第13景
「あらためておはよー……って、あれ? ルルは?」
食堂に降りたらアンテが一人で調理場にいるだけだった。ウルルジュアの姿がどこにも無い。商談の続きをしなきゃいけない相手と言う点ではアンテよりよっぽどいてくれないと困るんだけど。
あの子がオレとの商談の途中で逃げたりするとは思えないし、前払いと言うことで話しはまとまっていたはずだったと思う。酒量がかなり限界を越えていたせいでいまいち記憶に自信が持てないけど……でもいくら酒に飲まれていたとしても、オレが商談の内容を忘れるなんてことはあり得ない。あり得ない……と思う。自力で宿に帰って来れたかどうかも怪しいけど、商談の内容だけは……多分。
「早速仕事始めるって。完璧にこなしてテルナに褒めてもらうんだって息巻いてたよ」
「そうなのか……その袋は?」
仕事か……確かに大掛かりな内容だし、始めるのが早い方が良いだろうけど……報酬のこと忘れたら商人として大問題だと思うんだけど。褒めてもらう以前の問題だよな。うーん? と首をひねったところで、机の上にどさりとおかれている革袋に気がついた。
言っちゃなんだけど小汚い。アンテが積極的にこんなものを出しっぱなしにするはずないと思うんだけど。となると……
「ああそれ? 報酬だってさ。詳細は今度酒飲みながら話そうって言ってたけど……」
「ふーん? 袋一つおいてって詳細って……アンテは中身見た?」
「見てない。きっとすげーむかつくだろうから」
「口調」
接客業としての自覚を持ちなさい。オレの部屋とかならともかくここは食堂です。
さて、アンテが腹を立てるってことはオレがウルルジュアとの酒盛りに乗り気になるくらいの破格の報酬ってことか……いや、別に誘われればすぐにでも飲みに行くんだけどな。そういうのを遠慮するような性質じゃないと思ってたけど、素面で人と酒盛りの約束をするのは恥ずかしいとかって女の子らしい奥ゆかしいところもあるんだろうか。
うーん、イメージに合わない……とすると、この中身は地図の類いとか貴重な植物の標本とか、改めて内容の相談をしたくなるような貴重な情報ってこと……おお!?
「拳大の水晶球が3つも!?」
袋の口を開けると、まるで水のように透明な塊がゴロゴロと3つ転がり出てきた。
こんな大きさのまじりっけのない水晶が3つもなんてただ事じゃない……確かにどこで手に入れたのかすごく気になる。いやでも、どこで手に入れたってくらいの簡単な話しだったら、後で酒をどうのってほどのことじゃない。ただ事じゃなかったとしても、簡単に手に入るなら……どこかで掘り出した物を職人の手に渡して加工したのなら、オレよりも先に手を回す場所があるはずだし、オレへの報酬にならない。
「……すごいねそれ」
「あ、ああ」
アンテの囁きに意識を引き戻されて、慌てて水晶球を袋に戻す。人目につけば無用の危険を招きかねないからだ。
「前時代の遺物 かしら? それ」
「違うだろ。だとしたら使い道が少な過ぎる。そう見えるが、そうでないと判断でき、なおかつルルはそれを知っている……か。なるほど、詳しい話を聞かないとだな」
だけど、長ければ今年一杯、どんなに短くても一月はあいつは帰ってこないだろう。だとすると、
「オレも動かないわけにはいかないな。むしろ、その力を見せてみろってことか……!」
「ちょっとー? 一人で盛り上がられても状況がわからないんだけど」
「あー……お前に説明する必要あるのか? とにかくすぐにでも仕事に生きたいんだけど」
誤字にあらず……あ、変な電波受信してた。もしやこれも魔剣の影響か……
しかし説明か。あとでサーシスにも問いつめられるかもしれないし、するしないはともかく頭の中では纏めておいた方が無難かもな。
『前時代の遺物 』と呼ばれる物がある。この前時代と言うのは、魔王が現れる前のことだ。魔王が自分にとって都合がいいように世界を作り直すにあたって、滅ぼされた文化の残滓。見つけたら公的には皇都にある専門の研究機関に届け出ることになっている。まぁ、その皇都自体がほぼ『前時代の遺物』そのものだけど。
皇都の誰に持って行くかによって身分が高い人間とか、専門の知識を持った人間と繋がりを作ることも出来るし、あるいはそういう繋がりを求める人間に高値で売りつけることも出来るだろう。だけど、それにどれだけの価値がある。そんな者とただ一度つながった程度ではなんの役にも立たない。オレが大隊商を率いる大商人であったならまた別だけど、個人商人であるオレがいつまでもつなぎ止めるのは難しい……いや、別に難しくないけど、自由に動けなくなりそうでなんかやる気がわかない。
というか、オレが自由に動けないことを嫌ってるのはあの娘だってよくわかってるはずだ。期待してる仕事はもっと別のことだろう。うん。
「うん、早く行きたい」
「……6日くらい休むんじゃ無かったの?」
「仕事があるってのに休んでられるか! それも最高の仕事かもしれないんだぞ!」
「仕事狂いめ……」
「オレの人生あと20年ちょっとだぞ? 大好きな仕事に尽くして何が悪い!」
「いや、あの人120年近く生きてるじゃない」
「あんな超人と一緒にするな」
目を留めてくださってありがとうございます。




