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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第10章:最終章 ―― 終わらせ方を、書いていなかった
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第150話 渡すか握るか

 議題は前の日の夕に閉じた。


 卓へ載せる紙は三つある。いちばん上は一行しかない紙で、こちらにも十番目が無いと書いてある。二枚目が向こうの控えとこちらの九行の突き合わせ。三枚目が行の場所だ。


『三方とも同じ順で置きます』


 ミストの光が束の上を端から端まで渡った。


『読み終える刻も揃えました。同じところで詰まっていただく形にします』


「頁を抜いた束はありませんね」


『ございません。抜けば抜いた話が始まります』


 ベルダは席割りの紙を持って上がってきた。


「上座はどっちよ。領と委員会」


「どちらも上座にしません」


「三方とも長い辺に並べるの。……卓の向きを変えるってことね」


「変えてください。誰の卓でもない形にします」


「運ぶのはうちの若いのよ」


 ベルダは紙を裏返して、卓の絵を描き直した。


---


 セリドからの三通目は十日のあいだに来なかった。


『来ない筋は三つです。書く暇がない。書く者がいない。道が切れた』


「道は」


『前の二通と同じ宿場を通っています。宿場は動いていません。荷の値も変わっていません』


「では残るのは二つですね」


『二つです。どちらも良くありません』


---


 ハルドレイは昼前に着いた。兵は門の外へ置いて、供は四人だけ連れて坂を上ってくる。途中で石畳の継ぎ目が浮いているところを杖の先で叩いた。


「ここは春に直したはずじゃろう」


「霜で浮きます。今年の割に入れてあります」


「入れてあるなら文句はないわ」


 老人は杖を担ぎ直して、管理棟まで一度も止まらなかった。


 ドレファスとエイクは前の晩に着いている。朝のうちに恒久の列の写しを一通ずつ検めて、昼まで宿から出てこなかった。


---


 卓は組み直してある。長い辺に三方が並び、短い辺の一方へ紙置きの台を寄せた。


 ガルムは戸の外に立った。中へは入らない。


 ドレファスがいちばん上の紙を先に取った。一行を読み、卓へ戻す前にもう一度読んだ。


「持っておらぬものの話から始めるのか」


「始めます」


「順が逆であろう。渡す渡さぬを決めてから、渡す物を数えるのが筋だ」


「渡せる物が無ければ卓が要りません」


「無いのか」


「九つあります。十番目がありません」


『九つは紙になります』


 ルカの罫が二枚目の上へ伸びた。


『下りる刻。座る場所。灯の向き。唸りの数え方。読めば同じことができます。十番目だけが紙になりません』


「十番目とは何じゃ」


 ハルドレイは紙を腕の長さのぶん遠ざけて持っていた。


「弁をどれだけ開けるかです」


「どれだけ、が書けんのか」


「その晩の間合いに対しての幅ですので、数を一つ書いても当たりません。当番ごとに目盛りが違います」


「勘か」


「勘です。測って札へ書いていますが、札は人に付きます」


 老人は鼻から息を吐いた。


「わしの厩にもおるわ。同じ馬に同じだけ食わせて、太らせる奴と痩せさせる奴がな」


---


 二枚目は突き合わせだ。


『九つのうち七つは同じことを書いています。違うのは下りる刻と座る場所です』


『どちらが誤りかは申し上げられません。管の太さが違えば返る音も違います』


「向こうの紙にも十番目は無いのだな」


「ありません。無いと文に書いてあります」


「ならば貴殿らが渡せるのは、向こうが既に持っておる九つだけだ」


「いまはそうなります」


 ドレファスは紙を伏せた。


「渡す物が無い。それで卓を開いたか」


「無いと分かるのに十日かかりました。分かったことは紙になります」


---


『三枚目です』


 セレスの列が卓の中ほどへ立った。


『向こうの帳面の列に、こちらのいまの位置を入れてあります。下から三行目です』


『セリドは下から二行目です。最後の行に一つ足りません』


「最後の行は何じゃ」


『出せる頭数を締めが越えた行です』


「越えたらどうなる」


『向こうの帳面には次の頁がありません』


 卓が一度静かになった。


「四十年から六十年と書いてあるな」


「置き方の幅です」


「わしの領で四十年は短いぞ。松を植えて船にする刻よりまだ短いわ」


 ハルドレイは列から目を離さないまま指を一本立てた。


「じゃが銭は出さん」


「伺います」


「情の話ではないわ。領の卓で説明できん出しは次の年に消える。……よその土地の井戸へ領の銭を回したと知れたら、うちの村で井戸を待っておる連中が黙っておらん」


「そうでしょうね」


「わしが黙らせたところで、わしが死ねば元へ戻る。恒久の紙に書けん銭は初めから無い銭よ」


---


「灰霧に何が入る」


 ドレファスの声は高くならなかった。


「向こうの札です」


「札」


「向こうはこちらより下の行にいます。一人で回して、その一人が先に落ちた土地です。……こちらが四十年で通る場所を、向こうは先に通っています」


「先例として使うと申すか」


「使います。使わなければ、こちらは四十年後に初めて同じ卓を開きます」


『一つ添えます』


 セレスの列が横へずれた。


『向こうの脈の癖がこちらと同じである裏づけはありません。手順が七つ合ったのは形の話です。癖まで同じとは申せません』


「癖が違えば、同じ紙は当たりませんね」


『当たりません。当たらない紙を渡せば、渡した先で外れます』


 ドレファスが横目をよこした。


「いま自分の首を絞めたぞ」


「絞めておかないと、あとで締まります」


---


 卓は一度切った。


 湯を運んできた若い者が、盆の端へ小さく折った紙を載せていた。ベルダがそれだけ抜いて隅へ置く。


「昨夜の札よ。順は変えてないわ」


『幅は三です。書き直した跡はありません』


「上の水は」


『朝まで動いていません』


 ハルドレイが盆越しに札を覗いた。


「この話をしておる間も、下は回っておるのか」


「毎晩回っています。卓が立とうが立つまいが変わりません」


「……そこは変わらんほうがええわ」


---


 バロスは昼過ぎに上がってきた。三枚目には目もくれず、いちばん上の一行だけを読んだ。


「持ってねえもんを売る話か」


「売る話はまだしていません」


「なら先に言っとくぞ。渡すなら値をつけろ」


「儲けの話ですか」


「儲けの話じゃねえ」


 商人は指輪の石を親指でこすった。


「値のついてねえ物を受け取った側はな、断れねえんだ。要らねえと言えなくなる。……向こうの連中が、あんたの紙を要らねえと言える形にしとけ」


「値は断る余地ですか」


「余地だ。俺は三十年それで食ってる」


---


『申し上げます』


 ノアの灯が卓の中ほどで止まった。


『開けない。閉じない。細く通す。一点だけ覗く。言葉は握る』


『五つ目でございます。当番が変わっても変えないものとして綴じました』


「委員会の綴じにも入っておるな」


 エイクが小さく頷いた。


『外の卓で緩められる綴じではございません。始まる前に申し上げておきます』


「変える話はしていません」


『まだしておられません』


---


「委員会の話をする」


 ドレファスは背を伸ばした。


「渡すなら、渡した先の事故も国が負う。国の卓を通った紙で人が死ねば、通した者が問われる。問われるのは書いた者ではない。認めた者だ」


「認めなければ負いませんか」


「負わん。だが認めぬまま貴殿らが渡せば、次の年の物差しに載る」


 主席評価官は一度だけ紙の角を揃えた。


「そもそもこれは、貴殿らが握ると決めた項であろう」


「三つ目の内側です」


「ならば貴殿らが決めればよい。なぜ卓へ載せた」


「決めるのはこちらです。決めたあとに困るのは三方です」


「では言え。渡すか握るかだ」


---


「その二つからは選びません」


 レインは三枚を卓の中ほどへ寄せた。


「重さは割れます。中身は割れば壊れます。前の年に三方で決めた形です」


「決めた」


「奥は中身です。ですから割りません。ですが向こうが欲しがっているのは中身ではありません」


「何を欲しがっておる」


「扱い方です。渡せるのは扱い方です。奥に何がいるかは渡しません」


 ハルドレイが低く笑った。


「聞こえは良いのう」


「聞こえだけでは足りません」


「分かっておるならええわ」


 エイクが紙の端を指で押さえた。声は小さい。


「……量れますか」


「伺います」


「委員会が毎年量るのは形です。扱い方だけを渡したかどうかを、外から量る形にできますか。できなければ、私どもは量れない項目を一つ抱えます」


「できなければ渡しません」


 ベルダが筆を止めた。


「二度目が来たらどうするの」


「同じ紙で断れる形にします」


「同じ紙で」


「一度目を決める紙に、二度目の欄を先に作ります。条件が揃えば通る。揃わなければ通らない。……情で決めた紙は二度目を断れません」


 ハルドレイが杖の頭を握り直した。


「そこまで書くなら口は出さん」


---


「ルカさん。ミストさん」


『承ります』


「渡せる形の試しを作ってください。九つから奥のことを抜いて、それでも向こうの現場で使えるかどうかを見ます」


『抜いた紙が使えるかは、抜いてみるまで分かりません』


「分からないので作ります」


『刻はどれだけいただけますか』


「次の卓までです」


 ドレファスは立たなかった。三枚を順に伏せてから、いちばん上の一行だけを表へ返した。


「一つ訊く」


「伺います」


「扱い方と、奥に何がいるか。……その二つを、紙の上で本当に分けられるのか」


「分けます」


「分けると言うのは容易い」


 主席評価官は紙を束へ戻した。


「分けられぬなら、国は許さん」

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