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鼓動の所為

・・・ちゅっ


軽いリップ音が小さいながらも耳には繰り返し木霊していた。


いつのまにか、彼が私から少し離れて

ふぅーと息を吐きながら、


「どうだ?うまく入ったか?」


と顔を覗き込んでくる。


「---だい、じょうぶ、です」


ハッと我に返って頷いた。

かなり魔力を貰ってしまった気がする。


少し魔力に余裕が出た。


「なんとかこれでもつといいが・・」


「平気・・です。義務は、しっかり、果たし、ます」


声は震えていたが、たとたどしく返事をする。


もうすでに窓から城が見え始めていた。


「」

「」


沈黙が中に訪れた。

そして私はハッとして彼の近くの受話器に気付く。


そういえば、話中じゃなかったっけ?


「殿下、あの、私が起きる前に電話していませんでしたか?」


「!あ・・・・--」


彼はいつのまにか手放していた受話器を拾い上げて

そういえば と、しばし受話器を眺め・・


「そう、だな・・だがもう切れてる」


そう力なく肩をすくめて答えた。


「そう、ですか。すっかり私も、失念しました」


私がさりげなく、私も間が悪かったので と付け加えると


「別に気にするな。

あのろくでなしが勝手にしてきただけだ。

無視したとしても問題ない。」


「」


さらっと軽々しく彼がそうフォローのつもりか呟いた。


ろくでなしって・・仮にも陛下相手になんて不躾なーー。


親をろくでなし呼ばわり

・・それはそれですごいなと素直に感心した。


「」

「」


それから彼との会話は進展することなく時間が過ぎて

城の大門をくぐりぬけ、ガタンッと揺れて、馬車が止まった。


「殿下、着きました」


「ああ、わかってる」


窓から見ると、あまり目立つことの無い裏口へと回ったようだ。

馬車置き場がすぐそこに設置してある。


「おい、いくぞ、リュティシア」


「!」


側近リドが馬車の戸を開けて、殿下が私に近づき、手を差し伸べる。

けど、私は一瞬思考も動きもショートしていて


ーー初めて、名前を呼ばれた。


その事実に眼を見開いていた。

けして親以外に呼ばれたことの無い名前。

彼はなんの躊躇いもなく呼んだ。


「リュティシア・・?おい、大丈夫か」


頬が赤いぞ と彼が頬に手を伸ばす。ひんやりとした大きな手が私の頬に触れた。


心の臓がドクドクと打ち鳴らしていて、

ただ私は彼を見上げることしかできずにいると、


「え、ぁ、の・・」


「いい、無理するな。俺が運ぶ」


反応できない私を、身体が傷ついてるために動けないのだと勘違いして

彼がすっと私を両手で掬い上げた。


「っ!」


ふわっ


と浮遊感にみまわれる。

彼は馬車から器用に私を抱えたまま降りた。


「あの、私は」


慣れない浮遊感と密着する彼の鍛え抜かれた体に

私はうろたえ動揺する。


平気ですーーそういおうと思ったのに


「平気じゃないだろう?」


ちらっと私を至近距離で見つめて

彼はふっと不敵に笑った。


「!---」


お見通しのようだ。

ドキッとした心は何も言い返せない。


身体が弱いと心も弱くなるものなの?


そう内心首を傾げる他ならない。


歩き出した彼は陰りのある表情で


「だがせめて儀式では歩けるように

今休んでおけ。準備が忙しいからな」


そう、息を深く吐いて忠告にも似た命令を下した。


「ーーー」


コクンと私は神妙に頷く。


準備、か・・


それを思うと憂鬱すぎて頭が痛くなりそうだ。


過去王族のマナー、

教育の中にあるのはドレスも含まれている。


カツンカツンカツ・・


「」

「」


黙々と彼が私を抱え運んで、塔の中に入る。

彼の執務室のある塔だ。


「リド、あいつをつれてこい。こいつの侍女にする」

「あの方ですか、わかりました、今すぐ呼びにいきます」


執務室のある階と

同じ階にある一室の前に侍女を呼ぶために側近を追い出した。

ここまで来たが、幸いと人とはすれ違いはしない。


「リュティシア、ここがお前の部屋だ。

俺の寝室の隣。寝室を間に挟んだ向こうに俺の執務室がある。」


そう説明して私の私室となる部屋の中に入った。


「綺麗・・ですね」


中は白くシンプルで品のある造りになっていた。

奥には、純白のシングルベットと横には透き通った窓とレースのカーテンがあり、

左右には、筋の綺麗な木の本棚や光沢の綺麗なタンス・衣装棚もあった。

寝台とは左右対称に机もあり、椅子やソファもある。


部屋はさほど大きくないし、家具も最低限度のものだが、

お金がかけられているのが一目で分かる品々ばかりだった。


「お前好みか?まあ、この部屋はお前の好きにしていい」


あまり彼は興味なさそうだった。

ずかずかと寝台まで歩き、枕を背に立ててそこに私を腰掛けさせる。


そのとき、


コンコンッ


と軽やかなノックが聞こえた。


「」

「」


自然と私も殿下も扉に視線を向ける。

扉越しから感じる気配は三つあって、一つはとても馴れ親しんだ気配。


「殿下、姫様、

侍女と医者をお呼びしました。」


殿下の側近のリドであった。


「ああ、入れ」


「失礼します」


殿下がうなずくとガチャリと音を立てて扉から人が入室する。


側近の背後に控えるのは、

私と似たような気配を持つ清楚で可憐な娘と黒革の鞄を持った青い髪の青年だった。


「姫様、こちらが貴方の侍女となる、フィリィ殿 です。

それと、こちらが殿下の専門医でもある医師アレイ。

これから貴方の担当にもなります。」


側近が丁寧に説明をしてくれる。


スッと二人は順に恭しく礼をして、

改めて自己紹介をし始めた。


「姫様、お初にお目にかかります。

フィリィと申します。以後よろしくお願いしますね」


賢く静かな口調で娘は言った。

ふんわりと微笑む姿は全てを包む神の光が差したように明るい。


純白のように白い生地に

漆黒のフリルがついたエプロンのような侍女服を身にまとっている。


これがこの国の侍女なの?


「ええ、よろしく。フィリィ」


私も笑みを返して頷き、感嘆しながら呟いた。

侍女にしては高貴すぎる気配を持っている。


「姫様、お初にお目にかかり光栄です。

殿下の専門医を担当しているアレイです。

本日をもって姫様の担当に(つかまつ)りました。

今後ともよろしくお願いします」


やや緊張したような声色で彼が言った。

膝丈まである長さの白衣を身に纏っていて青髪がよく映えて爽やかだ。


「ええ、よろしく」


コクリとアレイと名乗った青年を見上げながら頷いた。


彼の気配から感じられるのは、神官並の魔力の神聖さ。

医師の立場を考えても稀な輝きを放っていた。


「では、私はこれで失礼します。」


リドは再び礼をした。

リドに視線を合わせると、


「アレイは、姫様の治療を。

その間にフィリィ殿は姫様のドレスを」


「分かりました」

「御意に。姫様、またのちほどで」


二人はリドの言葉に従い、アレイは残り、

フィリィとリドの二人は部屋を退出していった。


「ええ」

「」

「」


ガチャーー・・ヒュゥーーバタンッ


扉が開けられ、再び閉められた。


部屋に残るのは、王子と私と医師のアレイだけ。


「では、治療を始めましょう」


アレイは真剣な表情で鞄を置き、私に歩み寄る。


「はい」


私は頷いて、体を左に向けた。


「ーーーー」


傍で王子が見守る。

強い視線が私を突き刺した。


「」


スッとアレイが私の左腕に手を伸ばして、

指でわずかに触れる。


「」


痛みは無かった。

ただ痺れたように動かない。


「姫様は、毒に耐性をお持ちではない、ですね」


眉をひそめてアレイが呟いた。


「!ーーーはぃ」


ドクンッ 鼓動が大きく高鳴った。


慎重に素直に頷いたが、

王族にとって毒に耐性がないのは致命的だということに冷や汗をかく。

それを知らせるのは毒殺可能だと教えるようなものだった。


「アレイは優秀だな。

触れただけで分かるのか」


王子は彼を凝視した。

私に触れる彼の指先を睨むように見つめている。


「はい。おそらくは弱い即効性の毒かと。それでも効果は絶大のようです。

筋肉が固まった状態に触れたので、痺れ薬が矢に塗られていたのは今分かりました。

神経に矢先が触れる寸前のようでしたね」


もっと奥に刺さったらどうなったことか・・と

暗にそういい示すような言い方だった。


「・・・」


ドクン、ドクン、ドクン、


心臓の音が煩い。

私は何も言えなった。

何か言ったら言わなくていいことまで口走りそうだ。


「痺れ薬か・・。

それはすぐに治せるのか?」


左腕が動かないと、薬指に指輪が嵌められないからな


こともなげに彼はそう後から付け加える。


「鈍い痛みが残る可能性がありますがーー」


それでもいいのか といいたげな視線が私に向けられた。


答えは、もう、決まっている。


「痛みには慣れてますから、

お願いします」


私は即座にそう言葉を紡いでいた。


「ーーわかりました。

やりましょう」


「はい」


アレイは頷いた。

それに内心安堵をこぼして頷く。


「即効性を重視しますので、痺れを治すには痛みを伴います。

目を背けて、力を抜いてください。

こちらを見てはいけませんよ、見た場所と感覚が一致したら激痛が走りますから」


「はい、わかりました」


激痛?大丈夫、そんなものには慣れている。

そう思いながら頷いて目を逸らし、力を抜く。


そうして治療が始まった。


***


スシャァアーー・・・


視界の端で柔らかな光を捉えた。


途端、


ズキンッッ!


「!」


腕全身を駆け巡る痛みが襲う。


グワ~ンッと視界が揺らいだ。

ぐにゃっと目に見えているものがゆがむ。


「」

ダメッ!


自分に喝を入れて目を閉じてやりすごした。


でも、それは瞬く間の出来事で


「はい、終わりました。

一時的ですけどおそらく熱も下がるでしょう。

婚儀の前までギリギリまで安静にしてください」


サッと彼は離れ、にっこりと笑った。


「わかりました、

ありがとうございます」


それにつられてぎこちなく笑む。


ちょうどその時、


「失礼します。姫様、ドレスが届きましたよ」


侍女が扉を開けて、ドレスの入った箱を持ち上げて

ふんわりと微笑んだ。


「では自分はこれで失礼します。

姫様、殿下。婚儀が終わり次第にまた」


「はい」


「ああ、そうしてくれ」


アレイは爽やかに言い放ち鞄を手に持って退出していった。


「殿下、姫様は準備に入られます。

殿下もご自分の準備に入られますよう」


とても丁寧な言い方であった。

暗にそれは、着替えるから早く出て行け と言っているに違いないのだが。


「ああ、わかっている、・・・」


王子は頷いた。

だが、じっと私を見て何か言いたげだった。



「」

緊張の糸が引き締まった一瞬だった。

そのまま私は彼を見上げる。


ドクンドクンドクン・・と鼓動は煩い。

私が殿下を諭す場なのは、わかっている。

侍女であるフィリィにはこれ以上殿下を促せないことも。


今日自分はどこかおかしいことは自覚はしてる。

きっと治ったら、いつもの私に戻れるだろう。


けれど今、

どんなに頑張っても言葉を口にすることはできなかった。


「殿下、時間が差し迫ってます。

貴方様は姫様のお召し替えもご覧になるおつもりですか?」


彼女は怯えもせず堂堂と言い放った。

彼女の目に強い意志が爛々と輝き主張している。

背丈の小さい娘でありながら・・言葉には重みも迫力も存分にあった。


「!いや、・・そうでは」


殿下はこれだけ率直に言われても、まだ腑に落ちない表情でーー。


全く動こうとしない彼に、彼女はふぅーとため息を吐き、


「いいから出て行ってください といってるんですよ!

時間が無いこと分かってくださいっ!」


甲高い声で叱るように声を上げて、


ーーードンッ

彼の背中を容赦なく突き飛ばした。


「」

侍女が豹変した。

声も無く私は事の次第を見守る。


「え、あ・・、まてーーおいっ」


「言い訳は、き・き・ま・せ・ん・!」


ヒューーッーーバタンッ


小さい体のどこからそんな力がわいてくるのか。

彼女は王子の背中を突き飛ばして、部屋から追い出し、扉を閉めた。


「おいっ、まだ俺はーー」

「--殿下、お支度をお願いします」


扉越しに王子の声が聞こえたが、

側近の容赦ない一言で、それ以来、何も聞こえなくなった。



カチャリッ


侍女がドアの鍵を閉める。


「さあ、姫様、着替えましょう?」


侍女のフィリィは可憐なままに、

悪戯をついた笑みでそう言った。


「」


知り合って数分後に第一印象が壊れた波乱の幕開けである。


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