夜カフェの灯り
夜の帳が降りる頃、人々がカフェに集まってきた。
店内に入ると、岸さん兄弟が奏でるジャズの音色が聞こえてくる。
兄がピアノを弾き、弟がアコースティックギターを爪弾く。
二人はカフェ・エスポワールの常連客で今回の夜カフェで是非演奏したいと申し出てくれた。
照明がやや落とされた店内。
テーブルにはキャンドルの灯りが揺れ、スポットを浴びた二人に自然と注目が注がれる。
軽快でお洒落な雰囲気のジャズ演奏。
演奏に聞き入るお客さんには、珈琲や紅茶、レモネードといった思い思いの飲み物が運ばれてきた。
ケーキやクッキー、サンドイッチなども所々に置かれ、人々は、お皿を手に自由に好きな物を取って楽しんでいる。
今夜は隼人以外に咲耶、勇太、佐織も立ち働いていた。
隼人が淹れた珈琲や紅茶を咲耶と佐織がテーブルまで運ぶ。
勇太は、全体の進行が滞りなく進むよう指揮をとってくれていた。
また、隼人の親たちもカウンターやカフェ内で軽い手伝いをしてくれている。
ジャズの演奏が終わり、次に登場したのは、ギターの女性奏者である小林さんだった。
彼女の弾くボサノバは、柔らかく、ゆったりとした音色でカフェを満たした。
みんな、リラックスした気持ち良さそうな表情で過ごしているのが隼人にはわかった。
そして音楽の演奏が終わり……
結衣と野崎の朗読の時間が訪れた。
「今日は、宮沢賢治の世界に皆様をお連れしたいと思います。」
結衣がそう言うと、後ろのスクリーンに星が瞬く夜空の写真が映し出された。
『よだかの星』の朗読が始まった。
結衣の明るく透き通った声が響く。
よだかの周りから虐められるという苦しみから始まって、最後の星になるまでのストーリーに人々は、しんとなって聞き入った。
結衣が読み終わり、割れんばかりの拍手の後に現れたのは野崎だった。
野崎は『銀河鉄道の夜』を読み始めた。
低く、落ち着いた心地よい響き。
「野崎君、良い声ね。」
感心したように咲耶が呟く。
「本当にイケボだったんだな。」
そう勇太が隼人に言うと、隼人は黙って微笑んだ。
星空を走る列車に乗り込んだジョバンニとカムパネルラ。
不思議な乗客たち。
途中で突然いなくなるカムパネルラ……。
結末の何とも言えない切なさとジョバンニの父親が帰ってくるかもしれないという小さな希望。
物語の中盤から最後までを読んだ野崎だったが、人々は星空の物語を心から味わった様子だった。
その後、野崎は何編かの宮沢賢治の詩を朗読し、そっと本を閉じた。
野崎は、拍手と共に
「素晴らしかったよ。」
「また、是非聞かせて欲しい。」など、称賛の声に包まれた。
「大成功だったね、二人とも。
お疲れ様。」
隼人から、結衣と野崎は労いの言葉をかけられた。
やっと二人は嬉しそうに笑った。
「あぁ、緊張した~っ。」
結衣が言うと「俺も」と野崎が返す。
すっかり打ち解けた二人を見て隼人も穏やかな笑みを浮かべた。
休憩を挟んで、映画研究会の短編映画の上映。
美しい映像、どこか懐かしさが漂う風景、瑞々しい青春の1ページを見せてもらったとこちらも大反響だった。
肩を抱きあって喜ぶ映研の佐々木と阿部。
「凄く良かったよ。」と野崎も彼らを祝福した。
夜カフェのイベントもいよいよ終盤に入った。
「これから、スライドショーを行います。
こちらの日下部さんが撮られた写真をご紹介しますので、皆様、どうぞお楽しみください。」
勇太が日下部の隣に立ち、彼を紹介した。
緊張した面持ちの日下部。
次々と映し出される写真に
「あっ、ここ知ってる!いつもの風景が違って見える。綺麗だね。」
「お豆腐屋さんの源さんじゃない。」
とお客さんの反応も良く、やはり、カフェ周辺の街を撮った写真には反響が大きかった。
大学で撮った結衣と野崎の自然体の写真も評判が良く、二人の仲の良さにも注目が集まった。
「お前たち、付き合ってるの?」と野崎は映研の二人に聞かれ、そんなことはないと必死に否定していた。
「付き合ってるって言えばいいのに。違うのかな?」
と勇太もの野崎を見て笑っていた。
客席の一番前の席には、結衣と隼人の祖母、光恵が座っていた。
隼人が光恵に近づいて
「おばあちゃん、今日は来てくれて有難う。」
と声をかけた。
「隼人、今日はとっても楽しかったわ。ありがとう。
私、宮沢賢治が好きだから朗読会を聞きたくて咲耶と真紀に連れていってって頼んだのよ。」
「そうだったんだ。
聞いてもらえて良かったよ。」
「音楽も良かったし、写真も好きだったわぁ。」
「僕の淹れた珈琲は?」
「えっ、それは世界で一番美味しいわよ。」
光恵はそう言ってにっこり笑った。
冗談で聞いたつもりだったが、祖母の言葉を聞いてじんわりと胸が熱くなった。
カフェで笑い合っている人たち。
美味しそうに珈琲を飲む人たち。
今日集まって幸せそうにしているお客さんたちを見て、隼人はイベント、開いて良かったなとしみじみと思った。




