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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第6章:深層解放編 ―― 直す前に、触れ方を決めろ
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第91話 開けたくない扉の前で

 翌朝、レインは管理室に精霊を集めた。


 議題は一つだった。第3層以深へ、触れるか否か。


 昨夜の振動ログは、ガルムが取り続けてくれた。源が下にあることは、もう疑いようがない。改善で止まらない異常を、改善で抑え続けるのは無理がある。だが、原因のある領域は、自分たちが封鎖したまま放置してきた未踏査の深層だった。


「方針を決めます。意見を聞かせてください」とレインは言った。


『でしたら、全面解放を進言します』と最初に応じたのはミストだった。『中途半端に覗くより、第3層以深を一気に開いて全体を見渡すべきでしょう。断片を集めるより、全景を一度で押さえる方が、設計としては美しい』


『反対です』とノアがすぐに切り返した。『未踏査領域は危険度が算定できません。算定不能なものを一度に開けるのは、監査上、最も避けるべき行為です。推奨は、現状維持と封鎖の継続です』


『データが足りません』とセレスが続けた。『踏査済みの範囲外について、私は判断材料を持ちません。賛成も反対も、現時点では保留せざるを得ません』


『そもそも、開けても自動化できませんよ』とルカが言った。『深層には既存設備がありません。設備のない場所は、私の手が届かない。開けるなら、まず観測の足場を置かないと、何も回せないです』


 四つの声は、見事に噛み合わなかった。


---


 レインは、それぞれの言い分を頭の中で並べた。


 ミストは設計の美しさを見て、危険を軽く見る。ノアは危険を見て、前進を止める。セレスはデータの外を語らない。ルカは設備のない場所では動けない。どれも正しく、どれも一面的だった。一体に全部を任せれば、判断は必ずどこかへ偏る。


 だからこそ、決めるのは自分の仕事だった。


「全面解放はしません」とレインは言った。「ミストの言う全景は、確かに見たい。でも、危険度が算定できない領域を一度に開けるのは、ノアの言うとおり危なすぎる」


『では、封鎖継続ですか』とノアが聞いた。


「それもしません。封鎖したまま放置すれば、源は止まらない。異常は増え続けます。それはもう、安全ではなく、ただの先送りです」


『……どちらも採らない、と』


「第三案です」とレインは言った。「全部開けるのでも、閉じたままにするのでもない。入口だけを、段階的に開ける。一区画開けるごとに観測し、危険度を測り、足場を置いてから、次の一区画へ進む。ミストの全景は諦めません。ただし、一度にではなく、一歩ずつ手に入れます」


『観測しながら開ける、ということは』とセレスが言った。『開けた範囲はその都度、踏査済みになります。私が分析できる範囲が、一歩ごとに増えます』


「そうです。あなたが分析できる場所を、自分たちの足で増やしていく。データの外を、データの内側に変えながら進みます」


『その方式なら、開けた区画から順に足場を置けます』とルカも言った。『一気には無理でも、一区画ずつなら、私にもできることがあります』


 ノアだけが、まだ硬かった。


『段階的であっても、リスクは残ります』


「残ります」とレインは認めた。「ゼロにはできない。だから、止まる条件も一緒に決めます。一歩進むごとに、引き返せる線を引く。あなたには、その線を厳しく見張ってほしい」


 ノアは少し間を置いてから、『……承知しました。止まる条件の管理は、引き受けます』と言った。


---


 午後、ドルクが地下から上がってきた。レインは方針を伝えた。


 老坑夫は、しわがれた声で笑った。


「やっと腹を決めたか」


「迷っていました。正直、開けたくない場所です」


「当たり前だ。開けたくねえ場所が、いっとう危ねえからな」とドルクは言った。「だがな、坑道ってのは、全部いっぺんに掘る奴から死んでいく。一歩掘って、天井を見て、また一歩。怖がりが、いちばん長生きする。お前さんのやり方は、坑夫のやり方だ。悪くねえ」


「全部開けるな、ということですね」


「ああ。全部開けるな。一歩ずつ、付き合え。地下ってのは、急いだ分だけ、こっちが呑まれる」


 レインは頷いた。精霊の理屈と、老坑夫の体に染みた知恵が、同じ一点で重なっていた。一歩ずつ。それが、深層に向き合う唯一の作法だった。


---


 だが、段階解放にも代償があった。


 セレスが、中枢魔力の収支を出した。


『深層へアクセスするには、中枢核から深層方向へ魔力を回す必要があります。現在の中枢魔力には、その余力がありません』


「足りない分は、どこから出しますか」


『上層から、です』とセレスが言った。『第1層・第2層で今使っている機能の一部を絞り、その分を深層アクセスへ回す。それ以外に、捻出する方法はありません』


 レインは黙った。深層を一歩開けるために、地上に近い場所の灯りを、一つ消さなければならない。


「どの機能を絞れば、どれだけ捻出できますか。一覧にしてください」とレインは言った。「ただし、住民や利用者の安全・生活に関わるものは、候補から外します。あれば快適だが、無くても死なないもの。そこからしか、絞りません」


『承知しました。候補を洗い出します』とノアが応じた。今度は、すぐに動いた。何を削ってはいけないかを見張るのは、ノアの得意とするところだった。


 夕方には、絞ってよい上層機能の候補が並んだ。演出用の照明、一部区画の自動巡回、夜間の装飾的な魔力供給。どれも、無くても人は死なない。だが、無くなれば、誰かが「不便になった」と感じるものばかりだった。


 一覧を見たベルダが、腕を組んで唸った。


「言っとくけどね、レイン。この『無くても死なない』ってやつが、いちばん文句が出るんだよ」


「分かっています」


「分かってないね。命に関わる話なら、みんな我慢する。だけど『前は明るかった通路が暗くなった』とか『見回りが減った』とか、その程度のことで人は不機嫌になるんだ。勝ったばかりで浮かれてるところに、不便だけ増えたら、なおさらさ」


「それでも、絞らないと深層へは進めません」


「だから止めろとは言ってないよ」とベルダは言った。「やるなら、何でこうするのかを先に貼り出しな。地下の異常を抑えるために、しばらく上の飾りを我慢してもらう、ってね。黙って暗くするのと、理由を先に言うのとじゃ、同じ不便でも住民の顔が違う」


「……助かります。掲示の文面、お願いできますか」


「あたしの仕事が増えるんだけどねえ」とベルダはぼやきながら、もう紙を引き寄せていた。文句を言いながら手は動かす。いつものことだった。


 レインはその一覧を見つめた。


 深層の扉を一つ開けるために、地上の灯りを一つ消す。どの灯りを消し、どの扉を開けるのか。精霊たちは候補を並べ終えた。ドルクは一歩ずつ付き合うと言った。止まる条件も決めた。


 あとは、選ぶだけだった。精霊は専門の外を見ない。ドルクは坑道の作法を授けてくれた。ベルダは住民の機嫌を引き受けた。ノアは止まる条件を握った。それぞれが持ち場を埋めてくれている。だからこそ、どの灯りを消し、どの扉を開けるかという最後の一手だけは、誰にも預けられなかった。


 それを選ぶのは――誰でもない、自分の番だった。レインは一覧の上で指を止め、明日の朝までに決める、と自分に言い聞かせた。

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