第25景
「さあできた。ほらお前の分」
「はあ、ありがとうございま……これただのお湯割じゃねえか!」
「当たり前だろお前、醸造酒から酒精 抜いたら飲めねーよ」
という訳でそれはオレが始末するから葡萄酒のありかをはきなさい。大体こんな香りの良い酒に変な手を加えてたまるか。お湯割どころか杯 あっためただけだっての。もうちょっと質の悪いのだったら楽しみ方いろいろあるのにな。質の良い酒しかなくて困ることがあるとは……人生わからないものだ。
「もうわかったからそれ飲んだら帰ってください……いや、宿をとって寝てください」
「なんだよつれないな。今度こそ疲れを取る飲み物を用意してやろうと思ったのに」
「一回騙されればとりあえずこりますよ。俺はまだ仕事があるんです」
「そうかそうか。じゃあとりあえず葡萄酒がどこにあるか教えてくれ」
「だから飲まないっていてるじゃ無いですか!」
机を叩いて立ち上がること、本日二度目。
もっともオレの前でという話であって、それ以前に彼を怒らせた人がいればその限りでは無いけどな。
まあなんだ、お疲れ様。
「大体なんなんですか、人の執務室の床に座り込んで火なんか起こして! 床が焦げたらどうしてくれるんです!?」
「焦がすと思うか? というか焦げるかどうか心配するなら、火事を起こすかで心配しろよ」
「そんなの心配するはず無いでしょうが! 良いから帰れってんだよ。俺酔わして何がしたいんだ!」
「そりゃあれだ。他都市からの物品輸入を承認する書簡に署名してもらおうかと」
「想像以上に質 が悪い!」
「そう褒めるなって」
別に冗談で言ってるわけじゃ無い。なんというか、床を焦がすような可愛げのある失敗はともかく、火事をおこすような愚にもつかない真似をするはずが無い。そう信頼されてることがまっすぐ伝えられると、少しだけだが気恥ずかしいものがある。それをはっきり指摘しないで機 をずらすのは、哀憐の情というやつだ。
「本気で褒めてると思ってるんですか?」
「え? 商売人として立派だって意味だろう?」
「行商人になるための修行してないんでそういう機微わからないんですよ」
「領主なんて商売人みたいなもんだろ」
「よそはよそ、うちはうちです」
「いいじゃんか、良いもの仕入れてくるよ? これとか」
とりあえず杯を温める横で同時に沸かしていた薬草の煮出し汁 を差し出す。蜂蜜を沈めてあるからかなり飲みやすいと思うのだが、はたして。
「なんですか、これ。酒精の気配はしないですけど」
「お茶。まだ量産のめどが立ってない嗜好品」
「……見た目薬草の煮出し汁なんですけど」
なんだかんだ言って飲むようだ。よし。
「そう間違っちゃいないけど、香りは悪く無いだろ」
「はぁ、まあ……味も悪く無いですね。それでこれをどうしろと?」
「街で買ってくれよ」
「ここの人たち外のものに対する憧れとか無いんで。というか金も無いです」
「稼ごうぜ。良い酒あるんだから売れるって」
「売るくらいなら飲むで満場一致してるんです」
「まさかと思うけど……まだやってるの? 国民総投票制」
「ええ、それが何か?」
蜂蜜をとかした茶をすすりながら、何か問題があるのかと嘯く領主50歳。
民主政治ここに極まれり……そんなことに駆り出してるから衛兵の皆さん弱いんじゃ無いかな。あれだろ。領主の館の前に設置した投書箱の中身確認して、その内容で質問調査表作って領民一人一人に聞いてくやつ。事態を把握してないやつのほうが圧倒的に多い上に、この街の人間は皆怠惰なのだ。真剣に考える人間などほとんどおらず、何をやっても物事は前に進まない。
じゃあ、領主は何をしているかといえば、申し訳程度の仕事成果を調査して回ったり、喧嘩の調停をしたり、時々名付けの親を任されたり、どうしても必要だと思われることについて一軒一軒回って詳細を説明していたりする。
そのうち過労で倒れるんじゃ無いかしらん。
すでに見るからにへとへとだし。
むしろお前だけでも茶を飲め。ハーフエルフ曰く体に良いらしいぞ。単に味が好みってだけで嘘をついてるのかもしれないけど。
「もうさ、一時期のサヴァジーさんみたいに独裁しろとは言わないから、せめて議会制ひこうぜ」
「ええと……あれですよね。代表者だけで話し合うやつ」
「そうそれ。だいぶ話が楽に進むと思うぞ」
「具体的には……?」
「代表者にだけ贅沢を覚えさせて賄賂で意見の統一を図る」
「最低だこの人……」
「馬鹿、袖の下は商売人の基本技術の一つだぞ」
「行商人への憧れがごりごり削れていく……」
「それでも削られるだけであるあたりにお前の苦労がしのばれるよ」
「それ以上言わないでください。おかわり。蜂蜜多めで」
珍しい。オレにこんな甘え方をするなんて。
まあ蜂蜜はこいつのだけどな。よっぽど気に入ったらしい。少なくとも今持ってる分のお茶くらいは、個人的に買ってもらえるかもしれないな。
頭の中で珠を弾きつつ、水筒を火にくべる。
「はいはいちょっと待ってな……そうだ。お前このまま貫徹するなら寝床貸してくれよ」
「その袋をちゃんと処理してきてくれるなら考えます」
「あー」
そういえば部屋の隅に放り出して忘れてたな。首入りの袋。
いつも読んでくださってありがとうございます。
前回前々回ともにブックマークしてくださった方がいるみたいで、とても嬉しいです。
ちなみに哀憐の情とは、まあ武士の情けのようなものですね。




