第79話 見せる情報、見せない情報
小会議室の空気はまだ、オルドの問いの形をしていた。
「隠すものがある、ということでしょうか」
レインは少し間を置いた。
「非公開にしている情報があります」
オルドが静かに視線を向けた。ネリオが手帳を開いた。
「隠しているのとは違います。安全管理上の理由で分類しています。その理由は説明できます。……ただし、今すぐここで全部お答えするより、まず視察を見ていただいた方が、非公開の理由が正確に伝わります。提案通り、視察を先にお願いします」
「……承知しました」
オルドは書類をケースにしまい、立ち上がった。表情は変わっていない。答えを保留したわけではない。収納した、という顔だった。
視察ルートはミストが整えていた。
受付棟の五本の列。講習を待つ初回利用者の一群。帰還報告の受理窓口。荷捌き場。補修工具の保管庫。第一層訓練区画の入口。採集導線の案内板。
オルドは歩きながら、各所で立ち止まり、確認した。受付台帳をベルダに見せてもらった。帰還報告の受理票を一枚手に取り、日付と署名と記録内容を確認した。案内板を読んだ。
ネリオは何も言わなかったが、手帳のページが確実に増えていた。
訓練区画の入口に来たとき、オルドが初めて視察に関係しない言葉を出した。
「この区画に入るには講習が必要、という案内板がありますね」
「はい。初回の方は講習確認を必須にしています」
「どのような講習ですか」
「安全基準の確認、退避線の使い方、帰還報告の手順の三点です。所要は三十分から一時間です」
「……技術指導ではないということですか」
「危険を認識して帰還できることを目的にしています。技術の向上は利用者自身の責任です」
オルドはその答えをメモする素振りをネリオに向けた。ネリオが書き留めた。
管理棟に戻り、小会議室に着いた。
オルドがケースを開いた。
「視察、ありがとうございました。整った運用だと思います」
「ありがとうございます」
「その上で、改めてお願いしたいことがあります」
オルドの声は変わらず穏やかだった。
「管理核の稼働状況を、制御インターフェースを通じて直接確認させてください。王都所有の迷宮である以上、上位権限者が制御状態を確認できることは、管理規定上の基本事項です」
レインは端末を手元に置いたまま、少し間を置いた。
ここだ、とレインは思った。視察を先にしたのはこのためだ。
「確認します。ただし、その前に一点だけ整理させてください」
「どうぞ」
「稼働ログの確認と、制御インターフェースへのアクセスは、別の話です」
オルドの目が、わずかに動いた。
「ログは開示できます。いつから稼働しているか、エラーの発生件数と復旧時間、魔力出力の推移、安全システムの作動記録——これらは今日お渡しできます。制御インターフェースへの直接アクセスは、安全管理上の理由でお断りしています」
「理由をお聞きしてもよいですか」
セレスが静かに届いた。
『申し上げます。管理核の制御インターフェースは、稼働設定の変更、導線の再構成、安全システムの停止が可能です。外部からのアクセスが記録されている過去の事例では、悪意ある設定変更により内部構造の崩落が起きたケースが複数あります。現在の灰霧迷宮は、制御インターフェースを外部からアクセス不可能な状態に設定しています』
「管理核の制御インターフェースにアクセスできると、設定の変更が可能になります」とレインは続けた。「稼働状況の確認に制御インターフェースへのアクセスは必要ありません。ログで確認できる情報は全て開示します。ただし、設定変更が可能な権限のアクセスは、安全上お渡しできません」
オルドはしばらく机の上を見ていた。
「……つまり、見せられる情報と、見せられない情報があると」
「そうです。分類しています」
「その分類を見せていただけますか」
レインは端末を操作した。
「三種類に分けています。一つ目、開示できる情報。稼働ログ、エラー記録、魔力出力の推移、安全システムの作動記録、事故対応時の対処ログ。これは今日全部お渡しできます。二つ目、安全上の理由で非公開にしている情報。制御インターフェースへのアクセス情報、未確認区画の構造データ、危険区画の詳細——これらは灰霧迷宮の安全維持に直接関わるため、外部への開示が事故につながりかねません。三つ目、現時点で未整理の情報。補修判断の詳細記録などで、整理でき次第提出します」
ノアが確認を入れた。
『非公開事項の根拠として、制御インターフェースへのアクセスが過去に安全事故に繋がった事例の記録を添付することを推奨します。「隠匿」ではなく「安全管理上の非公開」として位置付ける根拠になります』
「ノア、後で添付資料を作成してください」
『了解しました』
ミストが少し浮かんだ。赤い光が会議室の中で揺れた。
『ねえレイン、せっかくだから稼働ログに推移グラフをつけましょうよ。数値の一覧表だけ渡しても、見る側が意味を読み取れないわ。時系列で変化が見えるグラフと、現場写真と、説明文を組み合わせれば——一目で「きちんと管理されている」って伝わる資料になるのよ。それの方がずっと印象がいいじゃない』
「グラフは構いません。ただし事実に基づいた数字のみ。写真は公開区画の範囲で。説明文は事実の記述に留める。盛らないでください」
『それじゃ地味すぎる! データは嘘ついてないし、見せ方は別の話じゃないの!』
「見せ方で事実より大きく見せると、後で整合性を問われます」
『うー……分かった。「事実通りに、でも分かりやすく」ね。それだったらやれる。やってみせるわ』
「お願いします」
ルカが素早く割り込んだ。
「管理者さん、公開ログの抽出、今から始めます! セレスと一緒にやれば一時間以内に全部まとめられるはずです」
『分量の確認から入ります。ルカ、並行して収益台帳の対応表と突き合わせてもらえますか』
「了解! 分担で行きましょう!」
作業が動き始めた。
オルドはその間、会議室の椅子に座ったまま、端末を開いた書類と見比べながら何かを確認していた。邪魔をするでも急かすでもない。自分の仕事をしている。
三十分後、セレスとルカが公開ログの一式を整理した。ミストが推移グラフと現場写真のレイアウトを組んだ。ノアが非公開事項の根拠資料を作った。
レインはそれを一通り確認してから、オルドに渡した。
「これが今日お渡しできる全資料です。一、稼働ログの一覧。二、エラー発生件数と復旧記録。三、安全システムの作動履歴。四、帰還報告の受理件数の推移。五、非公開事項とその安全上の根拠。以上です」
オルドは資料を受け取り、表紙から順に確認を始めた。
ネリオが横から覗き込み、グラフのページで一度手帳に何か書いた。
しばらく無言が続いた。
オルドが資料を閉じた。
「ログの内容は把握しました。……ただし、制御インターフェースへのアクセスについては、今日のところは結論を保留します。安全上の理由という説明は記録しますが、王都側の判断としては、必要に応じて改めて要請します」
「承知しました。その際も同じ根拠でお答えします」
「分かりました」
オルドは資料をケースに収めた。ネリオが手帳を閉じた。
小会議室に少しの静けさが来た。今日の交渉は、全面的な勝利でも敗北でもない。ログを渡した。制御インターフェースは渡さなかった。理由を説明した。相手はそれを記録に取った。
それだけだった。それで十分かは、まだ分からない。
「一点確認させてください」
レインが言った。
「今日の視察で、確認事項はすべて見ていただけましたか」
「視察については、おおむね把握しました。ただ、一つ追加で確認したいことがあります」
オルドはケースを持って立ち上がる前に、レインを見た。
「訓練区画についてです。先ほど、講習を必須にしているとおっしゃいましたね」
「はい」
「若手冒険者への講習、そして訓練導線——これは、王都の認可を受けた施設として運用されているものですか」
管理棟が静かになった。
ネリオが手帳を再び開いた。
レインは眼鏡のブリッジを押し上げた。
「確認させてください。どの規定に基づいてお聞きになっていますか」
「訓練施設の設置には、王都迷宮管理局の認可が必要という規定があります。灰霧迷宮の現在の運用が、その定義に該当するかどうかを確認したいと思っています」
オルドの声は穏やかだった。怒鳴りもしない。ただ、次の問いを出した。
「灰霧迷宮は、無認可の訓練施設として運用されているのでしょうか」




