第17景
後ろのやつは、多分副長だったんだろう。こんな状況なのに、片手で蹴られた頭を押さえながらも冷静にオレを取りに来た。その様子も振り上げられる蛮刀も、影として崖の壁面に全て写っている。
だけど無言。
つまり(多分だけど)やけくそじゃない。面倒な。
振り下ろされた。あちゃあ、こんな場所じゃあとっさに飛んだりできるわけないし、しゃがんでるせいで重心が落ちきってて動けない。狙いはどこだ? 肩か。首か。蹴りじゃないってことは、落とす気はないってことか。魔剣を手放し、両手を地面に着く。そしてそのまま土下座でもするようにさらに深く伏せた。頭の斜め上あたりの地面に蛮刀が刺さり、弾かれた飛礫が髪に刺さる。多分髪も何本かちぎれたな。痛い。むかつく。ついでに魔剣ごと手をついたせいで右掌が切れた。痛い。
正直に言うと、こんなものを喰らわなくても体格的にはのしかかられただけで死ねる。いや、しゃがんでるこの状況で一呼吸すれば毒気にやられて気絶間違いなし。三呼吸もすればそのまま死ぬ。つまり一回背中を踏まれたら、多分オレはそのまま死ねる。雑魚盗賊のうち唯一生きてた奴は、たまたま壁に寄りかかってたからまだ息があったに過ぎない。悲鳴を上げた次の吸気でそのまま死んだ。
だけどこいつはそれをどれくらい把握してるんだろうか。三人の雑魚を洞窟の中に貼らせた後、こいつはその場で待つんじゃなくてあえて縄を渡って隠れて待ち伏せてた。
部下がどうやって死んだのか、オレの言葉でしか理解してない。
せいぜい洞窟の中に毒煙が溜まっているだけだと思っているかもしれない……というか洞窟の入り口から毒気垂れ流しだと言われても、この場でしゃがんで呼吸したら死ぬとはなかなか思わないだろうしね。
つまり、こいつしゃがませたら勝ちじゃね?
まあそんなまどろっこしいことしなくても斬り殺せばいいんだけど、ここで斬り合いなんかすると死体が下に落ちるかもしれないし。そうすると回収めんどくさいんだよな。ああ、でも親分の死体も回収しなきゃいけないし、別に変わらないか? 変わらないのか? どうなんだ。首二つと一つじゃだいぶ違うよな。
まああんまり深く考えてもしょうがないか。いつまでもこの体制はつらいし、とっととけりをつけよう。地面に顔を押し付けて下半身を跳ね上げる。顎を狙えれば最上だけど、さすがに無理。身長たりない。だからここで狙うのは下半身。具体的には股間。男にはわかるが女にはわからない絶対的な急所。いや嘘。女は女で急所だけど、まあ、男ほどは痛くないだろう。
Bump!
固い感触。肩越しに見上げた顔は苦々しげだけど、苦痛にゆがんでいるわけじゃない。有効打にならなかった。
ちぇ! 対策済みかよ。こいつらというよりも、大元の団にいた時の知恵だろうな。人数がいたならたとえ一人二人が金的くらっても大して困りはしないだろうけど、それでもいざ逃げる時になったらそいつが足を引っ張ることになる。一番わかりやすい弱点だからな、ここを守るのは基本中の基本だ。次が目だけど、そっちは守るの難しいし、そもそも的が小さいからね。まあ、砂とかかけられると痛いんだけどっ!
「ぐあっ!」
っし! 入ったな。振り向きざまに払った右手、その指先から男の顔めがけて血滴が飛んだ。何の理由もなく右手を切ったとでも思うか。血の目潰しは基本戦術なんだよ! まあ、本当に入ることは期待してなかったけど、顔に何か飛んで来れば顔を背けて目を瞑るよな。
顔についた血を拭おうとする隙に魔剣を拾って反転し、構える。さて……随分と剣呑な目つきだな。こうなったら何としても儲けを得てやるって顔じゃない。絶対殺してやる。そんな感じの目つき、むしろ顔についた血を拭いながらがむしゃらに武器を振り回したりしないのが不思議なくらいだ。なんだよ。思ったより頭悪そうだな。それにあんまり冷静って感じでもない。もしかしてこいつ……喋れないのか。だから裏切る心配がない。だから副長? うわ、くだらな。
その上何だよその構え。不退転? 両手を広げて通せんぼ? むかつくな。むかつくんだよそれ。
「お前喋れないのかよ。役立たず」
「がぁ!」
横薙ぎ! こんな狭いところで壁に向かって? とっさに仰け反って刃を躱すと、案の定だが刀は壁面にぶつかり飛礫が飛ぶ。見た目通りの腕力。人数で、あるいは単に腕力で勝負するなら確かに有用な戦力だろうとは思うけど、オレ達みたいなのからすればただの独活の大木でしかない。だろ?
地面を蹴って一回転、勢いの乗った一発を蛮刀をふるって伸びきった肘に叩き込む。
「がっ!」
つかみ掛かってきた空手をすぐさま持ち上げた魔剣の刃で受け流す。とっさに避けようとした腕に押し付けるように、その皮膚を削ぐように。上体が泳いだ。ついで引き戻し様に腰から下を斜めに切り落とす蛮刀の、その握った腕の動きを初動で潰すべく、今切ったばかりの傷口に指を立てて握る。
「ぎぃいいいっ!?」
「言ったろ。潔く斬り殺されろって」
そしてその手を引いた。
「ごめんな引き延ばして。通せんぼされるのほんとムカつくんだよ」
腹の下側から、抉りこむように、刺す。
三度の痙攣。
そして男は動かなくなった。
「ふう」
『遊びすぎだな』
「まあ、自覚はある」
『そうか。しかし、通せんぼされるのが嫌いねぇ。やっぱりハーフリングの血じゃないのか』
「えー?」
地面に大男の死体を引き倒し、顔を隠すのに使っていた日除布で魔剣の剣身を拭う。どうだろうか。閉ざされることを嫌う性質。旅を愛す気質。オレという個人。ハーフリングという個性。
「違うんじゃない? きっと」
『そうか?』
「うん。ハーフリングのそれは、オレのみたいに俗っぽくないよ。きっと」
指で刃をなぞって、ちゃんと血が拭えたかを確認する。使う前と寸分違わぬ鈍い輝き。問題なし。
「……まあ、それを確かめるための生だけどな」
いつも読んでくださってありがとうございます。
今回主人公が超嫌な奴ですが、別に演技とかじゃなくこういう面もあるのです。




