↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第8章:二枚目の壁の奥 ―― 開ける前に、覗き方を決めろ
PR
117/158

第117話 開けさせないが先

 夜が明けても、その一枚の写しは卓の上に置かれたままだった。


 奥が「ある」と知られただけなら、まだ耐えられた。だが、外の手は奥を「どう開けるか」の入口まで、こちらの帳面から掬い取っていた。覗き方を詰めるより先に、覗くべき相手のことを外が知っている。昨日までの心配は、もう一段悪いほうへずれ落ちていた。


 レインは、その紙を開示の棚のいちばん奥へしまった。


「順番を、変えます」


 地下の卓に精霊たちを集めて、レインは静かに切り出した。


「昨日まで、私たちはどう覗くかを考えていました。ですが、その前に決めておくことができました。……外に、開けさせない。それが先です」


 卓の真ん中には、深層第一区画の図がまた広げられていた。境界線の先の、灰色の余白。あの向こうへ、外の手がこちらより先に鍵を差し込もうとしている。


---


『でしたら、いっそ大きく開けましょう』


 ミストの光が、待ちかねたように灰色の余白へ躍り出た。


『覗き穴を一点などと、けちなことを言っている場合ではありません。奥へ通じる道をこちらから大きく開いて、観測の口をどんと構える。外が細い抜け道を探すより先に、灰霧が正面から堂々と奥を見張る。大きな口で睨みを利かせておけば、鼠一匹忍び込めません』


『その大きな口から、鼠が入るんです』


 ノアの光が硬く差し込んだ。


『開けた口は、こちらが覗く口であると同時に、向こうが入る口です。大きく開けるほど見張る面が増え、守る手が薄くなる。ミスト、あなたの図はいつも、開けたあとに誰がそこを守り続けるかを数えていない』


 ミストの光が、しゅん、と勢いを落とした。二つの光はまた両極へ割れかけていた。開けて睨むか、開けずに塞ぐか。


---


「では、逆に、全部塞いだらどうなりますか」


 レインは、あえて口に出した。


「奥へ通じる道を一つ残らず埋める。認証も、見張りも要らない。誰も奥へは行けません。……外の手も、届かない」


『事故点で申せば、それが最も低い』


 ノアが即座に応じた。


「ええ。でも、それだと私たちも届かなくなります」


 レインは、図の境界線の縁を指でなぞった。中継結晶の点がそこでぷっつり途切れている。


「奥を塞げば、私たちの覗き穴も一緒に塞がる。奥の脈動を見張る目も、緩衝の効きを確かめる道も失います。……昨日、決めたはずです。境界で見張っているだけでは、いずれ緩衝が破れる、と。塞いで安心しているうちに、内側から破れます」


 卓の隅でずっと黙って図を覗き込んでいたガルムが、鼻を鳴らした。


「門を閉めりゃ、飯も止まる。前に、そう言ったよな」


「ええ。あれの、奥版です」


「全部塞いで守った気になるのは、素人だ」


 ガルムは太い指で、境界線の一点を、こつ、と叩いた。


「守るってのは、塞ぐことじゃねえ。通る道を一本に絞って、そこだけを絶対に見張れる形にすることだ。……守れねえ線をいくら引いたって、線は線でしかねえ。守れる線を、一本、引け」


---


 守れる線を、一本。


 レインは、その言葉を胸の中で二度なぞった。全周を守るのでも、全周を塞ぐのでもない。ここを守りの拠点に作り変えたとき、さんざん叩き込まれた形だった。守る範囲を絞り、絞った範囲だけは絶対に守り続ける。


「ガルム。奥へ通じる経路を洗い直してもらえますか」


「もう、頭にある」


 ガルムは無愛想に答えた。


「深層第一区画から境界の縁まで、人が通れる道は細々と何本かある。崩れかけの横穴も入れりゃ、もっとだ。……そいつを一本を残して全部潰す。残す一本も途中に締めを二つ入れて、灰霧の認証がなけりゃ一歩も先へ進めねえ一本道にする。見張りはその一本だけ固めりゃいい」


「潰した横穴は」


「埋めるんじゃねえ。落とすんだ」


 ガルムの、元冒険者の目が低く光った。


「埋めた壁は、掘れば抜ける。だが、頭の上の岩を落として道そのものを消しちまえば、掘る場所も分からねえ。……外の手が抜け道の図を持ってようが、道がなけりゃ使えねえ」


---


 その一本道の通行の決まりを刻んだのは、ノアだった。


『奥へ通じる経路への立入基準を明文化します』


 ノアの光が、一本道の図の上に硬い線を一つずつ灯していく。


『一、奥へ通じる経路は、灰霧の認証を持つ者以外、一切通さない。委員会の視察枠も、領の備えも例外としない。二、認証を持つ者であっても、奥へ入る目的と退避線の確認を、その都度記録する。三、この基準は、中枢の制御、退避の判断、地下への立入――灰霧が握る三つの譲れないものの、三つ目に含める。……分担の卓に載せない。交渉の対象にもしない』


「三つ目に、含めます」


 レインはうなずいた。


「奥への立入は、もともと地下への立入基準の内側です。ですが、これまでは言葉にしていなかった。……今日、言葉にします。奥は、外に開けさせない。誰が頼んできても、どんな筋を通してきても、灰霧の認証がなければ通さない。ヴェッセンさんがまた柔らかい顔で来ても、同じです」


『情報の側は』


 セレスの光が揺れた。


『壁と認証で、物理の道は絞れます。ですが、奥のことを記した帳面は壁で囲えません』


「そちらは、ベルダが締め直してくれています」


 レインは、地上のほうへ目をやった。


「外の窓口へ渡すものから、奥の形が透ける言葉を抜く。渡さねばならない数字は渡し、奥に関わる言葉はこちらの棚へしまう。……物理の道を一本に絞るのと同じことを、情報でもやります。開けさせない、というのは、道も言葉も両方です」


---


 線引きの相談が一段落したころ、レインは一度地上へ上がった。


 受付の台はいつもどおり回っていた。ベルダが採集札を受け取り、帳面に印を打つ。リナが、後ろに並んだ新人へ退避線の見方を身振りで教えている。荷が動き、水が汲まれ、日暮れの列が緩やかに流れていく。


 地下で奥への道を一本に潰しているというのに、地上の生業は何ひとつ止まっていなかった。


「上は、いつもどおり、ですね」


 レインが言うと、ベルダは印を打つ手を止めずに口の端を上げた。


「あんたが下を絞ってるおかげでしょ。……前に、門を閉めりゃ飯も止まる、って揉めたけど。あれの答えが、これなんじゃないの。奥だけきっちり絞る。上の暮らしは開けたまま。……守るとこを間違えなきゃ、市は回るのよ」


 レインは、そのなんでもない賑わいをしばらく眺めていた。守るために道を潰し、言葉をしまう。その重い作業のすぐ上で、人が水を汲んで帰っていく。守れているうちは、その必死は誰にも見えない。見えないほうがいい。


---


 その夜、ガルムから、一本道の締めが二つとも入り、横穴の落とし込みも終わった、と報せが来た。ノアの立入基準は、三つ目の譲れないものとして台帳に綴じられた。ベルダの棚は、外へ出す言葉と握る言葉とではっきり分かれた。


 開けさせない構えは、整った。


 レインは地下の卓に戻り、一本になった経路の図をじっと見つめた。深層第一区画から締めを二つくぐって、境界の縁へ。そこから先の、灰色の余白。外の手はもう、この一本しか道がない。


 だが。


 レインは、境界の縁に描いた小さな丸を指で押さえた。覗き穴だ。一点だけ残すと決めた、灰霧の目。


 奥を、外に開けさせない。その線は引けた。けれど、灰霧自身がその奥を片目でも覗こうとするなら――結局、自分たちの手で、いま引いたばかりのその線を、ほんの少しだけ越えねばならない。


 開けさせないための一本道の、いちばん奥。締めの、その先に、たった一つ空けておいた覗き穴。


 外の誰にも越えさせないと決めた線を、最初に越えるのは自分たちだった。


 卓の灯りの向こうで、境界の網は、今夜も半拍ぶんはみ出しながら、止まる気配なく奥の脈動を刻み続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。