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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第10章:最終章 ―― 終わらせ方を、書いていなかった
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第154話 名乗る側

 満ちの二日前に、宿場から先触れが上がってきた。


 ガルムは門の当番を一人だけ増やした。ほかは何も変えていない。


「荷は」


「無えよ。馬が三頭。人が三人。括ってんのは着替えだけだ」


「文には供が二人とありました」


「合ってる」


 ガルムは土塁の上から坂を見下ろしたまま顎を動かした。


「合ってるから気に食わねえ」


---


 ベルダは受付の紙を土塁の外まで持って下りた。名と所と用向きを先に書かせる形は変えていない。


 馬を下りたのは背の高くない男だった。外套は旅の埃で色が変わっている。指に石は嵌めていない。供の二人は年寄りと若者で、どちらも一歩下がったところで手綱を持ったまま動かなかった。


「セリドの地を預かる者にございます。ミルディンと申します」


 男は帽子を取ってから名乗った。ベルダの筆が追える速さで、所と用向きまで続けた。


「門で止めていただいて構いません。そう書いて寄越しました」


「止めてるとこだ」


 ガルムは戸の前から動かない。


「先に一つ聞く」


「どうぞ」


「うちの頭越しで、委員会の卓に奥の調査枠を乗せた願いがある。出した名前はヴェッセンだった」


 ミルディンは目を逸らさなかった。


「私の家の銭にございます」


「詫びるか」


「詫びます」


「詫びは要らねえ」


 ガルムは腕を組んだ。


「次に同じことをやるかどうかだけ言え」


 男はすぐには答えなかった。供の若者が何か言いかけて、年寄りのほうが袖を引いて止めた。


「やらないとは申し上げられません。……間に合わないと見えましたら、私はまた同じことをいたします」


 ガルムは長く息を吐いてから、戸の脇へ半歩どいた。


「通れ」


「よろしいのですか」


「嘘つかれるよりましだ」


---


 控えの間には紙を伏せて置いた。


「三人で伺います。別々に書いて、あとで突き合わせます」


「結構でございます」


 ミルディンは膝の上で手を重ねた。


「そういう作法の家だと伺っておりました」


「誰にですか」


「ヴェッセンに」


 ベルダは筆を持ったまま眉を上げた。


「二人は決まりね。もう一人は」


「窓口の書き役をお借りします」


「あの子でいいの」


「下のことを知らない人が要ります。知っている者が書くと、書かれていないことまで書けてしまいます」


『先に申し上げます』


 ノアの灯が伏せた紙の角をひとつだけ照らした。


『向こうの言葉は向こうの綴じでございます。ですが聞く者はこちらの人間になります。三枚とも名を書いて、こちらの束へ入れてください。持ち出しは認めません』


「そうします」


『それと、こちらの一行はまだ綴じの途中でございます。今日この場では出しません』


「出しません」


---


 書き役の娘が筆と紙を抱えて入ってきた。ミルディンは娘にも一礼した。


「値の話から伺います」


 レインは伏せた紙の端へ指を置いた。


「三年のあいだ、あなたは一度も値切らなかったと伺いました。話した者の名を書いて、裏づけのない束に入れてあります」


「値切っておりません」


「その束から出すには、書いた者ではなくあなたの口が要ります」


「そのとおりでございましょう」


 男は少し黙ってから顔を上げた。


「私は、買えないと分かっているものに値をつけておりました」


 ベルダの筆が一度だけ止まった。


 レインは束の紐へ指を掛けた。


「買えないと分かっていて、なぜ上げたのですか」


「土地の者に申し上げるためでございます。寄合の卓で、やれるだけのことはやったと」


 声の調子は変わらなかった。


「値をつけている間は、まだ手が残っていることになります。手が残っていないと申し上げた日から、村は水を諦めます」


『申し上げます』


 ルカの罫が紙の上へ細く伸びた。


『三年ぶんの値の動きと、そちらの井戸の濁りの記しを並べました。値が跳ねた月は、濁りが増えた月の翌月です。どの年も同じ順です』


「順が逆なら、商いの話でした」


 ミルディンは罫の伸びた先を見たまま答えた。


「商いにはなりませんでした」


---


 鐘が鳴ってしばらくすると框の板がひとつ軋んだ。ドルクだった。


 名乗りもせずに腰を下ろして外套の裾を払っている。


「何晩座った」


「八十一晩にございます」


「一人でか」


「一人でございます」


「合わせる相手は」


「おりません」


 ドルクは茶にも触れずに自分の手を裏返してこちらへ向けた。


「開けるとき、指をどこに置いてる」


「座の縁に掛けております」


「縁は駄目だ」


 老人は自分の手首の内側を叩いた。


「縁に指を掛けると、自分の脈を数えちまう晩がある。俺は三年目に気づいた。掛けるなら座の外の石だ」


 ミルディンは自分の手を見てから、もう一度老人を見た。


「……書き留めてよろしいですか」


「好きにしろ」


 ドルクは框から立たなかった。


「言っとくが、教えられるのはそこまでだ。どれだけ開けるかは俺にも口じゃ言えねえ」


---


「私の家の一行を申し上げます」


 ミルディンはそう言って、三人が筆を構えるまで待った。


「紙にできないと書きましたのは、書けば土地に印がつくからでございます。写しはいずれ家の外へ出ます。あの土地の下が動きかけていると外に知られましたら、婿も職人も来なくなります」


「伺います」


「濁る前に、一晩だけ下の音が止みます」


 娘の筆が紙を擦る音だけがした。


「止んだ次の晩から井戸が濁ります。三代前に一度。叔父の代に一度。私の代に一度でございます」


「今度の濁りの前も、止みましたか」


「分かりません」


 男の答えは速かった。


「そのころ座っておりましたのは叔父でございます。倒れてから二日で亡くなりましたので、聞き取っておりません。私が座り始めたのは濁ったあとでございます」


「では、伝え聞いた形ですね」


「伝え聞いた形でございます」


『そのように書いてください』


 ノアの灯が三枚の紙の上を順に照らした。


『伝聞であること。聞いた者の名。話した者の名。三つが揃わない書き入れは認めません』


---


 三枚を突き合わせたのは夕方だった。


 ルカの罫が三枚の縁を合わせて、合わない行の頭に印を置いていく。


『二つ合いません。一つは止む長さです。ベルダさんは晩のあいだ、書き役の方は一晩まるごと、三枚目は晩のうち一度と書いています』


「もう一つは」


『何度目の濁りかの数です。二枚は三度、一枚は二度と書いてあります』


 ミルディンを呼び戻して二つとも聞き直した。長さは「一晩まるごととは聞いておりません」に落ち、数は三度で揃った。娘は自分の一行に線を引いて、その脇へ聞き直した旨を書き足した。


「これで残るのは、合った行だけですね」


『残ります。合った行のほうが少なくなります』


---


『こちらの三年を当たりました』


 セレスの列が細かく割れて年ごとに三本へ分かれた。


『唸りの数が零と書かれた晩はありません』


「では、こちらでは起きていないということですね」


『申せません』


 列が一段下がった。


『札には数える前に止んだ晩を書く欄がありません。数え始められなければ、当番は何と書けばよいか決まっていません。書かれていないことと、無かったことは別です』


「三年ぶんは分からないままですね」


『分かりません。今夜から先だけが分かります』


「欄を足してください。今夜からです」


『足します。止んだ、と書く欄です。長さと刻もあわせて』


 ミストの光が札の形をひと巡りして、幅の欄の右で止まった。


『ここです。離すと、書く者がその晩に思い出しません』


「幅より狭いですね」


『狭くしてあります。広い欄は、埋めるために埋められます』


---


 ベルダは受付の紙を抱え直して、卓の端で足を止めた。


「あの人には出すのね」


「出します」


「次に来た人には」


「今日の紙に、次の人の欄を先に作ります。……情で決めた紙は二度目を断れません」


 ミルディンは黙って聞いていた。それから両手を膝に置いた。


「では、いただけますでしょうか」


 卓の上には拓本の写しと、綴じかけの一行と、三枚の書き取りが並んでいる。ガルムは戸の外で背中を見せたまま動かない。ドルクは框に座ったままだった。


「渡します」


 男の肩が一度だけ下がった。


「ただし、渡すのは扱い方です。奥に何がいるかは渡しません」


「承知しております」


「承知していただくだけでは足りません」


 レインは三枚の書き取りを揃えて、卓の中ほどへ寄せた。


「そして――渡す条件が四つあります」

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