第9景
時折目にとめてくださっている方、ありがとうございます。
「さ、サヴァジーさん、あのですね」
皆の視線に力がこもる。おかしい。確かにサヴァジーさんとミスヒティアは同じ店に所属する勢力として数えることも出来るし、百歩譲ればクーバンも同じ血を引く家族だ。だけどボルダナはあくまでオレと同じ弟子であって、暖簾分けしたとはいえ独立した隊商を率いる一角の商人だ。無駄にサヴァジーさんに同調したりおもねる必要は無いはず。
そして基本的には独立した行商人であるオレの立場は隊商であるクーバンやボルダナとは競合しない。一応アンテの経営する宿屋兼食堂を拠点にしてると言う点で、サヴァジーさんやミスヒティアさんから見ると気に入らないこともあるかもしれないけど、この現状の視線の収束っぷりとの兼ね合いがわからない。
だけど、だ。
わからないけど、どう対処すれば良いかは、わかる。
「例の畑が欲しいって話なんだけど」
賢者、千里を見て闇に入らず。不穏当なものには首を突っ込まないのが一番。他人が主導する怪しげな商売の話は置いておいて、自分が主導出来る商売の話をすれば良い。
「おいおい、いきなり話が飛んだなぁ?」
「ウッシュバーンヘに行く前に話はしてあったでしょう」
「今は酒の肴の話だったろうが」
「そもそも商談のつもりで来たのにサヴァジーさんが頭突っ込んできたの」
まぁそういう話にするならば、そもそもしたかった商談はクーバンやボルダナとのものであって、サヴァジーさんとの話は全く別の話しだから、こうやって一つ飛ばしにサヴァジーさんに話を振ったのも横紙破りと言えば横紙破りである。もっともこの店を選んだことが、二人との商談が終わった後にサヴァジーさんと酒を嗜みつつ話をする予定であったことを考えれば、二人が商談を破棄したものとすれば全てが横紙破りと言うわけでもないような。
まあつまりだ。
今ここでオレがサヴァジーさんとの話を進めると言うのは、クーバンとボルダナが一つの儲け話を逃しかけていると言うことになるんだが……サヴァジーさん以外誰か気付いてるかな?
「んー……まあそうといえばそうかもな」
サヴァジーさんがちらりと目をやると、それを受けたミスヒがつまみの皿を置いて残念そうに引き下がる。やはりサヴァジーさんはクーバンやボルダナに手心を加える気がないらしい。謎の合意から今さっきまで同盟を組んでいたとは思えない見切りの早さだ。その同盟がオレの妄想と言う可能性も無いでは無いけど。
「えー? ここは畳み掛けるところだろうよ親父ぃ」
はい馬鹿けってーい。あ、お前もだからな? そこでうんうん頷いてるボルダナ。普段の落ち着きっぷりとかを思うと君には本当にがっかりだよ。酒の席に溺れてここが商談の場だってことが頭からすっぽ抜けている上、今まで匂う程度だった同盟疑惑が確定的になった。サヴァジーさん表情は変えないものの、内心さぞ渋い顔をしていることだろう。
今思えば集合時間よりも明らかに前から来てたのに、ろくに飲み食いしてる形跡がなかったもんなぁ。なんの打ち合わせしてたのかわからんけど、オレを嵌めるためになんかの打ち合わせしてたんだろうなぁ。案外さっきの銀杯のこともあるし、その辺の事情も後で教えてくれるかもしれない。
「お前らなぁ……まぁいいや。んで、テルンは畑が欲しいんだったか」
「うん。一応あれのところにいくらか余った土地はあるし、あっちこっちに野生の畑はあるんだけどね。ちょっとまとまった土地で栽培したいものがあって」
「いやまぁ、お前が個人で結べる中では割と強い力を持ってる自負はあるけどな? 俺だってもう街長は引退して普通の酒場のおっさんなんだぜ? そうそう土地が欲しいって言われたってなぁ」
「土地を買うためには最低限の紹介状が必要だろ? まぁ金もないけど」
「ふーん? そういうはなしか」
クーバンとボルダナはオレ達の話に興味が無いようで、ミスヒに酒を注文して二人で酒盛りを始めた。これはもしかして単純に酒に飲まれてるんだろうか? この状態で商談が出来ればかなりオレに有利に行けるかもしれないし、後で様子を見よう。サヴァジーさんはもう完全に呆れ返って青筋が隠せてない。会話とは別にその目がオレに言っている。
『痛い目にあわせろ』って。
「まあ痛い目は置いといて」
「……ナンノコトヤラ」
「まあそういう話なんですよ」
「だが今やお前の方が広い地図を持ってるぞ?」
「わかるでしょ? サヴァジーさんの名前が使えなきゃ意味が無い」
「ふんぬ。俺が……私がお前に個人的に協力するのは、お前の夢のためだけだが」
「夢のかけらってところですかね。これを一つの形にしておきたいんです」
「そういう実績がいるってことか?」
「オレは……サヴァジーさんのような力は無いですから」
新王国が出来たのは10年前だ。これから世界は変わって行くんだろう。ものの価値、権威、力の大きさ。だけどサヴァジーさんが持っていたのはそういうのとは違う、ずっと安定した力……人間的魅力という奴だった。それで持って巨大な隊商をまとめ、この街からここら一体の村や町の全てをまとめあげた。
あれだけの力をオレは知らない。だからせめて形になる実績と言う形で、あるいは金を、たとえ揺らぐ価値観だとしても、出来るだけのものを手に入れなければならない。
そう出なければ”私の夢 ”に届かない。
「まぁ、考えておこう」
「ありがとうございます」
ミスヒティア。ミスヒティアさん。略してミスヒさん……ミス悲惨。
でも別に悲惨な過去とかは全く背負ってないし、今後もそんな予定は無いです。