第155話 条件ごと渡す
卓には四つが二組すでに乗っている。
一つは出さないと決めた四つだ。名。形。数。在り処。これは伏せたままにしてある。もう一つは引き継ぎ書の頭へ添えた出どころの四つで、こちらは開いて置いてある。
『申し上げます』
ノアの灯が三枚の書き取りの縁へ寄った。
『いま三組目が立ちます。束の名に数を使わないでください。中の番号は要ります。ですが束まで数で呼びますと、写した者が三月あとに取り違えます』
「では、渡す条件と呼びます」
『そう綴じます。伏せた四つ。頭の四つ。渡す条件。呼び方を紙の隅へ先に書いてください』
ミストの光が卓の面を三つに区切った。
『重ねません。重ねた紙は同じ紙として写されます』
ミルディンは区切りを順に見てから手を下ろした。
「番号の付いた紙を頂けるのでございますね」
「頂けるかどうかは、これからです」
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「一つ目です。座る者を一人にしないでください」
男が顔を上げた。
「三人でございますか」
「三人です。育てている者は別に数えます。三人を下回った日から、渡した紙は使えなくなります」
「取り上げられるということでございましょうか」
「取り上げません。返していただく必要もありません。使えなくなるだけです」
『こちらの数を申し上げます』
セレスの列が卓の中ほどへ立った。
『耳が育つまでに半年かかります。毎晩座る必要があり、中断すれば数え直しです。そちらで同じ長さかは分かりません』
「短くなる見込みはありますか」
『ありません。長くなる見込みはあります』
框からドルクの声がした。
「三倍働けって話じゃねえぞ」
老人は膝へ肘を置いたまま顎だけ動かした。
「一人で座ってる奴はな、自分の外した晩を思いつかねえんだ。三人ってのは、同じ晩を別々に書く奴が要るって話だ」
ミルディンはしばらく黙ってから答えた。
「家の役目にございました。……家の外の者を座らせます」
「寄合は通りますか」
「通します」
「いま名を挙げられますか」
「二人までは挙げられます。三人目は探します」
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「二つ目です。読み違えを書く欄を置いてください」
男の手がわずかに動いた。
「その欄は紙に残ります」
「残ります」
「残った紙は、いずれ土地の外へ出ます」
「中身は出しません」
レインは条件の紙の二行目の下へ指を置いた。
「欄はそちらの帳面の中です。年に一度こちらへ出していただくのは数だけです。何をどう読み違えたかは書かなくて構いません」
「数だけでございますか」
「数だけです。ただし隠した年は分かります」
『申し上げます』
ノアの灯が二行目の脇で止まった。
『零の年が三度続けばそこで止めます。書かなかった年と間違えなかった年は、外から見分けがつきません』
「三度は厳しゅうございますね」
『厳しく置いています。緩めれば、この欄は初めから無いのと同じです』
ドルクが懐から札を出して卓へ滑らせた。折り目のついた古い札だ。
「先月二つ書いた。一つは幅で、一つは刻だ」
「これは、どなたが読むのでございますか」
「次に座る奴だよ」
老人は札を引き戻して懐へ入れた。
「俺の欄は俺が読んでも役に立たねえ。読んで役に立つのは、まだ座ってねえ奴だ」
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「三つ目です。年に一度、双方の記しを突き合わせてください」
『形は昨日のうちに組みました』
ルカの罫が紙の上を横へ伸びた。
『双方が出した一行を年の終わりに数だけ並べます。片側だけが伸びていればそこで止まります。数は外からも読めます』
「片方が出さなければどうなるのでございますか」
「その年で止まります。こちらも止まります」
「そちらも、でございますか」
「片側だけが続く形にしません」
『もう一つ足します』
セレスの列が卓の端まで下がった。
『突き合わせは数のためだけではありません。そちらの脈の癖がこちらと同じである裏づけをこちらはまだ持っていません。年ごとに札を並べれば、違う場所が先に出ます』
「違っておりましたら」
『そこから先の手順は当たりません。当たらない場所を毎年削ります』
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「四つ目です」
レインは紙の下の空いた行へ指を移した。
「終いの日付が書けないことを、初めの頁に書いてください」
ミルディンは動かなかった。供の年寄りが茶を置く音だけがした。
「それは、手が残っていないと書くことになります」
「手の話は書きません。日付の話です」
「読む者には同じに聞こえます」
「聞こえます」
レインは紙をひとつ横へ回した。
「ですから続け方を同じ頁へ書きます。終いの日付は書けない。次に座る者の名は書ける。二つを並べておけば、読む者は二行目まで読みます」
「二行目が空いていましたら」
「その年は止まっています」
『申し上げます』
ノアの灯が四行目の上まで来た。
『この頁を書かなかった者たちがいます。あちらの表には、その一頁がありません。表を締めずに去っております』
ミルディンは長く黙った。
「寄合で読み上げるのは私にございます」
「そうなります」
男は膝の上で指を組み直した。
「……書きます」
それから顔を上げた。
「一つ伺ってよろしいでしょうか。そちらの初めの頁には、書いてございますか」
「今日から書きます」
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三方の卓は二日後だった。日は前の卓で決めてある。
ベルダは椅子を一つ足しにきて、卓の周りを一周した。
「置く場所がないのよ、この卓。長い辺は三方でふさがってるわ」
「短い辺へ置いてください」
「紙置きの台をどけるの」
「どけません。台の隣です」
ベルダは椅子を置いてから条件の紙を覗いた。
「受け取った人の名を書く欄はあるのよね」
「あります。一枚ごとに」
「ならいいわ」
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ドレファスは条件の紙を先に読んだ。読み終えてから一度戻して、二行目のところで指を止めた。
「前の卓で言うたことを繰り返す。渡した先で人が死ねば、通した者が問われる」
「負う役はお願いしません」
「では何を頼む」
「量る役です」
レインは紙を卓の中ほどへ寄せた。
「渡す条件が守られているかを毎年数えてください。座る者の数。読み違えの欄に入った数。突き合わせに出た紙の数。初めの頁の一行。どれも外から数えられます」
「中身を見ずにか」
「中身は見せません。数だけです」
エイクは薄い綴じを指で揃えてから顔を上げた。
「……これは量れます」
「委員会は当事者になりますか」
「なりません。数える側です」
ドレファスは背を伸ばした。
「数えて欠けておったらどうする」
「その年に止めます。止めるのはこちらです。委員会は数えた紙を出していただくだけで結構です」
主席評価官は紙を伏せてから少し間を置いた。
「物差しは委員会が書く」
「そう決めてあります」
「ならば貴殿らの四つを、そのまま物差しにはせん。書き直す」
「数えられる形であれば結構です」
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ハルドレイは杖を膝の間へ立てた。条件の紙は手を伸ばしきったところで読んでいる。
「銭は出さんと言うたな」
「伺いました」
「いまも出さん」
老人は紙を卓へ置いた。
「じゃが道はうちのもんじゃ」
「伺います」
「峠の関で止めん紙を出すわ。年に二度の往復までじゃ。宿場の馬も同じ紙で借りられるようにしておく」
「領の卓で説明はつきますか」
「つくわ。道の掃除は誰が通ろうと同じだけ要る。銭は一枚も出しとらんからのう」
ハルドレイは杖の頭を握り直した。
「……四十年の話をした卓で、二度の往復しか出せんのが領の実じゃ。そこも書いておけ」
「書きます」
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バロスは卓が閉じたあとに上がってきた。条件の紙を四行とも読んで、最後の行で鼻を鳴らした。
「銭は取るぞ」
「儲けにはなりません」
「なるかならねえかの話じゃねえ」
商人は指輪を回してから続けた。
「只でやったって話はな、荷より速く回るんだよ。次に困った土地が来たときに、こっちは断る理由を失くしてる」
「値の付け方を伺います」
「往復の手間だ。紙を書く奴の日当と、峠を越える人足の分。そっちの精霊が数えられるだろ」
ルカの罫が卓の端に一本引かれた。
『数えられます』
「じゃあそれでいい。安くしろとは言わせねえし、高くも取らねえ」
ミルディンは値の行を目で追っていた。
「銭でよろしいのでございますか」
「銭がいちばん揉めねえ」
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渡す紙は三つになった。九つの手順。目盛りの作り方。それに一行だ。
奥のものは、起こすと止まらない類のものです。
『綴じ終えました』
ノアの灯が一行のところで細くなった。
『渡す日を決めてください』
「三人目の名が届いた日にします」
ミルディンは坂を下りる前に、条件の紙へ二つの名を書いた。叔父の代から井戸を見てきた年寄りと、供に連れてきた若者の名だ。二人とも家に雇われている。
三人目の欄は空いたままだった。




