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第15景

 行商人、という仕事にとって一番大事なのが何かと問われれば、オレは『数える力』だと思っている。

 金を数える力から始まって、売値と買値を対比した損得を数える力、使える情報の多寡を数える力、商品の数と儲けに経費をあわせて労力と見合うかを数える力。経費の内実を問えば使える道を数える力、そこに潜む危険を数える力、旅程を攻略するのにかかる日数を数える力、その間消費する物資を数える力。危険と儲けの間で得られる利益の大小を見極め数える力。

 クーバン曰く、偉大なる親父の知恵。

 ボルダナ曰く、まるで芸術のような数字術。

 数字術ってなんだよ、算数だろ、数学だろ。せめて算術って言えよ。

 断っておくが、別に何でも『数える力』ってつければ良いなんて思ってるわけじゃなくて、かつてサヴァジーさんにそう習ったのである。

 彼に習ったことの半分がまさにこの技であった。

 抜き打ちでいきなり計算させられて『あ、それ一日遅れると馬車一台分丸損だから』とか言われて毎回死ぬ気で数字を弾いたのも、今となってはいい思い出だ。ボルダナが確か一番成績が良かったな。彼の師匠に対する敬愛っぷりは若干病的だったかも知れない……その割にはサヴァジーさんのことを何度教えても『サヴァージ師』って呼んでたけど。

 何か話が脱線しかけた気がする。

 ええと、そうそう。行商人にとって大事なことだ。一番大事なことは『数える力』。二番目は多分だけど、商売道具である『足』じゃないかと思う。オレも足は本当に大事に育ててきた。保湿の軟膏を塗りたくった上から包帯で巻き、靴選び及び靴作りには三日かけてまた同じだけの時間でそれを履き慣らし、1日の終わりにはまた軟膏塗り込みながら揉みほぐし。足の爪も毎日ヤスリで磨き。

 爪一枚、毛の一本に至るまで細心の注意を払ってケアをする。そうしてできた足は走ってよし、歩いてよし、蹴ってよし見てよし、撫で回してよし。撫で回したやつにかかと落とし決めるもよし。オレとしては数字術よりこっちの方がよっぽど芸術に思えるのだけど。この件で無駄にボルダナと喧嘩して、クーバンにお前ら気持ち悪いって言われたこともあった。


「でね。三つ目に大事なのが護身術なんだよ。別に、蹴ってよしとかかかと落とししてよしとか、冗談のつもりで言ったわけじゃないんだ」


 足元には死体が三つ。正面と後ろに刃物を持った男が一人ずつ。ここがどこかといえば、断崖絶壁の真ん中にある横穴の前。

 彼らの足元にあるのは、断崖絶壁の間を埋める橋。いや、橋なんて立派なものじゃない。いくつもの杭の間に貼られただけのただの縄だ。ここでオレは、野盗の襲撃を受けていた……まあ予定通りなんだけど。


「行商人にはね……特にオレみたいな一人歩きする行商人には、他の人には内緒にする秘密の交易路があるんだよ」


 とりあえず挑発の意味も込めて、魔剣 サーシスで踏みつけていた死体の一つから耳を切り取る。今回はボロを巻いてない、柄の宝石もむき出しの状態だ。そう、これを酒場で机に突き立てて見せて酒を煽り、彼らをこの場所におびき寄せた。いやあ、わかりやすくていいよね。仲間が殺された怒りをわめいていたはずなのに、もう欲望で目がぎらついている。

 でもね、そうやって目をぎらつかせていても、足元の縄が不安定でプルプル震えてるのは見て取れるんだよ。片手を岸壁に当ててその身を支えてる状態では、刀を構えて凄んでてもちっとも怖くない。


「街道は君らみたいのに襲撃されやすいし、馬車が通れるようにと思うと道の広さと平さが必要だから迂回路も多い。そうなると、ここみたいな多少険しくても近道で、襲撃の危険がない安全な道が必要なわけだ」


 女装が完成して、ひとしきり偽おっぱいやら脚線美やらを自慢することでアンテをからかったのが昨日の夕方。頭から街頭を被ってあっちこっちを千鳥足でふらついたあと、街の反対側の酒場に入ったのは日が暮れた後だったか。

 酒場に入るなり外套を勢いよく脱ぎ去り、空いてる机に魔剣を突き立てて『その席もらうわ』。いやあ、傍若無人な演技も楽じゃない。ひとしきり酒を楽しんだ後、懐から出した皮袋にうっとりと口づけ、また懐に戻し、そしてちょっとばかり景気よく心付けをお代と一緒に机に重ねて店を出た。

 そして彼らはこれだけでつられてきたのだ。一回で済まなかったら二、三回同じことを繰り返したり、もっと大金ばらまいたりしなきゃいけないかと思ったけど、普通に一回で済んだ。余計な出費がかさまなくて助かる。


「それでね、当たり前なんだけどさ。この道知られたからには生かしておけないんだよね」


 街を出てからあっちにフラフラこっちにフラフラ。で、隣の街にいくための途中、街道を全力で逸れてこの崖の裏に来た。完全に断崖絶壁で、普通なら人が通るはずもない場所だけど、ちょっと見ただけじゃわからない場所に杭を打って足場にして通れるようにしてある。もうだいぶ前に破棄した道程 ルートだけどな。

 だからこんなこともあろうかと縄を張って、誰から見ても通れるようにしておいたんだ。


「待ち伏せしてくれてたところ悪いんだけどさ。死んで欲しいんだ」


 幾度も崖の位置を確認しながら、尾行者をまくように動くふりをして遠回りをする。そしてしっかりついてきていた彼らが、オレが目指してる場所に気づいて動いたのを確認し、それから崖に向かい渡り始めた。開けた場所で、あるいは縄の上で追いかけっこをするよりも、挟み撃ちにすることを彼らは選んだんだろう。

 バカだよね。この道はオレが作った道だって。その意味わかってないんだから。


「それでさ、君らの死体も回収したいし、できればこの縄切らずに済ましたいんだよね……」


 死体の手からナイフを拾い上げ、足の指で挟んでロープの上にかざす。

 本当バカだよね。この場所で待ち伏せするなら弓の一張、投石の一つでも持ってないと意味がないのに。


「どうせなら潔くオレに斬り殺されてみない?」

目をとめて下さってありがとうございます。

釣りのポイントは、誰から見てもわかるお宝(宝石で飾られた剣)を見せた上で、誰にも正体がわからないお宝(皮袋)を晒してやったことかな。

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