第33景
「なにー?」
「えー……めんどくさーい」
「へー? そんなのがあるんだ?」
「ふーん。ふんふん。ふん」
「あー、まあ、任せるわ」
「おねえちゃんがいいってー!」
「お、おう」
うん、お姉ちゃんやる気無いなぁ。その割に声大きくて、なんていうか逆にすごいよ、うん。
「わたしがごはんとってくるから、おねえさんわたしのいうこときくんだよ」
「おにいさん。最初はちゃんとおにいさんて呼んでくれたのに……」
「だってなんかいいにおいするもん」
……うーん、そんな良い匂いするようなものを身につけてもいないし、食ったりもしてないんだけどなぁ。確かに昨日の朝方に香油を使ったりはしたけど、晩には軽く拭ったし、服も替えたし……拭い方が甘かった? でもそれならむしろ汗臭いとかじゃ無いだろうか。
「そう? とにかく、オレは男として扱ってね」
「うーん、わかった」
「よし」
まあ、認識がどうでもそう扱ってさえくれれば良いからね。
あれ? でも男だと思われてないからお姉さんオレを雇うことを許可してくれたんだったりして?
「お姉さんに、オレの事ちゃんと男って言った?」
「えー? うーん? どうだろう?」
「ああ、そう」
まあ、あんまり関わることもなさそうだし良いか。飯はここで食うつもりだけど、寝床は別の場所に確保するつもりだし。それに、そう長いこといるわけじゃ無いだろう。せいぜい二、三日ちょっとだ。
「じゃあ、早速だけどお仕事はあるかな?」
「うーん……うーん……わかんない」
そうかい。
いや、いやいや、そうだ。そもそももっとすることあった。
「じゃあまずお互い自己紹介から始めようか」
「えっと? じこしょうかい?」
「だって君、まだオレの名前も知らないでしょ? オレも君の名前知らないし」
「あー……うん、そうだね。それが?」
……この街って、人の情緒も育ちにくいのか? 人の名前を知らないことが当たり前のように振舞われたぞ。ちょっと怖い。名前を知るって人と関わりを持つときの最初の一歩じゃ無いか? 少なくとも商売人としては、相手の名前知らないって致命的なことなんだけど。
「名前、知らないと不便でしょ?」
「そー? あんまりつかわないよー? おねえちゃんはおねえちゃんだし、わたしはわたし、おねえさんはおにいさん、ね?」
「まあ良いから覚えてくれよ。オレはテルナ。アンテカルナ・カルテルナ、57歳。行商人だよ」
「あん……かる……かる?」
「テルナだけ覚えてくれればいいよ。それで、君の名前は?」
普通なら自己紹介ってもうちょっと色々言うけどね、イッドゥシヤンに本拠地があるとか、赤札持ってるとかね。けどこの場合はそんなこと言ってもしょうがないだろう、この子が興味を持ってくれるとも思えないし。
「マティス。わたしマティス・メリダムル 。7さい」
「ふーん、7つかぁ……7? 17じゃなくて?」
「んー?」
とっさに出たオレの言葉に、女の子は首をかしげて手のひらを開いたり閉じたり、指を曲げたり伸ばしたりしながら歳を数え始める。
うん、一周すると17と7って同じ指の数なんだけど。
さっきからたくさん指を閉じたり開いたりしてるからどう数えてるのかわからない。
うん。
「うん、7つ!」
そうか、7つか。7つ。うん。
「もしかして君のお姉さんて、ヒューマンじゃ無い?」
「え?」
「そう、例えばハーフエルフかなんかじゃないの?」
自堕落でだらけてるハーフエルフって、すごく想像したく無いんだけど……でもこの子がヒューマンで、なおかつヒューマンの年の数え方で7歳のはずが無い。
普通7歳って言ったらようやく片言でしゃべれるくらいのもので、動きだってたどたどしく人の真似をしたがるくらいのものだったはず。身長もボス ハード 前後くらいのはずが、この子はそれより二回りくらい大きい。二つ三つの年齢差なら多少早熟だとかどうとかで済ますことができるかもしれないけど、さすがに10歳も離れるとそれでは済まない。
だとするならば、そもそも年齢の数え方が違うと見るのが妥当じゃ無いだろうか?
オレたちヒューマンやセリアーン等の短命とされる人種が一年を6色の月の巡りを基準にしているのに対して、エルフやドワーフなどは黒白の月の巡りで一年を数える。つまり、ヒューマンの一年が180日なのに対して、エルフやドワーフの一年は360日になるのだ。単純に考えて年齢が倍になると思えば良い。
この子がエルフで考えて7歳なら、オレたちで考えて14歳。予測は16〜7だったわけだから、ちょっと早熟なのだと考えれば無理は無い範囲だと思う。
「ええとさ、名前を何回呼ばれたか、わかる?」
なんで一年の考え方が違うのか……それは極論、神様、青血の乙女にそう定められたからだ。
一年ごと、誕生日のたびにオレたちの心に響くオレたちの名前を呼ぶ声。真名、あるいは神名と呼ばれる、神様がくれる本当の名前。テルナと呼ばれ、アンテカルナ・カルテルナと名乗るオレにとっては、カルナバル・バスカットという音。一生に36回聴く機会があるそれは、ヒューマンたちには180日ごと、エルフやドワーフには360日ごとに訪れる。要するに、そういうことである。
「んん?」
「こう、誰もいないのに、頭の中で声がする体験て無い?」
「んーと、んー?」
何を言いたいのか理解したのか、再び指を折ったり伸ばしたりして何かを数え始める。
「13!」
両手の人差し指と、右手の中指を立てて笑顔での宣言。
ああ、うん。そりゃ生まれて一年目とか覚えてるわけないもんね。そんなもんだよね。
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