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第8景

「ああ、うああいいあえうん。おあえあおんおいいえいいおあっあ」

「ふぐぅ! からはが、からはがひひを!」

「あーさけがうまい。さけがまいなー」

「サヴァジーさん、ボルダナ、なに言ってるかわかんない。あとクーバンは一人で酒を抱え込むな」


 多分サヴァジーさんがいつもの口癖で『素晴らしいなテルン。お前はほんと良い弟子に育った』。ボルダナが『感嘆詞ふぐぅ! 辛さが、辛さが耳を!』かな。サヴァジーさん、ここまで舌が動かなくなってるところを見ると、酒精に弱いのもさることながら毒にも弱いらしい。吐いたり水を欲しがったりしないところを見ると、辛いのに弱いわけではないみたいだし。

 逆にボルダナは単に辛さにやられて口が締まらないだけだろう。はふはふ言ってるし、一口目の食感が楽しくてついつい一気に食べちゃうのはオレも経験としてわかる。そのうえで辛さが後から来てひどい目にあう、と言うところまでが一種の王道じゃないかな。


「いや、だって俺辛いの嫌いだし」

「ガキか」


 もうクーバンに関しては何も言うまい。なぜこの親からこんな残念な子供が生まれるのか……隊商の仲間達をまとめ上げるむやみやたらな謎の魅力が無ければ絶対仕事にならないだろうに。いや、サヴァジーさんの隊商はそもそもクーバンとボルダナ含む5人に分けられたんだよな。もちろんそれはサヴァジーさんの世界を味わい尽くしたいとかって欲求もあったんだろうけど、単純にたった一人を後継者にするには皆が皆力不足だったのかもしれない。

 サヴァジーさんは、魔王が現れるより前の時代の数少ない生き証人だ。偉大なる隊商をまとめあげた力を、ぜひ都市再興に尽くしてくれと乞われて渋々今の立場にいる。いや、正確にはそれすら引退して、今は酒場の主人に収まっているわけだが。それ以前は野営地を村と見間違えるものが現れたと言うくらいの恐ろしい規模の隊商を率い、時には冗談でもなんでもなく村そのものを取引したとか移動させたとか言う伝説もつきまとう、この地域では勇者の次くらいの知名度はありそうな大人物なのだ……一応断っておくが、今はあくまで酒が好きでそれを楽しむことに手間と労力を惜しまない普通の爺さんだ。私たちヒューマンの寿命が平均80と言われてることを考えれば、仙人に片足を突っ込んでるような気もするが……飲み食いする姿はと言うのはどうしたって神聖さとはほど遠いものだ。


「ちなみにこれ、一人当たり2つしかないからね」


 さっそく2つ目に手を付けた二人にとりあえずそう告げる。

 掌サイズの平たい虫だが、そこそこかさばるのでクーバンの隊商員に気付かれないように持ち込むのはそれなりに大変だった。懐に隠せるのは7つが精一杯だ。オレは一匹でとりあえず十分だから、クーバンの分は女給にも分けるか、サヴァジーさんとボルダナで分けるのかは二人の判断に任せる。

 一瞬彼らの間で火花が散ったように見えたが、一呼吸の後にサヴァジーさんが女給を呼んだ。どうやらこの店での再現を狙っているらしい。と言うことはこの辛さを再現する手だてがあるんだろうか? それとも酒と同じようにウッシュベーンヘから定期的に仕入れるつもりなのか。ボルダナはともかくサヴァジーさんはオレと言う人間を良く知ってるし、それが出来ないってことはわかっていそうなものだ。やはり再現のあてがあるんだろう。全く覚えがないと言うことは、アンテのところにオレが卸しているお茶のように、店舗以上の規模での供給が現実的でないサヴァジーさん秘蔵の代物か。

 一体どこから、どんな形のものを、どの程度の量持ってくるのか。なかなか興味は尽きないけど、秘蔵の代物と言うのはそれ自体が行商人としての切り札であり、ある種の矜持であるからして、無理に探るのは無粋と言うものだ。

 ただ、いい加減口寂しくなってきたのでサヴァジーさんが飲みかけのまま放置していた杯を手に取り、口を付け大きく傾ける。どうせ女給を呼んだならしばらく酒を忘れ肴の味付けなりなんなりの話をするのだろう。そう思ってちらりと目をやると、何とも言えない光景がそこにはあった。


「ミスヒティア、どうだ。テルンはすごいだろう」


 いつの間にか喋れるようになっているサヴァジーさんが女給……ミスヒティアに手ずからそれを食べさせてる。彼女の手は確かに厨房から持ってきた謎のおつまみ(たぶんクーバンが注文した)で塞がれてるけど、そんなの置くまで待てば良い。いくら実の娘だからって嫌がられても仕方ないと思うのだけど、当の本人は案外嬉しそうに父の手につままれた虫を齧っている。うん、実はミスヒも既に酔ってるな。もしかして、いつの間にか表の看板は裏返されたりしてるのだろうか。ほぼ身内の会合とはいえあまりにも気安さを表に出しすぎてる。


「テルンさんがすごいのは知ってますよ、小さい頃から憧れてましたし」

「そうかそうか。ところでこれ、あれ・・でいけると思わないか?」

「まあいけると思いますけど、よく知ってる人にあれ・・の味見はしてもらいたいですね」


 あ、あれとは一体……っていうかこの場合その味見役はオレしかしないんじゃないか。ここはやっぱり名乗りを上げるべき場面……


「……」

「……」


 だと思うんだけど、なんかいつの間にか集まる皆の期待するような視線が怖い。

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