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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第7章:防衛拠点化編 ―― 守りきれる場所に作り変えろ
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第102話 頼る手紙と、握る手紙の続き

 二通の封書が、卓の上に並んでいた。


 片方には領主家の蝋印、もう片方には王都評価委員会の押し型。前に一度押し返したはずの、頼る手と握る手が、こうしてそれぞれの紙になって戻ってきている。


 レインは先に、領主家の封を切った。


 文面は、拍子抜けするほど丁寧だった。灰霧前砦の働きを高く評価する、ついてはこの拠点を「領の備え」として正式に位置づけたい、有事には領を守る盾として頼りにしたい――そう書いて、来月頭の話し合いの日取りまで添えてある。


「ずいぶん下手に出てきましたね」


 肩越しに覗き込んだベルダが、眉を寄せた。


「前は門の外から様子をうかがってただけだろ。今度は、玄関まで上がり込んでくる気だね」


 レインはもう一通、委員会の押し型を割った。


 こちらは硬い。古代機構の運用権がどこに属するかを明らかにする必要がある、ついてはその所在を確定する協議の場を設ける――頼みではなく、要求の体裁だった。日取りは、領主側の翌週に切られている。


「片方は頼むと言ってきて、片方は握ると言ってきました」


 レインは二通を卓に並べ直して、見比べた。言葉づかいはまるで違う。けれど、二枚の紙には、奇妙に同じ匂いがあった。


『どちらも、こちらにとって悪い話ではないのでは』


 ミストの線が、二通の封書の縁を明るくなぞった。


『領が後ろ盾につけば、人手も物資も回ってくる。委員会が運用を認めれば、灰霧前砦は正式な施設になる。願ってもない格上げだ』


「格上げ、ですか」


 レインは、その言葉を口の中で転がした。紙の上だけ読めば、どちらも好意の申し出に見える。だが、何かが引っかかっていた。


「格が上がるというのは、こちらが上から見られるようになる、ということです」


 レインはミストの光に向けて言った。


「盾に祭り上げられたら、いざというとき『領のために前へ出ろ』と言われて、断れなくなります。正式な施設に格上げされたら、運用の方針を上から決められても、文句が言えなくなる。持ち上げられるのと、抱え込まれるのは、紙一重なんです」


『むう。言われてみれば、確かに』


 ミストの線が、しゅんと細くなった。


 セレスを呼んだ。


「この二通に、書いていないことがあります。何だと思いますか」


 しばしの沈黙のあと、分析の精霊が答えた。


『固定費です。深層監視のために毎日下りる当番一人。緩衝を保つために、恒常的に出ていく中枢魔力。どちらの文面にも、その負担を誰が負うのかが、一行も書かれていません』


「そういうことです」


 レインは台帳の固定費の行を、また指で叩いた。昨日、守る範囲を絞るときに見つめたのと同じ行だった。


「領は、盾として頼りたいと言う。けど、盾を毎日手入れする代金の話は、きれいに飛ばしています。委員会は、運用を握りたいと言う。けど、毎日地下に下りて世話する話は、こちらに置いていくつもりです。どちらも、おいしいところだけ見ているんです」


『権利だけを取り、責任を残す。監査の言葉で言えば、最も警戒すべき形の要求です』


 ノアが台帳に、新しい列を二つ起こした。相手が欲しがるもの、相手が負いたがらないもの。並べてみると、二通の手紙の正体が、はっきり輪郭を持った。欲しがるのは決定権と備えの安心、負いたがらないのは、毎日の魔力と、毎日の一人だった。


 深層を解放したときの地下で、レインは嫌というほど思い知っていた。重いものを軽く見せると、いずれ必ず破綻する。緩衝を一枚挟んだ代償も、毎日下りる当番の負担も、隠さず固定費として台帳に書き出したのは、誰かに「軽い預かり物」と勘違いさせないためだった。その台帳が、いまは外へ向けて効く番だった。


---


 レインは二通を裏返して、伏せた。


「方針を決めます。頼るなら、世話ごと。握るなら、世話ごと。それを軸にします」


 ベルダが腕を組んだ。


「言うのは簡単だけどさ。向こうは偉い方々だよ。世話の話なんか聞きたくないって、耳をふさがれたらどうすんだい」


「ふさげないようにします。昨日と同じです。守る範囲を絞ったときと、やることは変わりません」


 レインは、セレスに固定費を交渉用の資料へ整えるよう頼んだ。一日に下りる当番の数、持ち出す中枢魔力の量、緩衝を保つための手間。隠さず、増しもせず、ありのままの数字で。


『一つ、難しい点があります』


 セレスが、めずらしく言いよどんだ。


『中枢魔力の持ち出しは、目に見えません。盾の手入れ代のように、銭で数えられるものでもない。これを、銭の勘定しか読まない相手に、どう"重さ"として伝えるか』


「それは、当番の一人に語らせればいいんです」


 レインは即答した。


「毎日地下に下りているのが、生身の人間だということを見せるんです。数字の隣に、その一人の一日を置く。魔力がいくつ減ったかではなくて、誰が、何を、毎日やっているか。相手が領の実務家なら、人手の重さは分かります。それすら分からない相手なら、そもそも世話を任せられません」


「相手が『備え』とか『運用権』とか、ふわっとした言葉を出してきたら、その隣にこの数字を置きます。盾を持ちたいなら、手入れ代はこれだけかかります。運用を決めたいなら、毎日の世話はこれだけです。そう見せれば、向こうも、おいしいところだけ持っていくわけにはいかなくなります」


 ベルダは伏せた二通を引き寄せて、受付の流儀で仕分けにかかった。


「こっちの領主側の、人口と治安の報告をくれってのは、前からやってる定期のやつだ。これは突っぱねる話じゃない。だけど、運用権を寄こせってのと、深層の決定権の話は、要交渉だね。で、世話を置いてって権利だけ持ってくってのは、拒否だ」


 定期、要交渉、拒否。三つに分かれた途端、二通の重たい手紙が、捌ける仕事の山に見えてきた。


「別々に迎えたって、どうせ後で二人して突き合わせるだろ」


 ベルダが帳面の端を指で弾いた。


「片方に言ったことと、もう片方に言ったことが食い違ってたら、そこを突かれるよ」


「突き合わせればいいんです。どちらにも、同じ台帳を見せます。領主に見せた固定費と、委員会に見せた固定費が、一字一句おなじなら、後で並べたところで崩れようがありません。隠し事をして、別々に違う顔を見せるから、食い違うんです。こちらは、どちらにも同じ重さを見せる。それなら、何人で突き合わせようと、出てくる答えは一つです」


 最後に、レインは一つ決めた。


「二つを、同じ卓には着かせません。領主と委員会を一緒の部屋に入れたら、こちらを置き去りにして、二人で灰霧の分け前を相談しはじめます。別々の卓です。日取りもずらして来ている、ちょうどいい。一人ずつ迎えて、こちらが順番を決めます」


『交渉の主導権を、現地に残す、ということですね』


 ノアの声に、めずらしく賛同の響きがあった。


「向こうの日取りに、こちらが合わせるのではありません。こちらの段取りに、向こうを乗せます。守る範囲を絞るのも、外の手を捌くのも、結局は順番を決める仕事です」


---


 卓の上の段取りが、ようやく形になりかけた頃だった。


 外周の見回りから戻った若い作業員が、息を切らして駆け込んできた。


「ベルダさん、レインさん。あの、採集に来たって連中が、ちょっとおかしいんです」


「おかしいって、どう」


 ベルダが受付の帳面から顔を上げた。


「採れる場所のことは、ほとんど聞かないんです。なのに、門がいくつあるかとか、地下への通り道はどこかとか、そういうことばっかり、見て回ってて」


 レインとベルダは、目を見合わせた。


 頼る手紙と、握る手紙。その二通に気を取られている間に、紙にも蝋印にもならない三つ目の手が、もう砦の中を、静かに歩き回っていた。守る範囲を絞り、外の手を捌く段取りを組む――そのいちばん最初に来た客は、招かれざる下見だったらしい。


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