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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第10章:最終章 ―― 終わらせ方を、書いていなかった
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第151話 なだめ方は渡せるか

 三方が坂を下りたのは翌朝だった。


 卓は組み替えたままにしてある。長い辺に椅子が並んだ形のまま、ルカが九つの写しを中ほどへ広げ直した。番の順ではない。読む順に並べたのだという。


『抜くところがありません』


『端から当たりました。奥のことを書いた行が一つもありません。下りる刻。座る場所。灯の向き。唸りの数え方。書いてあるのは手の動きだけです』


「初めからそう書いていますね」


『書いています。抜くものが無い紙は、そのまま出せる紙です』


 ミストの光が横から差した。


『いいえ』


『この九つは読み手を選んでいます。読む者が何のために座るかを知っている前提で組んであります。順を入れ替えても抜けている場所は動きません』


「抜けている場所とは」


『なぜそうするのか、が一行もありません。……私が飾りを足せる余地のない紙は初めてです』


---


 読み合わせを試すことにした。


 ベルダは受付の帳面を抱えたまま眉を上げた。


「読ませるだけ。下ろすんじゃないのね」


「下ろしません。紙を読んで、問いに答えてもらうだけです」


「それなら誰でもいいじゃないの」


「奥のことを知らない人がいいんです。知っている者が読むと、書いていないことまで読めてしまいます」


 ベルダは少しのあいだ天井を見てから、暮らしの窓口の書き役を寄越した。十六の娘だ。紙の扱いには慣れている。


『先に一つ申し上げます』


 ノアの灯が戸口の側へ寄った。


『九つに奥のことは書かれておりません。読ませることは開示に当たりません。ただし読んだ者の名を書いてください。誰が読んだか分からない紙は、こちらでは出さないことにしております』


「書きます」


---


 問いは十作った。


 五つは紙に書いてある晩の話だ。娘は五つとも答えた。下りる刻を訊けば半刻前と答え、座る場所を訊けば管から一歩外れると答える。読んだとおりに言えば済む。


『次の五つは紙にない晩です』


 ルカの字が卓の上を回った。


『唸りを数えている途中で音が消えました。どうしますか』


 娘は紙を上から下まで読み直した。


「……書いてないです」


『書いてありません。それでも今夜のことです』


「待ちます。もう一度鳴るまで」


『鳴りませんでした』


 娘は黙った。


『次です。二度細くなって三度目に戻りません。手順どおりに開けても音が戻りません。どうしますか』


「開け直します。……いえ、逆かもしれないです」


 娘は筆を置いた。


「すみません。これ、何をしているところなんですか」


 ルカの字が止まった。


 レインは答えなかった。


「答えられないんですね」


「答えられません」


「じゃあ、分からない晩はどうしたらいいんですか」


「あなたならどうしますか」


 娘は少し考えてから顔を上げた。


「閉めます」


「理由を伺えますか」


「窓口でもそう教わりました。分からない荷は開けずに置いておく。触ると増えるからって。……分からないものは触らないほうが安全だと思います」


 名を書いてもらってから礼を言った。娘は紙の端を揃えて置いていった。


---


「その子が悪いんじゃねえぞ」


 ドルクは壁のほうから聞いていた。


「怖くなったら誰でも締める。俺も水番の初めの年に締めた」


「どうなりましたか」


「三日で戻るはずの溜まりが十日戻らなかった。締めた俺が正しいと思ってる間、下じゃ水が行き場を探してたわけだ」


 老人は指を二本立てた。


「外し方は二つしかねえ。細くするか締めるかだ。理屈を知らねえ奴は必ず締めるほうへ倒れる。そっちのほうが真面目に見えるからな」


 ドルクは指を下ろした。


「向こうの当主は真面目な男だろうよ。文の字が崩れてねえ」


---


『紙にない晩がどれだけ来るかを当たりました』


 セレスの列が卓の中ほどへ立った。


『こちらの三年ぶんの札で、九つに書いていない形の晩は四十七回あります。月に一度と少しです』


「向こうでは」


『分かりません。脈の癖が違えば数も変わります。増える側にも減る側にも変わります』


「見込みは出せますか」


『出せません。出せば当たっているように見えます』


 ルカの罫が突き合わせの紙まで伸びた。


『座る場所が違います。向こうは管の真下です。真下で数えれば返る音が混じります。混じった数を九つの四つ目へ入れれば、その先の五つも順に外れます』


「向こうの管が太ければ混じらないかもしれない、という話でしたね」


『でした。太さは分かりません』


「では、月に一度と少しは、向こうの当主が自分で決めることになります」


『なります。九つは決め方を書いていません』


---


『渡せないのは中身ではありません』


 ミストの光が九つの上をゆっくり渡った。


『判断の理由です。中身は初めから書いていませんし、書く気もありません。理由まで抜けた紙は、渡した先で外れたときに直せません』


「理由を一行だけ書くとすれば、どう書きますか」


『これです』


 光が一行ぶん、字の形に絞れた。


 奥のものは、起こすと止まらない類のものです。


『名は入っていません。形も数も、どこにあるかも入っていません』


『申し上げます』


 ノアの灯が一行の上で止まった。


『開けない。閉じない。細く通す。一点だけ覗く。言葉は握る』


『五つ目でございます』


「変えません」


『変わりません。……変わりませんが、一つ申し上げます』


 灯は動かなかった。


『握っている者だけが、何を出すか決められます。握っていない者は出すことも断ることもできません。この一行を出すか出さぬかをこちらが決められるのは、握っているからでございます』


「出さない、と決めることもできますね」


『できます。どちらでも綴じは傷みません。傷むのは、握っていない者が出した場合です』


「文言はノアさんが書いてください」


『書きます。逐語で綴じます。書き換えた写しが出た時点で、渡した紙はすべて無効といたします』


『出すのは類までです。名。形。数。在り処。この四つは出しません。四つのうち一つでも紙に載れば、そこで止めます』


---


「向こうにも同じ形で書いてもらいます」


 ルカの罫が止まった。


『同じ形とは』


「こちらが理由を一行出すなら、向こうも一行出します。向こうの下で分かっていて、こちらが知らないことを一行です。欄を双方の帳面に作ります」


 ノアの灯が動かないまま返した。


『こちらが得をする話ではございません』


「得の話をしていません。一方だけが出す紙は、次の年に断れなくなります」


 札を置きに戻ってきたベルダが、卓の端で足を止めた。


「昨夜の札よ。幅は三。書き直した跡はないわ」


「ありがとうございます」


「……あの子はどうだったの」


「答えられませんでした。こちらの紙が、答えられる形になっていませんでした」


「怒らなかったの」


「怒る筋がありません。読んで分からない紙を渡したのはこちらです」


 ベルダは札の角を揃えた。


「貸しっぱなしの相手は、そのうち借りてることを忘れるのよ。……お互い出す形にするなら、そこは続くわ」


「量る形にもなります」


 セレスの列が一段下がった。


『どのようにでしょうか』


「出した一行の数を双方が書きます。年に一度突き合わせて、片側だけが増えていたら止める。外から数えられます」


『それは量れます』


 ルカの字が続いた。


『委員会の問いへの答えになっています』


「もう一つ足します。手順の後ろへ問いを付けてください。渡す前に向こうの座る者へ読んでもらって、答えられなかった問いを数えて書き残します」


『答えられなければ渡さないのですか』


「渡します。答えられなかった数だけ、こちらが返事を書きます。返事の要らない紙は、たぶん読まれていません」


---


『一つ申し上げます』


 セレスの列が一行の下へ出た。


『この一行を書いた時点で、こちらの帳面の空欄も埋まります』


「埋まりますか」


『名の欄に入るのは名だけとは限りません。類を書けば、それが名の代わりに読まれます。外へ出した一行は、外から見れば奥の名です』


 レインは帳面を引き寄せて空いた頁を開いた。


 欄は三年空いている。罫だけが引いてあって、日付も書き手の名も入っていない。


『書かれますか』


「書く言葉を、まだこちらが持っていません」


 卓の隅には拓本の写しが伏せたままだった。名の当たらない欄が三つ残っている一枚だ。


『では当て直します』


 ルカの罫が写しの上へ伸びた。


『三つのうち二つは数の欄です。数でない欄は一つだけです』


 空欄へ入る言葉は、たぶんそこにある。こちらが選ぶ言葉ではなく、捨てた側がもう書き置いていった言葉として。

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