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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第7章:防衛拠点化編 ―― 守りきれる場所に作り変えろ
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第101話 守るって、なにを守るんだ

 深層監視が日課になじんだ頃合いを見て、レインは朝の打ち合わせで、卓の真ん中に灰霧前砦の見取り図を広げた。


「次にやることは、もう決まっています。この拠点を、守りきれる場所に作り変えます」


 言葉にすると、ミストが真っ先に食いついた。


『待ってました。防衛設計なら、ぼくの領分だ』


 光の線が図の上を走り、外周をぐるりと囲う高い石塁と、そこから網の目のように延びる退避路が描き足されていく。見栄えのする要塞の絵だった。


『外周を固めて、退避路を多重に張る。門は二重、どこから来ても捌けるようにする。これだけ引けば、まず破られない』


「壮観ですね」


 レインは図を眺めながら、別のことを考えていた。線が一本増えるたびに、それを見張る人手と、保つための魔力が要る。だが、ミストの絵には、その費用がどこにも描かれていなかった。


 今度はノアが、図の出入口を片端から塗りつぶしはじめた。


『防ぐなら徹底すべきです。深層方面の通路はすべて封鎖。来訪者は全数を審査し、素性の確かでない者は一切通さない。穴を一つでも残せば、そこが破られます』


「全部塞ぐと、こちらが出入りできなくなります」


『安全と利便は両立しません。守ると決めたなら、利便を捨てるべきです』


 ルカが、その横で手順を組み立てていた。


『審査も退避誘導も、自動化すれば人手は要りません。警報を鳴らせば、あとは決めた経路へ流れる。仕組みにしてしまえば――』


「有事というのは、決めた経路に流れてくれない時のことを言うんです」


 三体が三様に案を広げる横で、セレスだけが黙っていた。レインが水を向ける。


「セレス。どこをどう守るのがいちばん効くか、数字で出せますか」


『申し訳ありません。出せません』


 セレスの声に、いつもの淀みのなさがなかった。


『わたしが読めるのは、起きたことの数字だけです。採集量、事故の率、脈動の周期。どれも、過去に起きたから数えられる。ですが、まだ起きていない有事には、数える元がありません。攻めてくる相手も、いつも、どこからも分からない。前例のないものを、わたしは分析できないのです』


「正直でいいです。分からないものを、分かったふりで数字にされるほうが困ります」


 レインは三つの案を順に眺めて、軽く息を吐いた。要塞化、全封鎖、自動化。どれも理屈は通っている。だが、どれも前提が同じだった。守る力も、人手も、魔力も、いくらでもあるという前提だ。そして肝心の「何が来るか」は、いちばん賢いセレスにも読めない。


---


 その前提が、もう成り立っていない。


 台帳の固定費の行を、レインは指で叩いた。深層監視のために毎日下りる当番が一人。緩衝を保つために中枢魔力が恒常的に出ていく。これだけでも、砦の余力はぎりぎりまで削れている。そこへ要塞を一つ建てて、全数審査の受付をもう一列増やせば、守るための仕組みが、守るべき暮らしを先に食い潰す。


『なら、どこを削るんだ』


 ミストの線が、わずかに揺れた。


「削るのではありません。最初から、全部は守らないと決めるんです」


 レインは見取り図の上に、指で大きく丸を描いた。外周のすべて、上層の生業、深層へ通じる中枢、住民の宿舎。丸の中身が多すぎる。


「ここにあるもの、全部を同じ強さで守ろうとすると、結局どこも中途半端になります。守る力を均すと、いちばん大事なところまで薄くなるんです」


『優先順位をつけろ、ということですね』


 ノアの声に、めずらしく反論の角がなかった。


「そうです。どこが破られたら砦が終わるのか。逆に、どこは多少やられても立て直せるのか。それを先に仕分けます。守る範囲を絞らないと、何も守れません」


---


 その日の午後、レインはガルムを呼んで、同じ図を地下倉の卓に広げた。


 元凄腕冒険者は、図をひと目見るなり、ミストが描いた要塞の線を指でなぞって、鼻を鳴らした。


「こりゃあ、絵だな」


「絵ですか」


「絵だ。こんな壁、誰が見張る。外周ぐるり一周に人を立たせるだけで、今いる手の倍は要る。倍の人手で、倍の飯と寝床だ。一晩持たねえよ」


 ガルムは腰の炭を抜いて、図の上に無造作に線を引きはじめた。ミストの華やかな網の目とはまるで違う、短くて不格好な線だった。


「俺が冒険者だった頃にな、嫌ってほど見たんだ。守れもしねえ広い陣を張って、薄く伸びたところを食い破られて、全部崩れるやつをよ」


 炭を止めずに、ガルムは続けた。


「だいたい崩れるのは、強いやつに正面から押し込まれたときじゃねえ。誰も見てねえ薄いところを、こっそり抜かれたときだ。広く守るってのは、薄いところを自分で増やすってことなんだよ。立派な壁を遠くに引くより、狭くてもいいから、目の届く線を引け。冒険者の頃、生きて帰ってきたやつは、みんなそうしてた」


 炭の先が、深層へ通じる通路の入口と、上層の退避路の合流点と、住民の宿舎を、太い線で囲った。囲ったのは、丸の中のほんの一部だった。


「守れる線ってのはな、こんだけだ。俺がここに立って、目を配って、いざってときに走って間に合う範囲。これより広く引いたら、それはもう守ってるんじゃねえ。守ってるつもりになってるだけだ」


「守れない線は、引くな、ということですか」


「そういうこった。引いた線は、全部守るんだよ。守れる分だけ引いて、そこだけは絶対に割らせねえ。広く張って薄く死ぬより、よっぽどいい」


 レインは、ガルムが囲った狭い範囲を見つめた。要塞の絵に比べれば、みすぼらしいほど小さい。だが、その小ささには、ミストの絵にはなかったものがあった。この線なら、今いる人手と魔力で、本当に守りきれる。


---


「分かりました。守る範囲は、これでいきます」


 レインは炭の囲いを指でなぞって、確かめるように口に出した。


「深層へ通じる中枢。住民が逃げる退避の合流点。最低限の生業が止まらない上層の入口。この三つを核にします。外周の全部は守りません。やられても立て直せるところは、いっそ最初から数に入れません」


『守る対象を、はっきりさせる、ということですね』


 ノアが台帳に、新しい欄を起こした。守るもの、守らないもの、その理由。仕分けの列だった。


「守るという言葉が、ふわっとしすぎていたんです」


 レインはベルダにも図の写しを回しながら言った。


「壁を高くする、門を固める。それだけ言っていると、なんとなく守れた気になります。でも、何を守るのかを先に決めておかないと、いざというときに、守らなくていいもののために、守るべきものを見捨ててしまいます」


 ベルダは写しに目を落として、肩をすくめた。


「逃げる順番を決めとくのと、同じ理屈だね。誰から逃がすか決めてないと、出口でみんな潰し合う」


「そういうことです。守るのも、逃げるのも、結局は順番を決める仕事なんです」


「順番をつけるってことは、後回しにするものを決めるってことだろ。誰かに、お前のところは守らないって言うのかい」


 ベルダの問いは、痛いところを突いていた。レインは少し考えてから、首を振った。


「守らないとは言いません。やられても立て直せる、と言うんです。壊れたら直す。直し方なら、こちらはいくらでも持っています。直せないものだけを、絶対に割らせない核に置く。そういう仕分けです」


 守るべき核が三つに絞れた。次は、その三つを、誰が、何を合図に、どの順で守るのか。段取りに落とす番だった。守りの形が、ようやく輪郭を持ちはじめている。


---


 だが、その輪郭を引き終わる前に、ベルダが受付から早足で戻ってきた。


「レイン、領主側と、王都の委員会。二つとも、返事が来た」


 前に押し返したはずの、頼る手と握る手。それが、待っていたとばかりに次の一手を返してきていた。


「向こうも、こっちの地下を、守りたいやら、握りたいやらで放っておく気がないらしい」


 レインは、たった今絞ったばかりの守る範囲の図を見下ろした。狭く引いたはずの線が、外からの手で、もう一度広げられようとしていた。守る範囲を絞る話と、外の手を捌く話は――どうやら、地続きらしかった。


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