

いずれにしても、毒を操り対象を殺す。

それが龍機兵バーナード・アーキンということだとライラは語る。

「そうすっと、今あの爺さんは古竜どもに毒を入れてんのか」

「えっ、どうやって?」と、首を傾げる鈴に諒兵はあっさりと答える。

「たぶん、あの剣だ」

そういって諒兵が向けた視線の先にはバーナードが持つレイピアがあった。

「それで正解だろう。私も詳しくは聞いていない、れっ……。あっ、いや、何と呼べばいい?」

「そういや名乗ってなかったな。わりい。日野諒兵だ。日野でも諒兵でもいいぜ?」

「リンと違って発音が難しいな」と、ライラが困った様子を見せると、諒兵は苦笑する。

確かに丈太郎はバン、鈴はリンなのだから、諒兵は呼びにくいだろう。

「なら、適当につけろよ。気にしねえし」

「それなら、『レッド』でいいだろうか?」

「んあ?」

「お前の髪は赤茶けているからな」

実のところ、レッド・ドラゴンと呼びそうになってしまうので、慌てて作った後付の理由だった。

もっとも実際諒兵は赤い髪をしているので、嘘というわけではない。

「わかった。なんかガキのころ見たヒーローものみてえだけどな」

そういって諒兵は苦笑した。

ただし、そう説明したライラのことを、丈太郎は一瞬鋭い視線で見るが、何も言わなかった。

すると諒兵が丈太郎を問いただしてくる。

「で、兄貴、今ので正解なんかよ?」

「あぁ。バーナードぁレイピアの先端を突き刺して、『コカトライス』の毒を注入してんだ」

「注入って、剣の先端から毒が出てるみたいだけど?」と鈴が疑問を提示すると、丈太郎はニヤリと笑う。

「あぁ、あの剣はぶっちゃけ毒針だ。突き刺さねぇと毒が出ねぇようになってんだ」

「えっ?」

「バーナードぁ『コカトライス』の毒を対竜用に作り変えたんだよ」

それこそが、丈太郎が一番教えたいことでもあった。

通常のコカトライスの毒は、普通の人間には効果があるが、竜にはそこまで凶悪な効果はない。

無論のこと、ブレスは十分な威力があるが、毒をそのまま使ったところで大きな効果は見込めなかった。

「バーナードぁ自分の竜の力を理解し、改造して竜の血を殺す毒を創ったんだ。あの毒は一滴でも身体に入っと、竜の血を媒介に爆発的に増殖して竜の血の機能を停止させる。ま、さすがに龍玉は殺せなかったらしいがな」

もともと竜の血自体が生物の血を媒介に増殖する機能を持っていたこともあり、その点を巧く利用して改造したということだ。

ただ。

「そのせいか知んねぇが、空気に触れると無毒化するっつぅ制約ができちまった」

「だから、直接、身体の中に入れる必要があるんか」

「そこで考えたんが、もともと得意だったフェンシングでな。そっちの技術も竜相手に使えるように自分を鍛え直した」

毒とフェンシングどちらが欠けてもバーナードは今のような強さではなかっただろう。


自分が得た能力を生かす。


その点で言えば非常に強力な龍機兵といえるのが、バンブリッジ家の老執事だったバーナード・アーキンである。

「凄いなあ。諒兵より安心して見てられるわ」

「うるせえよ」

「鈴の言うとおりだぞ。おめぇは肉切らせすぎだ。ちぃとくれぇ自分の力生かせ」

丈太郎や鈴の言葉に、諒兵はムスッとしてしまう。

実際、諒兵の場合は肉を切らせて骨を断つ。

つまり、傷を負っても気にせず暴れるという戦い方なので、鈴にしてみれば不安で仕方がないのだろう。

下手に反論しようものなら、やり込められる気しかしない。

仕方なく、学ぶところは多々あると理解できるだけに諒兵もバーナードの戦いを見守ることにした。

(自分の力を、生かす……)

そんな中、ライラが丈太郎の言葉を頭の中でリフレインさせていると、諒兵の呟きが聞こえてくる。

「終わるな」

気づけば既に古竜の群れは残り四匹。勝負は決したといってもいいだろう。

ここまで鮮やかに戦われると、何一つとして文句のつけようがない。

実際、レイピアが閃いたと思うや否や、四匹の古竜が崩れ落ちた。

それでもすぐに警戒を解かない辺り、執事というより古強者の雰囲気だ。

だが。

「諒兵ッ!」

「チッ!」

鈴が叫ぶや否や、諒兵は駆け出した。

そしてあるポイントまで来るとその場で両脚を竜化させて飛び上がる。

その勢いを利用して宙返りをするような格好で右足を蹴り上げた。

そこにいた一匹の古竜の身体が砕け散る。

宙返り蹴り、いわゆるサマーソルトキックだ。

諒兵がそのまま着地すると、後ろで苦笑するバーナードに声をかける。

「いらねえ世話だったろうけどな」

「そんなことはございませぬぞ。感謝致します」

「爺さん強えな。いろいろ勉強になった」

「ほっほっ、若者の手本になれるというのは嬉しいものですな」

そう答えるバーナードに、諒兵は笑う。

実際、バーナードの戦い方はいい参考になる。

丈太郎の指示に従うのは癪に障るが、バーナードの戦い方から学ぶことで強くなれると思い、諒兵は右手を差しだす。

「ありがとよ」

「まっすぐで良いことです」

その行動で諒兵の性格を理解したのか、バーナードは握手に応じていた。

「リン?」

その様子を見つつ、ライラが鈴に問いかける。

最後の奇襲に一番最初に気づいたのは間違いなく鈴だからだ。

「上から一気に降下してきたのがいたのよ。たぶん、最初の接触でアーキンさんにビビッて一匹逃げたんだと思うけど」

そして、上空から奇襲をかけるつもりだったのだろう。

しかし、それよりも早く鈴が気づいたということだ。

伊達に策敵に特化していないと言いたいところだが、鈴としては不満もあった。

「もーちょい早く気づければよかったんだけど」

「最後のぁよく気づいた。策敵範囲を広げるのは簡単じゃぁねぇかんな。今んとこぁ十分だ」

丈太郎がそう評価すると、鈴は恥ずかしそうに頬を掻く。

「ホントなら、私がフェイスで潰すのがいいのよね?」

「そりゃぁまだまだ先の話だ。今ぁ少しずつ上達してけ」

「フェイス?」

「あ、コレのことよライラ」

そういって、鈴は周囲に浮かぶ六つの竜の面を指す。

丈太郎が創る金属の蛇の頭ヒュドラ・ヘッドに近いが、鈴が創れるのは頭ではない。

「私の七面天女っていうのは、頭じゃなくて顔が七つあるのよ」

「それは学んでいる。日本を含めたアジアには自然崇拝の一つとして山自体を神と見做すという信仰があるそうだな。七面天女とはそういった神の一つで、字は日本語で『七つの面』と書くとか」

「うわお」

「こりゃぁ、諒兵にも見習わせてぇ勤勉さだなぁ」

七面天女について、ライラが学んだ知識を披露すると、鈴も丈太郎も感心してしまった。

ここまでとなると、相当な勉強家だからだ。

もっともライラとしては逆にこうまで感心されるとこそばゆいものもあるが。

「ま、まあ、そのせいなのかわからないんだけど、私、最初っから六つの竜のお面が創れたのよ」

「六つ?」

「七つ目は私自身の顔なんだって」

「なるほど、そういうことなのか」

ヒュドラ型の竜である丈太郎も同じで、本来の自分の頭、もしくは顔を合わせて八つの頭や七つの面を創ることができるのである。

「だからコレのこと、ドラゴン・フェイスって名前付けたんだけど、当然コレにもブレスを吐く攻撃能力があるの」

「ほう」

「ただ、私まだ慣れてないから、全身竜化すればできるんだけど、フェイスだけ創って攻撃っていうのができなくて」

「そういった訓練なんかも必要でな。協力してくれっと助かる」

フォローするかのように、丈太郎が付け加えるとライラは少々ぎこちなく笑いながら答えた。

「こちらこそ。私もいろいろと学びたい」

「よろしくねライラ」

「ああ」

そういって笑いあう二人の少女の姿に、丈太郎は安堵の息をついていた。



なかなかに強烈な印象を残しつつ、バーナードと同道してきた龍機兵はイギリスへと帰っていった。

その様子を見送っていた諒兵、リン、丈太郎、ライラは、彼らの姿が見えなくなると、息をつき、それから丈太郎が運転してきた兵団の簡易装甲車で兵団詰所へと向かう。

途上、竜の襲撃に気をつけてはいたが、特に問題はなかった。

「井波、そっちゃぁどぉだ?」

[もう少しで撃退できます]

「飯の連絡しといた。気張ってくれ」

[はは、助かります]

誠吾たち戦闘部隊が出ている前線の戦闘も、どうやら大きな問題には至らないようだ。

もっとも、ゲオルギウスの毒竜は身体を完全に砕くことはできていないらしい。

聞けば楽に二十メートルを超えるクラスの竜で、大きさも相当なものだ。

ただ、蓄積したダメージのおかげか、撤退を始めているという。

「強えのか?」

「つぅかな。ゲオルギウスの毒竜ってのぁ伝承にでけぇって書かれてんだ。そのせいで膨らんだんだな」

「膨らんだ?」と、鈴が首を傾げる。

確かに、成長したというのならともかく、膨らんだというのは身体を示す表現としてはおかしいのだ。

「伝承の影響による変化ということか、ドクター?」

「よく勉強してんなぁ。それが正解だ」

と、ライラがかなり真面目で優秀な生徒の位置に来てくれたせいか、丈太郎は楽しそうに説明する。

「よっぽど特殊な能力でもねぇ限り、伝承ってのぁ竜の血にプログラムとして蓄積されんだ」

「へえ」

「その影響によって、成長じゃなく伝承に近ぇ変化が竜の身体に出ることがある」

見た目の変化であれば、そこまで特別なことをする必要はない。竜の血が自然と対応するのだ。

そのため、

『身体が大きい』

『牙が鋭い』

『尻尾が長い』

そういった程度の簡易な変化であれば、成長する必要なく外見が変わるという。

「伝承竜が厄介なんはそこでな。余計な伝承が加わって外見が変化するヤツぁ意外と多い。純粋にでけぇだけでも普通に考えりゃぁ脅威だかんな」

だからこそ、伝承について調べるのは重要で、戦う上でも重要なファクターになるのだという。

「敵を知りってヤツだ。今後どんな連中が出てくっかわかんねぇかんな」

「そうねえ。私ももっと知っとかないと」

そういって鈴がため息をつくころには、装甲車は兵団詰所へと到着していた。


同じ女の龍機兵である鈴の案内で、ライラは兵団詰所に設えられた居室に通される。

「ここがライラのお部屋。隣は私だから、気にせず遊びにきてね」

そういってくれる鈴には悪いが、ライラから見ると貴族であったころの自室、城壁内の私室に比べて、実に簡素な部屋だった。

何しろ、狭いユニットバスがついているとはいえ、ベッドと机が置いてある部屋しかないのだ。

「ご、ゴメンね。殺風景でしょ。ここって必要最低限しかないのよ」

「構わない。質実剛健という言葉もあるとか。私はここに学びに来たのであって、遊びに来たわけではないからな」

「そういってくれると気が楽になるわ。でも、欲しいものがあったら言ってね。ある程度は融通利かせるって蛮兄が言ってたから」

「バンニイ?」

「あっ、私、えと、ドクター・バンバのことそう呼んでるのよ。どうも堅っ苦しいの苦手みたいなのよね」

諒兵は孤児院で一緒に育った時期があるため兄貴と呼ぶ。

これに関しては仕方ないだろう。

だが、実のところ龍機兵団でも丈太郎を蛮場博士、ドクター・バンバといった敬称を着けて呼ぶ者は少ない。

何しろ見た目が下町育ちのいたずら小僧だ。

インテリっぽさがまるでないため、知り合いのほとんどが適当に呼んでいるのだ。

「知ってる人が昔は『丈兄』って呼んでたらしいんだけど、さすがに名前で呼ぶのはどうかと思って、苗字からとって『蛮兄』なのよ」

「ふむ。敬意よりも親しみを込めているということか」

「そうね。あんな感じだし、本人も親しみを込めてくれたほうがいいみたい。まあ、ドクターって呼ぶのも悪くないと思うわ」

「そうだな。私はそう呼ぶことにしよう」

呼び方がどうあれ、本人に対して失礼がなければ問題はない。

そういう意味で考えるならば、実は諒兵に対しては失礼極まりない呼び方をしているライラだが、今さらそのことを打ち明けることはできないだろう。

鈴という少女は諒兵のために龍機兵になったとライラは聞いている。

下手に話せば、今後の関係が悪くなる恐れもある。

こうして話していると気さくな良い少女である鈴。

少なくとも、仲違いはしたくないとライラは考えていた。

「荷解きするなら手伝うわ」

「大丈夫だ。着替えと日用品くらいだからな」

そういってライラは持ってきたトランクを差すが、海外旅行に行くにはけっこう少ない。

「大丈夫なの?」

「あまり大荷物にするのもどうかと思ったのでな。今後、新しいものが必要になれば購入するつもりだ」

「服とか拘りはあるの?」

「実用的であればいい。とはいえ、いずれはショッピングに行きたいのだが、案内を頼めるだろうか?」

「もちろんっ!」

そう答えると思っていたとライラは苦笑する。

気さくというか素直で人懐こい鈴自身には好感が持てる。

そんな鈴が広げたあの紅色の翼。

「ッ!」

「どしたの?」

「ああ、いや、何でもない。リンはこの後どうするのだ?」

「特に予定は」と、言いかけるや、鈴の腰のポケットがメロディアスな音を奏でる。

「冬子さん?」と、携帯型情報端末を操作すると、鈴にとっては聞きなれた、ライラは始めて耳にする声が響いた。

[鈴っ、手伝っとくれっ、大食らいどもが戻ってきたんだよっ!]

「あっ、はいっ!」

[悪いねっ、急いどくれっ!]

そしてすぐに通信は切られた。

どうやら、冬子のいる場所は既に戦場と化しているらしい。

「そう言えば伝承竜と戦ってたんだっけ。こりゃ大変だわ」

「戦闘は終わったのだろう?」

「う~んとね、ここの職員の人たちにとってはこれからが激戦なのよ」

と、苦笑する鈴を見て、ライラは首を傾げる。

「もし、お腹が空いてたら食堂まで来てね。案内図は廊下にあるから」

「ふむ。わかった。確かに少し空腹かもしれない」

「今はちょっと対応できないから、少し時間を空けてきてね。それじゃっ!」

そういって部屋を飛び出していく鈴を少しばかり呆れた様子で見送ると、ライラは荷解きを始めるのだった。



三十分後。

そろそろ本当にお腹が空いてきたこともあり、ライラは鈴の言うとおり食堂に向かうことにした。

「日本の食事は美味と聞くが……」

少しばかりうきうきしているのはご愛嬌というところか。

せっかくなので少しは楽しみたいと思う。

勉強ばかりでは息が詰まってしまうからだ。

「時には生き抜きも必要だからな」

と、自分に言い訳しながらライラが自室の鍵をかけると、隣の隣、つまり鈴の部屋のさらに向こうの部屋から、赤い髪の少年が出てくるのが見えた。

(向こうは彼奴の棲み処だったのかっ!)

出てきたのは諒兵である。

ライラに気づいているようだが、諒兵は特に気にする様子もなくスタスタと歩いてくる。

「お前も今から飯か、バンブリッジ」

「ライラで構わないが」

「そこまで親しくねえからな」と、諒兵はにべもない。

この様子だと呼び方を変える気はないだろう。

別に気になるような呼ばれ方ではないので、訂正する必要はないだろうとライラは判断する。

ただ、そのせいか少し気が抜けたらしい。

「お前もということは貴様もか。レッド・ド、いや、レッド」

「やっぱか」

慌てて呼び名を言い直したライラに対する諒兵の視線が鋭くなる。

つられるようにライラの視線も鋭いものに変わった。

「どういう意味だ?」

「呼び名だよ。赤い髪が理由じゃねえ。レッド・ドラゴン、『赤の竜』って呼んでんだろ?」

気づかれているとは思わなかっただけに、ライラは目を見張る。

周りのことなど気にしないタイプかと思ったが、実は一歩引いて周囲を見ていたのだ。

「何故わかる?」

「ちっとばっか兄貴に聞いた。それに、お前ときどき俺を睨んでたからな。『赤の竜』は世界の敵、そうすっとお前自身の目的は『俺』を退治することか?」

「……そうだ」

ここまで看破されているなら隠そうとする必要はない。

そもそもライラは腹芸は得意ではない。

なら、堂々と真意を明かすほうが気分もいい。

「世界の敵と自覚しているのはいい覚悟だ。貴様を倒すことこそ、世界を守ることにもつながる。ならば、生かしておく意味がない」

「……鈴が龍機兵になる前に来てたんなら、お前に殺されてやっても良かったけどな」

「む?」

「今は勝手に死ぬ気はねえ。それが俺の誓いだ」

真っ向から睨みつけてくる。

少なくとも友好的な雰囲気ではない。

諒兵は何が何でも生きてやるという気迫をぶつけてきた。

先ほどの戦闘を思いだす。

鈴の叫びに躊躇なく、また古竜相手にまったく臆することもなく突撃し、見事に倒した諒兵。

まだ竜が襲う戦場に出たことがない自分とは明確な差があるとライラは感じ取る。

ゆえに

「お前は、いつから戦ってきた?」

「あ?」

「竜といつから戦ってきた?」

「倒そうってヤツ相手に質問かよ。変わってんな」

諒兵は呆れ顔になりながらも、素直に答える。

「半年前に龍機兵になったときに一匹倒した。その後二ヶ月くれえは訓練してた。それからだな」

「二ヶ月?」

「新兵の訓練期間と同じだ」

「半年前から二ヶ月、差し引くと四ヶ月か」

「そうなるな」

諒兵と同じように考えるならば、ライラはようやく訓練期間を終えたところだと言える。

これから戦場で実戦経験を積んでいくということを考えれば別に遅くはない。龍機兵になった時期が異なるだけだ。

それでも、ライラ自身はすぐ戦場に出してもらえないことを拗ねていたのだが。

ただ、実は二人よりも早く戦場に出ることになった者がいる。

「リンはもう出ているのかっ?」

「直接戦闘はしてねえが、戦場で策敵してっからな」

鈴は七面天女の竜としての特性から、実は既に戦場に出ている。

正確にいえば諒兵と遊撃部隊を組んでいるのだ。

鈴は後方支援型で鈴自身が戦闘することは滅多にない。

前衛の諒兵をサポートするために、既に戦場の空を舞っているのである。

無論、古竜でも飛行できるので、飛行できる敵は何匹か倒しているが、大半は諒兵が潰していた。

鈴はあくまで後方支援。

策敵が主な任務なのだ。

「なるほど」

あくまで後方支援という立場であるなら、納得できなくもないとライラは思う。

ライラ自身は竜の力を考えると、前衛か遊撃となるからだ。

ただ。

「鈴を戦わせる気はねえ。あいつは飯作ってるほうが似合ってる」

そう呟いた諒兵の表情にライラは驚いてしまう。

先ほどまでとはまったく違う、優しい顔をしていたのである。

「だからだ。ケンカならいつでも買ってやる。けど鈴を巻き込むなよ」

そういって再び睨んできた諒兵にライラは何も言い返せない。

鈴を巻き込む意志などライラにはない。

だが、『赤』を手に入れ、既に戦場に出ている鈴にどうしても複雑な感情を抱いてしまう。

自分より恵まれているのではないかと思ってしまうのだ。

「わかって、いる……」

「ならいい。飯行こうぜ。案内してやるよ」

話はこれで終わりとばかりに、先ほどまでの雰囲気に戻った諒兵は再びスタスタと歩きだす。

その後ろを、複雑な感情を抱いたままライラはついていくのだった。






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