3話「白の少女と老執事と二人の『赤』」
居住区の中には、人が住む住宅街型、流通の要となる繁華街型、食糧を生産する農業型、機械製品を作る工業型といった種類に分けられる。
もっとも多いのは住宅街型だ。
当然のことだろう。
だが、規模は決して大きくない。
基本的には生産をしないからだ。
その次に多いのが繁華街型。居住区と併設されていることが多く、人がもっとも集まる居住区となる。
対して、農業型や工業型居住区は人が少ない代わりに、規模は大きい。
食料にしても、機械にしても十分な施設でなければ生産できないからである。
五年前、竜の襲撃を予見した五人の龍機兵が一番最初に建造を始めるように示唆したのが、この農業型と工業型の居住区だ。
人が生きていくうえで必要なものを作っていく場所。
当然、大襲撃の際に狙われにくいか、逆に防衛力の高い場所に作られていることが多い。
イギリスでは、国内でもっとも大きな農業型居住区はドーバーにある。
ハッキリと言ってしまえば、『ウォールズ・オブ・ユナイテッド・キングダム』の隣に併設されている。
もっとも食料を消費するのが龍機兵、つまりドラゴン・ナイツだからである。
ライラはそこで一人、眼前に広がる麦畑を見つめていた。
ここで働いてる人々は、ある意味ではドラゴン・ナイツをもっとも支えている者たちといえる。
そんな彼らに対し、少なからぬ嫉妬を感じる自分に苛立つ。
「私は、何をしているのだ……」
兄であるアーサーを支えるため、そして貴族バンブリッジ家の娘として多くの人を守るために、無理を押して龍機兵となった。
だが、その兄からようやく命じられたのは「日本に行け」というものだった。
イギリス、ブリテンの地を守るべき貴族であるはずなのに、此処に自分の居場所はないのだろうかと思う。
竜と戦う力はないにもかかわらず兄アーサーたちに必要とされるこの農業型居住区の人々と、竜と戦う力を得たにもかかわらず兄やその仲間である龍機兵たちに必要とされない自分。
その違いはいったい何なのだろうか。
そんなことを考える。
ビュウと麦畑を吹き抜ける人工の風にすら、苛立ちを感じる自分を嫌悪するライラ。
そんな彼女を大声で怒鳴りつける者がいた。
「お目覚めくださいッ、ライラお嬢様ッ!」
目を覚ました彼女は馴染み深い老執事の顔を見てきょとんとしてしまう。
「あれ……?」
「余程、居心地が良かったようですな。この空飛ぶ棺桶を大事に保管しておいた価値があったというもの」
「バトラー、嫌味はよせ」
「ほっほっ、嫌味とご理解いただけて何よりです」
そういって笑う老執事に怒ったような視線を向けるライラだが、彼は涼風のように受け流してしまう。
人生経験の違いもあろうが、こと奸智にかけてはこの老執事、バーナードに勝てる気がしないライラだった。
ライラが今いるのはイギリスが国家として保管していたもので、運よく壊されずに残っていたジェット機である。
さすがに航空機の製造施設は規模が大きすぎて居住区に収められなかった。
だが、壊されずに残ったものは人の手で居住区内に保管され、居住区の防壁同様の処理を施された。
つまり、竜に喰われないように加工してあった。
何故かというと、万一のときに利用するためだ。
まあ、ライラを日本まで乗せていくということが万一のことになるのかどうかは疑問が残るところだが。
余談だが、ジェット機を空飛ぶ棺桶と呼ぶのは、大襲撃の際、真っ先に竜に襲われたためだ。
人を空を飛べない。つまり逃げようがない。
そのうえ航空機は鉄の塊だ。
竜にとっては鴨がネギを背負ってやってきたように見えたのだろう。
ゆえに、航空機は人類にとっては空飛ぶ棺桶と揶揄された。
今、ライラとバーナードが乗っているものは決してそんなことはない。
襲われたとしても喰われる心配はないし、同道しているドラゴン・ナイツの龍機兵は空戦のエキスパート。
そんなものをライラを日本に連れて行くためだけに使っているのだ。
驚くほどの贅沢ということができるだろう。
「燃料も無限ではないのに、貴族として申し訳ない」
「ならば、此度の日本行きを良き学びの機会とすることですぞ」
「そんなことはわかっているっ!」
気にしていることだけに、思わず語気が荒くなってしまう。
ライラもわかっている。
わかってはいるのだ。
自分には何か欠けている。
その欠けているものを学ぶために日本に行くようにといわれたことは。
でも。
どうしても、疑問が口を衝いて出てしまう。
「バトラー、知っているなら教えてほしい。兄様は私を厄介払いしたいのか?」
「ほうほう、お嬢様はご主人様が志を同じくする同胞に厄介事を押し付ける下衆な人間とお思いでしたか」
「そんなこと思うわけがないだろうッ!」
「ですが、今のおっしゃりようですとそう取れますぞ?」
そう言われてしまうとその通りなのでライラは口を噤む。
それを見たバーナードは優しく微笑み、再び口を開いた。
「此度の件、発案はドクター・バンバです」
「あのドクターが?」
「はい。日本には今、お嬢様と同い年の龍機兵が二名おります。交流することでお嬢様に良い影響があるのではないかとおっしゃったそうですぞ。資料には目を通しておいででしょう?」
「……レッド・ドラゴンとセブン・フェイス」
「はい。同時にその二人にとってもお嬢様との交流は良い影響になると断言されたそうです。ご主人様はそう請われたことで、お嬢様の日本行きを決定されました」
「厄介払いではないのか?」
「血のつながった兄妹ではございませぬか。ご主人様、アーサー様はお身内もお仲間も等しく大事になさる方です」
それが嘘ではないことは、妹であるライラにはよく理解できる。
理解できるのだが、納得はできない。
イギリスの地で学ぶことはできなかったのだろうかと思ってしまうのだ。
「直接触れ合わねばわからぬことは多々あります。見聞を広めることも貴族の務め。己の責務とお考えを」
「……よく口が回る」
「お褒めいただき光栄の至りにございますな」
精一杯の嫌味を難なくスルーされたライラは、ムスッとした表情で口を閉じた。
最近はこんな表情ばかりしている気がするが、そういう気分にしかなれないのだから仕方ないと思いながら。
ただ。
(レッド・ドラゴン、『赤の竜』を私が破壊できれば、私も正しきブリテンの龍機兵だと認めてもらえるはずだ)
ライラは、日本にいる『赤の竜』を破壊することが、自分に残された道だと考え、静かに拳を握り締めていた。
そして数時間が過ぎた。
かつての日本の空の玄関といえば羽田空港と成田空港になるが、どちらも海沿いにあったため、ほぼ壊滅していた。
復活させたのは羽田である。
何故かというと兵団詰所に近いからだ。
構造上、どうやってもドーム型にするのが難しい空港施設であることと、航空機を使っての移動がほとんど行われていない現在、維持するための労力を少しでも減らすためである。
実際、ライラが載ってきた航空機はこの後しばらくの間は日本で整備され、羽田の特別居住区内で保管されることになる。
乗せて帰るべきライラの滞在期間がわりと長く設定されているため、そのときまで保管するということである。
ただし。
「……飛んで帰るのか?」
「某らはそのほうが速いのです」
バーナード含め、同道してきた龍機兵は自力でイギリスまで帰るという。
竜化して飛んで帰るという、本当の自力である。
こう見えてバーナードも空を飛ぶことにかけては、他に引けを取らない。
正体は相当凶悪な竜だったりする。
「日本の方々に食料を負担していただくことになりますが、その点の話し合いは既に済んでおりますから」
「……私も飛んできたほうが速かったのではないか?」
「万が一を考えてのことです。空戦は慣れないと難しいのですぞ?」
「知っている」
「ドラゴン・ナイツ並の空戦ができる龍機兵の軍隊は他国にはありません。龍機兵団の龍機兵でも難しいでしょう。ですが、お嬢様であればいずれは覚えられるはずです。まだ成長途上にあることをご自覚ください」
そう言われると反論できない。
龍機兵となってからの訓練で竜の力を扱えるように学んできてはいるが、自分が望むレベルには程遠い。
少しでもそのレベルに近づくために訓練に励んでいるが、バーナードがまだ成長途上にあると自分を評価しているのは間違いではないのだ。
そう思い、ため息をついたライラの耳にバーナードの呟きが聞こえてくる。
「ふむ。どうやら迎えが来たようですな」
「迎え?」
「某らは此処で別れるとお話致しましたぞ?」
「聞いているがそれがどうかしたのか?」
「……この地の龍機兵の基地までどう行くつもりだったのです?」
「あ」
場所もわからない、地図もないということに今さら気づいたライラだった。
少々、抜けているようである。
「ですから、迎えといったのです。あちらに見えるのがドクター・バンバと……ほう、あの二人ですかな」
バーナードの視線の先にいたのは、いつもの格好の丈太郎と、諒兵と鈴の二人。
ライラの目は自然と諒兵と鈴に向けられる。
(あの男が……レッド・ドラゴン。そしてあの少女が『赤』を手に入れたという……)
忌むべき者、『赤の竜』である諒兵に対しては敵意を持つだけだが、鈴に対しては、自分が願ってやまなかった『赤』を手に入れたことで複雑な感情が湧き出す。
そんな感情を押し込めたライラに対し、一番に声をかけてきたのは鈴だった。
「え~っと、な、ないすとぅみーちゅー、み、みすらいら?」
「……おい純国産日本人」と、諒兵が発音がメチャクチャな鈴に呆れた顔で突っ込んでいたが。
呆れてしまうライラだったが、少しばかり緊張もほぐれたらしい。
気が楽になったので、自らも名乗ることにした。
「初めまして。私の名はライラ、ライラ・バンブリッジだ。これからよろしく頼む」
「おっ、おっけー、おっけーっ!」
「落ち着け鈴、向こうは日本語喋ってんぞ……」
「あっ、あれ?」
「幾つかの言語で日常会話は学んでいる。英語を学んでくれたのは嬉しいが無理はしなくていい」
「わっ、ありがとーっ!私、鈴、鈴川鈴よ。鈴って呼んで」
「そうか、感謝する。私のことはライラと呼んでくれればいいぞ、リン」
心の底から感激したのか、鈴は嬉しそうにライラの手を取って握手した。
ライラはどこかぎこちなかったが、一応は笑っている。
ファースト・コンタクトはうまくいったように見える。
そんな二人を見て諒兵はホッと安堵の息をついた。
改めて、丈太郎がバーナードに挨拶すると、バーナードも自ら名乗った。
「すまんかったなぁ。こっちまで時間かかったろ」
「何、こういった旅も良いものですぞ。ライラお嬢様のこと、よろしくお頼み致します」
「あぁ。あと帰りの食いもんはもう準備してある」
「ほっほっ、日本の食事は美味しいと聞くので楽しみですな」
「旅の邪魔にならねぇもんになってるが、少しゃぁ楽しんでくれっと女将も喜ぶ。出るときにゃぁ、あそこに寄ってくれ」
そういって丈太郎が指し示した先には、ドーム型の居住区、その中に倉庫らしき建物があった。
食料庫なのだろう。
場所を確認したバーナードは同道してきた龍機兵たちと共に頭を下げた。
だが、その瞬間、丈太郎、バーナード、そして諒兵の顔が険しくなる。
「鈴、面ぁ出せ」
「えっ?あっ、うんっ!」
丈太郎の言葉の意味に気づいた鈴が、すぐに紅色の金属で出来た竜の面を六個作り出す、が。
「……翼ぁいらねぇぞ?」
「出ちゃうんだからしょうがないじゃないっ!」
「俺の右腕みてえなもんか……」
と、諒兵も呆れ顔になっているように、鈴は竜の面だけではなく、背中に紅色の金属の翼も作り出していた。
その翼にライラは見惚れてしまう。
兄、アーサーの赤とは異なる別の赤だが、それでも赤い竜の証である紅色の翼。
自分が欲してやまない色を見て、ライラは思わず拳を握り締めてしまう。
そんな様子に気づかないのか、丈太郎が呆れた声で注意してきた。
「どぉもおめぇは翼に意識が行きがちだなぁ」
「だって飛べるの楽しいんだもん」
「必要なとこに必要なだけ作れるよう練習しとけ」
それ自体は龍機兵として当然の訓練なので、鈴は渋々納得しつつ、周囲の様子を探る。
「三十匹かな。古竜だけみたい」
「漏れたか?ちぃと井波に聞いてみっか」
そう呟いた丈太郎は、前線に出ている誠吾に通信をつなげ問いかけた。
[すみません、漏れましたか?]
「三十だ。たいした数じゃぁねぇ。そっちでなんかあったか?」
[一匹伝承竜が着ました。ただ名前はわかりません。ポイズンブレスを吐く、けっこう大きめの竜なのですが……]
「ゲオルギウスの毒竜か。気ぃつけろ。そいつのポイズンブレスぁ龍機兵でも動きが鈍る。人間だとイチコロだ」
[了解しました。アドバイスありがとうございます]
そう答えた誠吾は、戦術を決めたのか通信を切った。
ゲオルギウスとは一神教の殉教者の名前だ。
その殉教者の伝承に竜退治がある。
大きな身体で人に噛み付き、毒気を吐くという伝承を持つ竜である。
その力で付近の住民を苦しめていた毒竜をゲオルギウスが退治したという伝承である。
「この国はなかなか面倒でございますな」
「小せぇのは古竜ばっかなんだが、たまに厄介な伝承竜が混じっかんな。それでも小型の伝承竜が群れぇなしてるイギリスよりゃぁマシだろ?」
シーサーペントや野良のワイバーンなど、そこまで身体は大きくないが、伝承を持つ竜が群れを為すのがイギリスというか欧州の特徴である。
対して日本は小型の竜はたいした力を持たない古竜が多いのだが、ときどき厄介な力を持つ伝承竜が来る。
どちらがマシかは微妙なところだが、いずれにしても今、世界に本当に安全な場所はないということであろう。
「ふむ。それでは某めが露払い致しましょう」
「えぇっ?」と、思わず驚いてしまったのは鈴だ。
実のところ、バーナードが龍機兵だと思っていなかったらしい。
「感覚も磨く必要があんなぁ。バーナードはドラゴン・ナイツでもトップクラスの龍機兵だぞ」
「ホント?こんな品の良さそうなお爺さんなのに」
「ほっほっ、可愛らしいお嬢さんにそう言っていただけるとは光栄の至り。これは一匹たりとて逃がせませんな」
そういって笑うバーナードを見ていると、確かに龍機兵とは思えない。
まあ、執事なのだから見た目の品がいいのは当然なのだが。
「リン、バトラーは本当に強いぞ。私や兄様が小さいころは剣術を教えてもらっていたんだ。私は今でも敵わないし、兄様でも負けてしまうことがある」
「ほへー、見た目によらないのね」
ライラの言葉にリンが心から感心したような視線を向けると、バーナードは優しげに微笑む。
本当に端から見ると戦えるとは思えないのがバーナードである。
そんな様子を見ながら、丈太郎が諒兵に声をかけた。
「何だよ?」
「バーナードの戦闘をよく見とけ。力を使いこなすってことがよくわからぁな」
「俺はいいのかよ」
「三十くれぇの古竜なら、手ぇ出す必要ねぇ」
丈太郎までがここまで言うなら、相当に強いのだろう。
『赤の竜』の力をどう使うか。
そのことで頭を悩ませている諒兵にとっては、大いに参考になる可能性がある。
そうこうしているうちに、古竜の群れが滑走路に上がってきた。
鈴がいったとおり、三十程度の小さい群れだ。
その姿を見たバーナードの目つきが鋭いものに変わる。
「それでは、我が『コカトライス』の力、お披露目といきましょうぞ」
そういって両腕のみを竜化させたバーナードは、右手に持ったレイピアを構え、古竜の群れに向かい颯爽と駆け出した。




