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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第6章:深層解放編 ―― 直す前に、触れ方を決めろ
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第93話 中継結晶を、一歩ずつ置く

 翌朝、レインの手のひらには、握り拳ほどの結晶が一つ載っていた。


 ルカが用意した中継結晶だった。表面に細い溝が刻まれ、台座に据えると、淡い光が芯から滲む。


『一つ置けば、そこを足場にして、セレスさんの目が次の区画まで届きます』とルカが言った。『置いて、見えるようになってから、次へ。理屈は単純です』


「単純なのが、いちばんいい」とレインは言った。


 隔壁の隙間は、昨日のままだった。人ひとりがやっと体を斜めにして通れる幅。その向こうは、相変わらず霧のように何も読めない。


 ドルクが先に隙間へ体を入れ、しばらくして「来ていい」と低く言った。


 レインは結晶を抱えて、続いた。


---


 最初の一区画は、何ということもなかった。


 結晶を床の窪みに据えると、芯の光が強くなり、セレスの声に手応えが戻った。


『観測、復帰しました』とセレスが言った。『この区画は、読めます。床の魔力導線も、壁の構造も、把握できました』


『ほら、やっぱり置けば見える』とミストが弾んだ声を出した。『この調子なら、二つ三つまとめて置いて、一気に奥まで……』


「一つずつ、だ」とレインは遮った。


「見えてから、次を置く。見えない場所に結晶を置いても、置けたかどうかすら確認できない」


 ミストは不服そうに黙った。


 二つ目の区画も、似たようなものだった。結晶を据え、光が回り、セレスの分析が追いつく。三つ目までは、坑道の浅い場所と変わらない手応えだった。


---


 異変は、四つ目で起きた。


 結晶を据えても、芯の光が、いつものようには回らなかった。点いてはいる。だが、淡い。


『……精度が、落ちています』とセレスが言った。『置いたはずなのに、像が滲む。霧がかかったように、輪郭が読めません』


「壊れたのか」とレインは結晶を覗き込んだ。


『結晶は正常です』とルカが言った。『でも、僕の自動化が、ここでは噛み合いません。上の層なら、既存の導線に結晶をつなげば、勝手に観測網へ組み込まれる。けど、ここには、つなぐ先の導線がない。結晶が、ぽつんと一つ、孤立しているだけなんです』


「足場の上に足場を積んでいたから、自動で回っていた」とレインは理解した。


「ここには、その下の足場が、そもそも無い」


『そういうことです』とルカが、珍しく歯切れ悪く言った。


 ルカは、それでも諦めなかった。


『なら、結晶同士を細い糸でつないでみます』とルカが言った。『一つひとつが孤立しているなら、糸で結べば、観測網になるかもしれない。上の層では、それで足場を広げてきました』


 ルカの指示で、置いた結晶の間に、細い魔力の糸が渡された。だが、糸は、古い区画の澱んだ魔力に触れたとたん、ふつりと途切れた。


『……駄目です』とルカが、力なく言った。『糸が、保ちません。ここの魔力は、上の層とは流れ方が違う。僕のやり方が、根っこから通用しない』


「上の層の道具を、そのまま持ち込んでも駄目、ということですね」とレインは言った。


『はい』とルカは認めた。『ここでは、僕は、ほとんど役に立てません』


 その正直さを、レインは責めなかった。万能でない道具を、万能でないと認められることの方が、無理に使い続けるよりずっと良かった。深層は、上層のやり方が一つずつ通用しなくなっていく場所だった。


---


 ノアが、すかさず割って入った。


『観測精度が基準を下回りました。これ以上の前進は推奨しません。見えない区画へ人を入れるのは、止まる条件を満たせない』


「そこで止まると、永遠に見えないままだ」とレインは言った。


『見えないまま進むよりは、ましです』


 二人の言い分は、どちらも正しかった。見えない場所へ踏み込むのは危うい。だが、見るための結晶は、踏み込まなければ置けない。卵が先か、鶏が先か、の理屈だった。


 レインは、しばらく霧の向こうを睨んでから、息を吐いた。


「セレスの目が当てにならないなら」と、彼は言った。


「当てにする先を、変える」


『……どういう意味ですか』とノアが聞いた。


「ドルク」とレインは振り返った。


「この先、進めますか」


 ドルクは、壁に手を当て、鼻をひくつかせ、しばらく耳を澄ませていた。


「水の音が、左の壁の奥でしている」と彼は言った。


「遠い。すぐにどうこうって距離じゃねえ。床は乾いてる。天井は……上から細かい砂が落ちてる場所があるが、そこを避けりゃ、崩れちゃこねえ。あと十歩は、行ける」


「十歩」とレインは繰り返した。


「俺の鼻と耳で言える範囲は、な」とドルクは言った。


「それ以上は、行ってみねえと分からん」


---


 ガルムが、進路の足元に縄を張り始めた。


「機械の目が利かねえなら、退き方だけは、こっちで決めとく」と彼は言った。


「この縄から先へは、一度に一人しか入らねえ。縄を伝えば、暗くても、霧でも、必ず戻ってこられる。何かあったら、縄を二回引け。引かれた方が、無条件で引き戻す」


「分析の代わりに、縄と勘で進む」とレインは言った。


「ノア、これでも前進は非推奨ですか」


 ノアは、しばらく黙ってから、答えた。


『……観測精度は、依然として基準以下です』と前置きして、『ですが、ドルクの体感と、ガルムの退避線は、別の意味での「止まる条件」になり得ます。機械が見えなくても、人が引き返せる線が引いてあるなら、私はそれを安全基準として認めます』


「認めてくれますか」


『私は、見えないものを進めとは言いません』とノアは言った。『ですが、見えなくても確実に戻れる手順があるなら、話は別です。それを満たす限り、十歩だけ、許可します』


 レインは頷いた。セレスの目が霧に呑まれた区画で、ドルクの勘とガルムの縄が、新しい足場になった。


---


 縄を伝い、ドルクの背を追って、レインは霧の中へ十歩進んだ。


 足元の感触だけが頼りだった。セレスの声は、相変わらず「滲んでいます」としか言わない。だが、ドルクが「ここで止まれ」と言った場所に、レインは五つ目の結晶を据えた。


 光が、点った。


 淡く、頼りなく――それでも、点った。


『……届きました』とセレスが、ようやく言った。『精度は低いです。輪郭はぼやけています。でも、深層の最初の区画まで、観測網が、かろうじて伸びました』


「かろうじて、で十分だ」とレインは言った。


「全部見えなくていい。一歩先が、ぼんやりとでも分かれば、次の一歩が踏める」


 灰霧迷宮の、踏査済みの外側。データの空白だった場所に、初めて、観測の糸が一本通った。霧は晴れない。だが、霧の中に、進んだ足跡が残った。


---


 その滲んだ像を、セレスが少しずつ整えていく。輪郭が、ゆっくりと形になっていく。


 そして――レインは、妙なことに気づいた。


「セレス」と彼は言った。


「この区画の壁……第1層や第2層と、造りが違いませんか」


『……仰る通りです』とセレスが言った。『石の積み方が違います。第1層の壁は、人が通る通路として組まれています。ですが、この区画の壁は……通路のためではない。何か別の目的のために、組まれているように見えます』


「別の目的、って何だ」とドルクが聞いた。


『分かりません』とセレスは言った。『精度が低くて、断定できません。ただ――ここは、冒険者を歩かせるために作られた場所では、なさそうです』


 レインは、ぼやけた像の向こうの、暗い壁を見た。


 灯りを三つ消して、扉を一つ開けて、十歩進んで、ようやく辿り着いた場所。そこは、これまで直してきたどの層とも、違う顔をしていた。


「次の結晶を」とレインは静かに言った。


「もう一歩だけ、近づいて、確かめます」


 霧の奥で、淡い結晶の光が、答えるように一つ、またたいた。

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