↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第10章:最終章 ―― 終わらせ方を、書いていなかった
PR
148/158

第148話 同じ列を下から三行目

 ベルダは三通を抱えて上がってきた。


 恒久の列の写しだ。領の一通と委員会の一通と灰霧の一通。灰霧のものだけ紐が緩んで、綴じ足した紙の分だけ厚く膨れている。


「二通は開けるのが一年ぶりよ」


「開かないほうが正しい写しです」


「うちのだけ毎月書き足してるんだから当たり前でしょ。……で、並べて何を見るの」


「増え方です」


 卓の中ほどへ昨日の拓本を置いて、その脇に三通を開いた。


『骨格を合わせます』


 ルカの罫が両側へ伸びた。


『向こうは十四行で一行が一年です。こちらは十二の月で一行です。行の長さを揃えないと並びません』


「揃えてください」


『揃えます。こちらの十二行を一行へ畳みます』


---


『対応する欄が一本しかありません』


 ミストの光が恒久の列の上を端から端まで渡った。


『こちらの列は五本です。治安。衛生。街の費え。中枢の魔力。奥のなだめ当番。向こうの表に当たるのは最後の一本だけです』


「他の四本は」


『向こうの紙にありません。書かなかったのか、書く紙を別にしていたのかは分かりません』


『分からないほうへ入れておきます』


 セレスが列を一つ落とした。


「四本ぶんが向こうの表に載っていないのなら、向こうの締めは軽く見えているということですね」


『軽く見えています。それでも最後の行で頭数を越えています』


 ノアの灯が動いた。


『こちらは五本のうちの一本です。向こうは一本で越えました』


 誰も相槌を打たなかった。


---


「昨日の場所から先を出してください。いまどこにいるかではなく、上がる速さです」


『材料を三つ使います』


 セレスの列が三本立った。


『一つ。当番の頭数です。三名を四名にします。育成中の若者が半年を座り終えれば四人目になります』


『頭数を増やせば締めは増えます。安全にするほど行は上がります』


「二つ目は」


『目盛りの測り直しです。据える晩を増やしますので刻が増えます。初めの二年が重く、以後は毎年三十晩ぶんが残ります』


『三つ目は入れ替わりです。一人が抜ければ補充に半年かかります。半年のあいだは教える側も座りますので、その年だけ刻が二人ぶんになります』


「抜ける速さは」


『分かりません。耳が何年もつかの記録がありません。ドルク殿の年数を上へ置き、二年目の男の年数を下へ置いて幅にしました』


 列が縦に伸びて止まった。


『四十年から六十年で、向こうの最後の行と同じ形になります』


「幅の広さは」


『置き方の幅です。方向は一つです。どの置き方でも上がります』


『下がる置き方はありませんか』


 ノアが訊いた。


『ございません。当番を一人へ戻せば下がりますが、その置き方は基準が禁じています』


---


 バロスは昼前に上がってきた。表を覗き込んで、割の列のところで指を止める。


「四十年か」


「早ければ」


「なら人を増やしゃいい。宿はまだ建つぞ。三年で百三十人増えた土地だ」


 エルメアが薬箱を框へ置いて振り向いた。


「増やせるのは耳が育つ人だけです」


「人は人だろうが」


「曝露の帳面を見てから言ってください」


 エルメアは指を三本立てた。


「半年のあいだ毎晩下りられる体。夜に用のない暮らし。決まった刻に縛られても暮らしが壊れない身の上。三つ揃う人だけです」


「銭を積めば夜くらい空くだろ」


「空くのは一晩です。半年は空きません」


 バロスは口を開けたまま少し黙った。


「……市の連中は無理だな。荷は夜明けに動く」


「冒険者も無理です。日をまたぎます」


 商人は自分で指を折り始めて、途中で鼻を鳴らした。


「三月で辞める奴に半年は座れねえか」


---


『比べました』


 セレスの列が二本並んだ。


『三年前の滞在者は四百人ほどです。いまは五百三十一人です』


『育成に入って半年続いた者は、その前の三年で二人。この三年でも二人です』


「増えていませんね」


『増えていません。人の数に比例していれば三人になります』


『理由は』


『暮らしの型が要るからです。人が増えるほど夜に用のある者が増えます。市が伸び、宿が伸び、荷が夜も動きます』


 ガルムが戸口で足を止めた。そのまま入ってきて卓の端へ手をついた。


「夜に空いてる奴なんざ一人もいねえよ」


「兵は十二ですね」


「十二だ。夜番を回して門と土塁で足りてねえ。人が増えた分だけ夜が重くなってる」


『隔晩にしてはいかがですか』


 ルカの字が速く走った。


『毎晩でなければ刻は半分です。半分なら行の上がりも半分です』


「耳は毎晩でなければ保てません」


『育成の縛りと同じですか』


「同じです。中断すれば数え直しになります。座る晩を減らすのは、育つのを止めるのと同じことです」


『取り下げます』


---


「街を大きくしても、この列は下がりません」


 ベルダが顔を上げた。


「初めて聞いたわね、あんたのその言い方」


「初めて言いました」


「器を替えたばっかりよ」


「替えてよかったと思っています。屋根の下で寝る人が増え、掃除の頭数が付き、銭の出所が決まりました。上の話はそれで回ります」


「下は」


「下の当番は人の数では増えません。街が倍になっても耳は倍になりません」


『割は下がります』


 セレスが横から入った。


『人が増えれば分母が増えます。頭数で割った数は下がります』


「下がった数は何を指しますか」


『何も指しません。当番の側は一人も増えていません』


 レインは表の下のほうへ指を移した。


「向こうの表にも、頭数だけ跳ねた行がありますね」


『あります。下から五つ目です。出せた頭数がその年だけ増えています。割はその行で一度下がっています』


「次の行は」


『戻っています。二行あとには跳ねる前より上です』


 卓の上で誰も動かなかった。


---


「ベルダさん。灰霧の一通へ欄を一つ足してください」


「なによ」


「毎年の暮れに、この行がどこにいるかを書く欄です。一行で結構です」


「書いてどうなるの」


「四十年が三十年になったら、その年のうちに分かります」


 ベルダは筆を持ったまま少し考えて、紐を解いた。


『条件を三つ申し上げます』


 ノアの灯が欄の上へ寄った。


『一つ。置き方を数の脇へ書くこと。二つ。置き方を変えた年は前の行も引き直すこと。三つ。引き直した跡を消さないこと』


「三つ目の理由を伺います」


『下がったように見せられるからです。分母を替えれば行は動きます。動かした者の名が要ります』


「書きます」


『では足して結構です』


 ベルダは白紙を一枚綴じ足して、欄の名だけ先に書いた。


「名前は」


「行の場所、で結構です」


「素っ気ない名前ね」


「短いほうが毎年書けます」


 ベルダは紐を結び直してから、領の一通と委員会の一通を先に閉じた。


「この二通には足さないの」


「足しません。二通は年に一度の紙です。毎年書く欄は毎年開く紙に置きます」


「面倒な人ね。……こっちのほうが厚くなる一方じゃないの」


「厚いほうが灰霧の紙です」


---


 ドルクは夕方に上がってきた。表の前へ立って、昨日と同じ距離のまま腕を組む。


 レインは割の列と、跳ねた行と、その二つあとの行を順に指した。老人は字を読まない。指の動く先だけを追っている。


「一度下がって、また上がったのか」


「上がっています」


「人を集めたんだな。集めて、足りなくて、また集めて」


「そう読めます」


 ドルクは腕をほどかなかった。


「坑でも見た。水が出るたびに人を入れる。入れた分だけ掘る面が増える。増えた面からまた水が出る」


「終いはどうなりましたか」


「穴ごと捨てた」


 老人は表の下の三行から目を離さないまま、少しだけ声を落とした。


「……古い連中も、たぶんこの卓をやったんだろうな」


 窓の外はもう暗い。灯を落として下りようとしたところへ、坂の下から知らせが上がってきた。門で馬方が一人止められている。雇われた宿場の名は前の一通と同じで、預かってきた紙は前より厚いという。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。