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第40景

 夕食の献立は生の葉菜に生の果菜、生の花菜に生の木の実でした。あと生卵。


「……夕食を食わせてもらう身としてはなんだけど、オレ、さすがにこのメニューはどうかと思うよ」

「だっておねえちゃんひはつかっちゃだめだっていうから」


 ほう、火は使ったらだめときたか。それってそのお姉さんがいない時に限るんだろうけど、オレがいるんだったらいいとこなんじゃないだろうかな。それとも知らんやつに家で火を使わせるのはなかなか勇気がいることだということだろうか? うん、オレの寝床で知らんやつが火を使ってるとか嫌すぎる。


「まあ美味しくないわけじゃないからいいけどな」

「うんうん。わたしにとってはおふくろのあじってやつらしいよ」

「お前のお袋手抜きがひどいな……ってか『おふくろのあじ』って意味わかってるか?」

「んー……いちばんなれたあじってことだって」


 一番慣れた味、ねえ。この街に住む人間はだいたいみんな同じ味に慣れているような気がするんだけどどうなんだろう? 少なくともオレが慣れ親しんだ味じゃないことは確かだ。

 いや、そもそもオレには慣れ親しんだ味とかねーな。あえて言うならサヴァジーさんに覚えさせられた酒の味と、水を腐らないように処理した薬草の煮出し汁。あとは保存食のきつい塩味とか……ああ、生まれたばかりの頃にあっちこっちで齧ってた木の根っこの味とかもあるか? かじればかじるほど刺すような苦味が出てきて涙が止まらなくなるあの味。時々無性に齧りたくなるんだよな……なんか、慣れ親しんだ味は結構あるんだけどあんまりこう、認めたくない感じの味が多いな。こっそり夜中に近くの森まで堀りに行って齧ってたら、真似したボルダナが悲鳴あげてクーバンがなんか哀れなものを見る目で見てたし。


「ふう、おいしかった」

「ん、もう終わりか? もうちょっと食べたほうがいいんじゃないかとおもうんだけど」

「わたしそんなにたべられないよ」


 くだらないことを考えていたら、少女 マティスちゃんはすでに食事を終えたようで、傍に置いた桶の水で手を洗っている。おいおい、赤い果菜 トマト二つ切りはさすがにどうかと思うぞ。というか残された分はどう考えてもオレと寝込んでるお姉さんだけで食い切れる量じゃないと思うんだけど。


「なあ、お姉ちゃんとやらの分はどうするんだ? 病気で寝込んでる人に生の野菜はあんまりどうかと思うぞ?」

「おねえちゃん? おねえちゃんのはこっちだよ」


 こっち……つまり三つの生卵。そして……妙な樽。


「これだけ?」

「おねえちゃんがねてるときはこれだけでいいんだって」

「へ、へえ……」


 樽からは明らかに酒精 アルコールの匂いがしてるんだけど、いいのか? そして卵ってどうやって食べるのさ。まさか溶き卵をこの樽の中身にかき混ぜて……? そんな食事の仕方があるなんて聞いたことないんだけど。っていうか生卵ってあんまり衛生的じゃないぞ。軽くは火を通したほうがいいと思うんだけど。

 っていうかその妙な薬……認識の上では『薬』でいいんだよな? どこから仕入れたんだそんな知識。


「でも、わたしがのんだときはあったかかったんだよね」

「ああ、つまり独断で持ってきたんだな」

「……うん。おねえちゃんはなにもたべたくないって」

「なるほどなるほど」


 昔病気で倒れた時にしてもらったことをして返そうと、そういうわけか。すごいな。この年齢で、病気で倒れてるときのことを鮮明に記憶してるってことか。その時してもらったことを。その時食べさせてもらったものを。その匂い、味、温度の全部を。あるいはそれ以外も含めて全部を。普通これくらいの子が寝込んでる時って、もれなく生死の境をさまよってそうな印象 イメージがあるんだけどな。どうもこの子の記憶力は妙な方向に突き抜けてる可能性が高い気がする。

 正直それがあんまりいいこととは思えないんだが。


「でもね、お嬢ちゃん。寝込んでる時の対処法って症状によって結構違うんだよ?」

「そうなの?」

「うん。熱が出てるのかもしれないし、寒気がするのかもしれないし、頭痛がするのかもしれない。症状が違えば対処法も違うから、前やってもらったことをそのままするってのはお勧めできないかな」


 ただまあ、酒はある種薬みたいなものだし、そこに蜂蜜と卵を混ぜ込めば、栄養価的には結構大丈夫な気はしないでもないんだけどね。

 ライゴの家からでも持ってこようかな。蜂蜜。


「え……じゃあわたし、どうするの?」

「いや、どうするのって……」


 おっと、不安にさせてしまったか。いやでも、本人が食べないって言ってるのに持っていってもなぁ。火を使えないから酒精 アルコールを飛ばすこともできないし、ただのお酒を飲ますのはどうかと思う。とりあえずは……うん。近所の頼りになる大人にでも来てもらうのが一番いいと思う。

 いや、オレだって大人としては頼りになる部類のはずなんだけどね。

 なんてったって貫禄の57歳ですからして。


「……もういっそ道端で焚き火でもしてしまおうか」


 樹上の道端とか、確実に自警団飛んでくるけどな。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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