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スキルを失ったあとに。  作者: カミツキ
第一章 裁定の内側

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14/22

第14話 選択肢の外

王宮の法廷には、窓がなかった。


 壁の上部に並ぶ水晶灯が白い床を照らし、中央の証言台から正面の王座まで、影を残していない。


 ヴィオラ・アルセインは証言台へ両手を置いていた。


 正面には国王。


 その右に、婚約者である王太子アルベルト。


 左の被告席では、兄のレナードが銀の枷を嵌められている。上着からは、公爵家の紋章が外されていた。


 ヴィオラの前に、三つの選択肢が浮かんでいた。


【毒の所有を認める】

【レナード処刑・アルセイン公爵家存続・王都騒乱回避】


【毒の所有を否定する】

【証拠発見・ヴィオラ共犯認定・婚約破棄】


【沈黙する】

【公爵家全員拘束・貴族派反発・内乱発生率上昇】


 兄にも、王太子にも、傍聴席へ並ぶ貴族にも、その文字は見えていない。


 レナードが顔を上げた。


 目が合う前に、【レナード処刑】が額から口元までを覆った。


 アルベルトの指が椅子の背へ掛かる。何かを言うより先に、【婚約破棄】が横顔へ重なる。


 ヴィオラは二人の表情を見ようとした。


 結果の文字が、そのたびに間へ滑り込んだ。


「ヴィオラ・アルセイン」


 国王の手が肘掛けから離れた。


「兄レナードが禁制の毒を所有していたことを、知っていたか」


 一つ目の選択肢が白くなる。


 兄は死ぬ。

 家は残る。


 王都では血が流れない。


 黒い硝子瓶なら、兄の書斎で見た。薬草の研究に使うと聞き、中身を確かめないまま部屋を出た。


 ヴィオラの指が証言台の縁を押す。


「知って」


佐倉真奈(さくらまな)


 法廷の後方から、別の名前が届いた。


 扉の前に、白い服の女が立っている。二人の衛兵が槍を交差させると、その手前で足を止めた。


 貴族たちが振り返る。


「誰だ」


 アルベルトが椅子から腰を浮かせた。


 白い服の女は、もう一度同じ名を呼んだ。


「その名前で呼ばないで」


 ヴィオラの声が石壁へ返る。


 レナードの枷が鳴った。


「誰の名だ」


 国王はヴィオラから目を離さない。


「前世で使用していた名前です」


「私はヴィオラです」


 三つの選択肢の上へ、新しい文字が重なった。


【前世を否定する】

【天使との関係悪化】


【前世を認める】

【王家からの疑念上昇】


【回答を避ける】

【審理中断】


 ヴィオラは文字から目を離した。


「二十二年、この名で呼ばれました。父も、母も、兄も」


 白い服の女は、槍の前からヴィオラを見ている。


「何と呼べばよいですか」

「今、言いました」


 女の目が閉じ、開く。


「ヴィオラ・アルセイン。私は天使エイルです」


 証言台を押していた指が緩んだ。


 白い場所が戻る。


 床も壁もない場所で、死んだ佐倉真奈は光の前に立っていた。


『次の生では、何を望みますか』


『もう、間違えたくない』


『何をですか』


『言うことも、することも。選んだあとで、あちらにすればよかったと思いたくない』


 あのときの天使の目には、今のような色がなかった。


「スキルを回収します」


 法廷の椅子が軋んだ。


 国王の視線がエイルへ移る。


「その力は、今の証言にも使われているのか」

「使われています」

 国王の指が肘掛けを叩いた。

「槍を下げよ」


 衛兵が道を開ける。


 エイルは証言台へ向かった。


「待ってください」


 ヴィオラは、兄の処刑を示す文字を見る。


「この証言で、兄が死ぬかもしれません。王都で内乱が起きるかもしれない」

「その可能性はあります」

「なら、正しい答えを選んでからにしてください」

「回収します」


 新しい選択肢が現れた。


【回収を受け入れる】

【選択肢消失・審理結果不明】


【法廷から逃走する】

【即時拘束・公爵家失脚】


【国王へ保護を求める】

【審理中断・王宮内衝突】


「せめて、審理が終わるまで」

 エイルは歩みを止めない。

「終わらせる言葉も、スキルに選ばせますか」

「この力がなければ、私はここまで来られませんでした」


 毒を認める選択肢が白く光る。


「兄一人が死ねば、公爵家も王都も残る」

「そこには、兄が毒を持った理由がありません」


 ヴィオラの視線がレナードへ動く。


「毒を持っていた」

「表示されているのは、その先の結果だけです」

「暗殺に使うかもしれない」

「その目的も書かれていません」

「それでも、内乱は避けられる」

「兄が無実だった場合に失われるものも、書かれていません」


 選択肢の文字は変わらない。


 兄の処刑。

 家の存続。

 騒乱の回避。


 それ以外は、どこにもなかった。


「一部でも、何も知らないよりはいい」

「一部しか見えないまま、全てを決めてきました」


 エイルが証言台の前へ立つ。


 ヴィオラは右へ足を動かした。


【右へ避ける】

【二秒後に接触】


 左へ重心を移す。


【左へ避ける】

【一秒後に接触】


 兄へ顔を向ける。


【レナードへ助けを求める】

【衛兵制止・レナード負傷】


 どれにも手を伸ばせない。


 エイルの指が、証言台を掴むヴィオラの手へ触れた。


 水晶灯が消えた。


 国王も、兄も、法廷の床も見えなくなる。


 白い選択肢だけが残った。


* * *


 六歳。


 母の寝室。


【泣く】

【母の不安上昇】


【笑う】

【母の不安低下】


 ヴィオラは笑った。


 母の指が寝台の上で開き、頬へ触れた。


 その夜、母の呼吸は止まった。


 十歳。


 王宮の庭園。


【王太子へ礼をする】

【形式的な挨拶で終了】


【花を褒める】

【好感度上昇・次回面会発生】


 花を褒めた。


 アルベルトは庭師へ花の名を尋ね、翌週も同じ場所へ来た。


 十五歳。


 学院の廊下。


 平民の少女が、アルベルトへ本を差し出していた。


【見過ごす】

【王太子との接触継続・処刑経路発生】


【学院から排除する】

【接触消失・処刑経路回避】


 少女が何かを話している。


 唇は動いていた。


 その前へ、【処刑経路発生】の文字が重なる。


 声は届かなかった。


「その者を、王太子殿下へ近づけないで」


 教師たちが少女を囲んだ。


「本を返しただけです」


 人の隙間から声が届く。


「図書室で借りた本を」


【接触消失】

【処刑経路回避】


 二つの文字が白く光った。


 ヴィオラの胸から息が抜けた。


 少女の目から涙が落ちていた。


 それより先に、処刑されない未来が見えた。


 三日後、学院の門から一台の馬車が出た。


 少女の名は、選択肢のどこにも表示されなかった。


 十八歳。


 公爵家の厨房。


 銀食器が一つなくなった。


【侍女ノーラを庇う】

【公爵家内の信用低下】


【別の侍女を告発する】

【ノーラ残留・問題収束】


 別の名を出した。


 翌朝、その侍女の寝台は空になっていた。


 ノーラは残り、ヴィオラの袖を整えた。


 二十歳。


 辺境から届いた嘆願書。


【交渉団を送る】

【決着時期不明・王都不安上昇】


【兵を送る】

【七日で鎮圧・王都治安維持】


 兵を送った。


 七日後、王都では鎮圧を祝う鐘が鳴った。


 嘆願書を持ってきた男は戻らなかった。


「やめて」


 ヴィオラは耳を塞いだ。


「全部、覚えています。忘れていたわけではありません」


 六歳の選択肢が、ヴィオラの前へ戻った。


【泣く】

【母の不安上昇】


【笑う】

【母の不安低下】


「母が死ぬことは、どちらにも書かれていなかった」


 ヴィオラの指が、【母の不安低下】へ触れる。


「それでも、使い続けました」

「だから使ったの」


 白い文字が指を通り抜ける。


「何も知らないまま、また誰かを失いたくなかった。全部は見えなくても、見える結果だけは間違えたくなかった」


 選択肢は、塞いだ指の間にも残る。


「選ばなければ、私が死んだ。家が潰れた。内乱が起きた」


 学院の選択肢が、二人の間へ降りてくる。


【学院から排除する】

【接触消失・処刑経路回避】


 その下に、少女の名前はない。


 出ていった町も、失った二年も、父親が辞めた仕事も表示されていない。


 ヴィオラの指が白い文字へ触れた。


 光は指を通り抜ける。


「私が死ねばよかったのですか」

「あなたが死ぬべきだったとは言いません」

「では、何が間違っていたの」

 エイルは、少女の名がない選択肢を見る。

「表示されたのは、あなたに起きる結果だけです」


 学院の廊下へ、リリアの姿が戻る。


 唇が動いている。


 その声を隠すように、【処刑経路発生】が顔へ重なった。


「彼女が何を望んでいたかも、何をしようとしていたかも、そこにはありません」

「それでも、見過ごせば私は処刑された」

「だから、聞かなかったのですか」


 ヴィオラの指が白い文字へ触れる。


「聞いている間に、手遅れになるかもしれない」

「その可能性はありました」

「なら」

「それでも、表示された結果を、リリアの意思の代わりにはできません」


 学院の廊下に、少女を囲む教師たちが戻る。


「名前を出した侍女が、そのあとどうなるかも」


 空になった寝台が現れる。


「嘆願書を持ってきた人が、何を求めていたかも」


 王都の鐘の下に、戻らなかった男の影が立った。


 白い選択肢が、ヴィオラと人々の間へ並ぶ。


「あなたは、表示されないものを確かめる前に、見える結果だけで人を決めました」


 白い文字の端が、エイルの指へ張りついた。


 一枚が剥がれる。


 庭園から。

 厨房から。

 辺境から。


 ヴィオラが選ばなかった未来と、選んだ結果を示す文字が、薄い光になって周囲を巡った。


「待って」


 法廷の三つが最後に残る。


 ヴィオラが一つ目へ手を伸ばした。


【毒の所有を認める】


 指が届く前に、文字が崩れた。


「兄が死ぬ」

「その可能性があります」


 二つ目の光が薄くなる。


【毒の所有を否定する】


「家が潰れる」

「そうなるかもしれません」


 三つ目。


【沈黙する】


「内乱が起きる」

「起きないかもしれません」

「なら、どれを選べばいいの」


 最後の文字が、エイルの指の間へ流れ込む。


「ヴィオラが答えます」

「決められない」


 何もない場所へ伸ばした手が震える。


「私は、間違える」

「結果は残ります」


 ヴィオラの手が空を掴んだ。


「スキル、《選択(エレクティオ)》を回収します」


 白い光が、指の間から一本ずつ抜けていく。


 最後の一筋がエイルの掌へ消えた。


* * *


 水晶灯が戻る。


 白い床。

 王座。

 枷をつけた兄。


 国王の口は、問いを止めたときの形のままだった。


 ヴィオラの前に、文字はない。


 スキルを回収した。


「ヴィオラ・アルセイン」


 国王の問いが続く。


「兄レナードが禁制の毒を所有していたことを、知っていたか」


 胸の内側で、心臓が鳴った。


 兄を見ればどう取られるのか分からない。王太子との婚約がどうなるのかも、沈黙の先に何が起きるのかも分からない。


「知っていました」


 貴族席から声が上がり、椅子の脚が床を擦った。


 レナードが目を閉じる。


 国王が手を上げると、声は止まった。


「暗殺へ使用することも知っていたか」


 ヴィオラは兄を見た。


 枷のついた手。


 爪の端には、黒い薬草の染みが残っている。


「知りません」

「兄を信じているのか」


 アルベルトが椅子の背へ手を置いた。


 以前なら、答えの先に婚約継続率が浮かんだ。


 今は、アルベルトの顔しかない。


「分かりません」

「分からない?」


「毒を持っているところは見ました。研究に使うと聞きました」


 ヴィオラは証言台から両手を離した。


「中身も、研究記録も、確かめませんでした」


「暗殺を企てた可能性は」

「あります」

「企てていない可能性も?」

「あります」

「どちらだと思う」


 答えは浮かばない。


「私が見たのは、兄が毒を持っていたことだけです」


 レナードの目が開く。


「その先は、調べてください」


 国王の指が肘掛けを叩いた。


 一度。

 二度。


「レナード・アルセインの拘束を継続する。毒の入手経路、研究記録、王太子周辺への接触を再調査せよ」


 騎士たちが頭を下げた。


「公爵家の処分と、王太子との婚約は、調査終了まで保留とする」


 ヴィオラの膝から力が抜け、指が証言台の縁へ戻る。


 選択肢は戻らない。


「承知しました」


 自分で出した声が、法廷に残った。


 法廷の扉が開く。


* * *


 廊下には、書類を抱えた女が立っていた。


 灰色の文官服。後ろで束ねた茶色い髪。胸元には、王宮文官の徽章(きしょう)がある。


 ヴィオラの足が止まった。


 十五歳の学院で、アルベルトへ本を返していた少女だった。


「リリア」

「覚えていたんですね」


 リリア・フェンは書類を抱え直した。


「法廷記録を担当しています」

「兄の事件も?」

「毒の流通記録を調べています」


 ヴィオラの口が開く。


 兄の名を使った質問は出なかった。


「それを私に聞くんですか」

「いいえ」


 リリアの目が、ヴィオラの後ろに立つエイルへ移る。


「そちらの方は」

「天使です」

「そうですか」


 リリアはエイルへ頭を下げ、廊下を進もうとした。


「待って」


 足が止まる。


 選択肢は出ない。


 何を言えば警戒が下がるのか、許される可能性が上がるのかも分からない。


「あなたを学院から追放したのは、私です」

「知っています」

「王太子へ近づいたと思ったから」

「図書室の本を返しただけです」

「調べませんでした」


 リリアが抱える書類の角が、指で曲がる。


「どうして、今になって」

「あなたを、人として見ていませんでした」


 指が止まった。


「前の人生で、よく似た物語を知っていました。あなたは王太子に選ばれ、私は処刑される役だと思った」


 リリアは、閉じた法廷の扉を見る。


「殿下とは、本を返したときに話しただけです」

「それも確かめませんでした」

「追放されなくても、その先で会ったかは分かりません」

「分かりません」

「私があなたを陥れた可能性も、残っていると思いますか」


 ヴィオラはリリアを見る。


「今の私には、あなたがそうする人か分かりません」

「でも、追放した」

「しました」


 リリアの指が書類の角をさらに折る。


「学院へ戻れなくなりました。父は仕事を辞め、母は王都を出ました。私は二年、別の町で働きました」


「ごめんなさい」


 廊下の向こうを文官が横切り、靴音が遠ざかる。


「今さら謝られても、戻りません」

「戻らないことを、今日知りました」

「許しません」


 ヴィオラの爪が掌へ入る。


 指を開いた。


「分かりました」

「謝れば、何か変わると思いましたか」


 結果は見えない。


「分かりません。言わなかったことには、したくありませんでした」


 リリアは折れた書類の角を指で伸ばした。


「聞きました」


 廊下を進んでいく。


 ヴィオラは追わなかった。


* * *


 王宮の中庭には、冬の白い花が咲いていた。


 低い垣根に囲まれた噴水は止まり、浅い水の上に花弁が浮かんでいる。


 ヴィオラは石の縁へ腰を下ろした。


 エイルの掌に、二つの印が浮かぶ。


 大地。

 輪。


 輪の内側には、まだ顔を持たない赤子の影があった。


「裁定を行います」


 ヴィオラは大地の印を見る。


「残れば、公爵家が処分されても、この世界で生きる」

「そうなります」

「兄が処刑されても。私が投獄されても」


 エイルは大地の印を下げない。


「リリアに許されないままでも」

「残ります」


 ヴィオラは輪へ視線を移した。


「こちらは」

「元の世界で、新しい人間として生まれます」

「佐倉真奈には戻らない?」

「戻りません」

「ヴィオラにも」

「戻りません。記憶も失われます」


 赤子の影には、目も口もない。


「間違えたことも、傷つけた人も忘れる」


 ヴィオラの指が輪へ近づき、触れる前で止まった。


「どちらが正しいですか」

「保証できません」


 ヴィオラの口元が動いた。


「天使は、そればかりですね」

「以前は、違いました」

「願いと適性が一致していれば、それでよいと思っていた?」

「はい」

「今は?」


 エイルは掌の二つの印を見る。


「一致した力が何を生むかまで、見ていませんでした」

「それでも裁定する?」

「与えた結果から、離れないためです」

「責任があれば、正しくなくても決められる?」

「正しいとは言いません」


 二つの印は同じ高さに浮かんでいる。


「残れば、償いになりますか」

「それも、ヴィオラが決めることではありません」

 リリアの折れた書類の角が浮かんだ。

「再転生すれば、逃げたことになりますか」

「生まれ直した人に、今の記憶はありません」


 ヴィオラは両手を膝へ置いた。


「今日、初めて自分で答えました」

「聞いていました」

「間違っていたかもしれない」


 噴水の縁から落ちた花弁が、水面へ触れた。


「それでも、私が答えた」


 輪から目を離す。


「なかったことにしたくありません」


 大地の印を見る。


「残ります」


 大地が光った。


 エイルの手の甲に、二つの名前が浮かぶ。


佐倉真奈(さくらまな)

【ヴィオラ・アルセイン】


 エイルの指が、下の名前へ触れた。


「ヴィオラ・アルセイン。この世界への残留を望みますか」


「望みます」


「残留を受理します」


 輪が消える。


 大地の光がヴィオラの足元へ沈んだ。


【ヴィオラ・アルセイン】

【スキル回収】

【裁定完了】

【残留】


 表示が消えるまで、ヴィオラは浅い水に浮かぶ花弁を見ていた。


* * *


 夜。


 公爵邸の衣装室には、三着のドレスが並んでいた。


 黒。

 白。

 青。


 翌日も王宮へ出頭する。兄の調査記録が開かれ、公爵家の親族と王太子も同じ部屋へ集まる。


 以前なら、布の前に結果が並んだ。


【黒】

【反省表明・貴族派支持低下・民衆感情改善】


【白】

【公爵家の潔白を主張・王家との対立】


【青】

【王太子との関係維持・婚約継続率上昇】


 今は、三枚の布があるだけだった。


「お嬢様」


 侍女のノーラが、衣装箱を抱えて待っている。


「明日のお召し物は、どちらになさいますか」


 ヴィオラは黒い袖へ触れた。


 白い襟を指でなぞる。


 青い裾を持ち上げ、元へ戻した。


「ノーラは、どの色が好き?」


 衣装箱を抱える指が止まる。


「私、ですか」


「あなたの好きな色を聞いています」


 ノーラは三着を見た。

 目が青で止まる。


「青が好きです」

「そう」

 ヴィオラは黒いドレスを衣装掛けから外した。

「明日は、これにします」

「かしこまりました」

「青い糸はありますか」

 ノーラが顔を上げる。

「ございます」

「袖に使ってください」

「よろしいのですか」

「黒は私が選びました」


 青いドレスへ目を向ける。


「糸は、ノーラが選んで」


 ノーラは衣装箱を開き、並んだ糸巻きから青を取った。


 針に糸が通る。


 何も表示されないまま、青い線が黒い布の上を進んだ。

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