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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第7章:防衛拠点化編 ―― 守りきれる場所に作り変えろ
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第104話 門を閉めれば、飯も止まる

 朝いちばんに、ノアが口を開いた。


『昨夜の綴りを、精査しました』


 下見の一団が足を止めた三点――外周門、深層通路、退避線。それは、レインたちが守る核として書き込んだ場所と、そっくり重なっていた。ノアの声は、その一致を確かめたうえで、いつもより一段、硬い。


『結論から申します。来訪者の全数審査を導入すべきです。受付で一人ずつ、目的と立ち寄り先を確かめ、深層方面へ通じる道は、当面すべて封鎖する。それが、守るための最短の手順です』


「全数審査と、全面封鎖」


 レインは、その言葉を口の中で転がした。


「怪しい者を、一人残らず入口で止める、ということですね」


『はい。門を厚くするより、門を通す数を減らすほうが確実です。入れなければ、壊されることもありません』


 理屈は、通っていた。通ってはいたが、レインは、すぐには頷けなかった。


---


 横から、ルカの光が差し込んだ。


『審査そのものは、私が肩代わりできます』


 効率の精霊の線が、受付の帳面の上を、すばやくなぞる。


『来訪者の申告を、過去の記録と突き合わせて、動線に不審のあった者を自動で拾い出す。受付係が一人ずつ問い質さなくても、札の色で、通す者と留める者を分けられます。人手はかけません』


「速さは、たしかに助かります」


 レインは頷きかけて、途中で止めた。


「けど、その速さは、何を速くするんですか。通すのを速くするのか、弾くのを速くするのか。弾くのを速くすれば、列は、かえって詰まります」


『詰まる、とは』


「一人でも留め置けば、後ろがつかえます。ルカの仕組みが怪しいと判じた相手を、係が呼び止めて、事情を聞く。その間、後ろの採集者は、ただ立って待つ。速い仕組みほど、留め置きの回数が増えて、待つ列が伸びます」


 セレスを呼ぶと、分析の線が、受付の一日をなぞって走った。


『試算します。全数審査を敷いた場合、受付一件あたりの手間は、いまの三倍を超えます。朝の採集者の出足は、門前で滞ります』


 光が、細い棒の並びになって伸びた。列の長さを、そのまま形にしたようだった。


『採集区画への入りが遅れれば、日のあるうちに採れる量が減る。荷が減れば、荷捌き場の出も細る。数の上では、こうなります』


「守ろうとして、稼ぎを止める」


 レインは、その棒の列を見下ろした。


---


 その細りを、いちばん早く嗅ぎつけたのは、受付を預かるベルダだった。


「あたしゃ数字は分からないけどね」


 ベルダは帳面を小脇に、渋い顔で入ってきた。


「全部の客を一人ずつ調べるってのが、どういうことかは分かるよ。うちの受付は、あたしと、手伝いの子が二人。それで朝の列をさばいてる。一人ひとりの素性を根掘り葉掘り聞いてたら、日が暮れちまう。並んだまま、諦めて帰る奴も出るね」


「その帰った人は」


「二度と来ないかもしれないねえ。灰霧は面倒くさい、ってさ。せっかく足を運んでくれた客を、門で追い返すのは、こっちの飯の種を、自分で細らせるようなもんだよ」


 バロスも、宿のほうから顔を出した。商人の勘は、損の匂いに早い。


「荷の話も、しておくよ」


 バロスは、指を折りながら続けた。


「うちの荷馬車は、日に何度も門を出入りする。素材を出して、日用品を入れて、また出す。その一台一台を止めて改めてたら、回転が死ぬ。回転が死ねば、宿も、市も、干上がるよ。守ってる砦の中で、商いのほうが先に痩せていく」


 守るために門を閉じれば、守りたかった暮らしが、先に細る。昨日、綴りを前にして感じた重さが、今日は数字と、人の顔になって、卓の上に並んでいた。


---


 ガルムは、腕を組んで、話を聞いていた。


「全部閉めるのは、簡単だ」


 低い声だった。


「門を一つにして、そこだけ見張ってりゃ、そりゃ堅い。だが、それで死んでいくのが味方の飯だってんなら、そいつは守りじゃねえ。兵糧攻めを、自分でやってるようなもんだ」


「では、どうするか」


 レインは、卓に地図を広げ直した。門、深層通路、退避線。守る核。そして、その周りに広がる、採集区画と、市と、荷捌き場。暮らしが動く場所。


「守る範囲を、間違えていました」


 レインは、深層通路の一点に、指を置いた。


「下見の連中が本当に見ていたのは、砦の全部ではありません。あの三点――なかでも、深層へ下りる道です。上層の市や採集区画は、あいつらの目当てじゃない。なら、守るのは、そこだけでいいんです」


『上層を、開けたままにすると』


 ノアの声が、とがった。


「開けたままにします」


 レインは頷いた。


「採集者も、商人も、これまでどおり通します。受付は、今までのやり方のまま。全数審査はやりません。その代わり、深層への道だけは、別の門にします。誰が、いつ、どんな用で下りるのか。そこだけは、一人ずつ、札で確かめて通します」


 地図の上で、二つの流れが分かれた。表を素通りしていく大きな流れと、その奥で、細い門の前に立ち止まる小さな流れ。


『上層を素通りにすれば、下見の足も、素通りできてしまいます』


「できます。けど、下見の足が本当に欲しい場所――深層への道は、その先で止まります。門を一枚、奥にずらすんです。表の門は開けておいて、本当に守りたいものの手前に、もう一枚、細い門を立てるんです」


 ノアは、しばらく黙っていた。


『……過剰でした。認めます』


 硬い声が、わずかに引いた。


『全数審査は、守る対象を絞れていない証拠でした。すべてを疑えば、すべてを止める。私の推奨は、砦の暮らしを、勘定に入れていませんでした』


「ノアの厳しさは、要ります」


 レインは言った。


「その厳しさを、上層ぜんぶにかけると、暮らしが死ぬ。深層の道一本に、集めてかけてください。狭いところに、きつく。広いところは、ゆるく」


---


 方針が決まると、動きは早かった。


 ベルダは、受付を二つに割る絵を描き始めた。表の窓口は、これまでどおり採集と商いの列をさばく。その脇に、もう一つ、小さな窓口を立てる。深層へ下りる用の者だけが並ぶ、細い列だ。


「こっちは、数が知れてるからね」


 ベルダの手が、少し軽くなっていた。


「深層に用のある奴なんて、一日に何人もいやしない。その数人を、じっくり確かめるくらいなら、あたしらでも回せるよ。全部を薄く見るより、一部を濃く見るほうが、よっぽど性に合ってる」


 ガルムは、深層通路そのものに手を入れた。いまは枝分かれして、どこからでも近づける入口を、一本道に絞る。脇の抜け道を塞ぎ、通り道を細くして、その一点に見張りを立てる。


「道を細くすりゃ、見張る目も、少なくて済む」


 ガルムは、地図に太い線を引いた。


「十人がかりで見てた広い口を、一人で見られる細い口に変える。守りってのは、壁を高くするより先に、見なきゃならん場所を減らすことだ」


 レインは、二人の手が動くのを見ていた。上層は開けたまま、深層の道だけを、細く、固く。守る範囲を絞るというのは、こういうことだった。全部を守ろうとして全部を殺すのではなく、殺してはいけない出入りを生かしたまま、本当に触れられたくない一点だけを、締める。


---


 絞る道筋は、立った。深層への細い門も、見張りの立ち位置も、決まった。レインが、ひとまず息をついたときだった。


 ガルムが、引いたばかりの線を、爪の先で叩いた。


「門は、細くした。見張りも立てた。それでだ、レイン」


「はい」


「その見張りが、妙な足を見つけたとして――そのあと、どうする。誰に報せて、誰が飛んでくる。鐘を鳴らすのか、走って呼ぶのか。深層の当番は、その時どこにいる。退避線は、誰が開ける」


 レインは、口を開きかけて、閉じた。


 門は絞った。守る場所も決めた。だが、その門で何かが起きたとき、誰が、何を合図に、どう動くのか――その段取りは、まだ、どこにも書かれていなかった。守る場所を決めただけで、守り方は、まだ何も決まっていない。


「……仕組みは、まだ半分です」


 レインは、細くしたばかりの深層通路の線を、見つめた。門を絞るのは、守りの入口にすぎない。その門の内側で、いざという時に人がどう動くか――その段取りを組まなければ、細い門も、ただの細い門で終わってしまう。

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