一瞬を切り取って -煌めく街・人-
朝からかなり気温が高い。
梅雨明けしてからの暑さは連日、厳しいものがあった。
「隼人さんから頼まれて、この街の写真を撮り始めたけれど……この日差しはたまらないな。」
そう言って帽子を被り直した日下部は、恨めしそうに目を細めて太陽を見上げる。
彼は、カフェ・エスポワール周辺をカメラを携えて歩いていた。
昔ながらの商店街も近くにあり、和菓子屋さん、お豆腐屋さん、魚屋さんなど……お店の前で立ち止まっては写真を撮る。
許可を取って時々、店主本人も撮る--。
カフェ・エスポワールの名前を出すと快く協力してくれる人が多い。
評判を聞いて、実際に隼人の店に行って珈琲を飲む人も多いようだ。
流石は隼人さん。
街の人との繋がりを大切にしていると日下部は思った。
この辺りで一番大きな神社の境内でも撮影を行ったが、夏の昼下がりの温か味のある写真が何枚か撮れた。
境内に住み着いているのか、三毛猫も木陰で前足や後ろ足を上げて丁寧に毛繕いしている。
「可愛いなぁ。」
動物好きの日下部は、三毛猫にもレンズを向けた。
神社を出てしばらく歩くと大学がある。
歴史のある大学だから、その佇まいも絵になるな……。
大学の庭でも写真が撮れたら良いかもしれない。
そう思って日下部が大学の門の前に立っていると、仲の良さそうな男女が中から出てきた。
あの人たちにモデルになってもらおうかな。
日下部が二人に近づいて事情を話すと
「えっ、カフェ・エスポワール?
あなたもあのカフェの関係者なんですか?」
男性が驚いたように日下部を見た。
「えっ?
君たちもカフェ・エスポワールを知ってるの?」
日下部もびっくりして思わず二人に問い掛けた。
「僕ら、今度カフェ・エスポワールのイベントで朗読をするんですよ。」
「本当に?じゃあ、隼人さんに君たちも色々頼まれたんだね。」
「はい。僕は野崎です。」
「私は、森咲です。」
二人は日下部に挨拶し、微笑んだ。
「僕は、日下部です。
夜カフェでは、写真を担当しているんだ。」
「あぁ、隼人さん、スライドショーもやるって言ってました。
日下部さんのお写真だったんですね。
隼人さんが日下部さんの撮られる写真が凄く好きみたいで……。
お会いできて光栄です。」
野崎が日下部を見て少し緊張気味に言った。
「そんな……僕なんて、まだまだで。
あっ、それなら君たちにモデルお願いしやすくなったな。
やってもらえる?」
「私たちで良ければ……。」
結衣がそう言うと
「大学に撮影許可、もらえるかな?
個人撮影だし、学生課に届けを出したら大丈夫かな。」
日下部が心配そうに二人に聞いた。
「じゃあ、今から学生課に行ってみます?」
野崎の言葉に日下部も「お願いできるかな。」と一緒に学生課に頼みに行くことにした。
その後……
校内に入らず、庭だけでならということで日下部は許可をもらった。
商業用ではなく、カフェのイベントで写真を使うという撮影の意図も大学側に伝わったようだ。
早速撮影に入る。
夏の夕暮れの光が美しい時間に日下部は、二人を色々な場所に立たせてシャッターを切った。
「うん、良い感じに撮れたな。」
日下部は、液晶画面に写った二人の写真を確かめながら、満足そうに呟く。
「えっ、見せてもらえますか?」
「私も見たい!」
野崎と結衣も画面を覗く。
「わぁ~っ、綺麗に撮れていますね。
光の入り方が素敵です。」
結衣が喜びの声をあげる。
「凄く自然な感じに撮れていますね。
大学の庭がこんなに良い雰囲気だったなんて知らなかったな。」
野崎も感心している。
「ねっ、良い写真が撮れたよね。」
日下部も嬉しそうだ。
「これから、隼人さんのところに行って、この写真、見せませんか?」
結衣がそう言い出すと日下部も野崎もそれに従った。
すっかり日は落ちたが、空にはまだうっすらと茜色が残っている。
三人は、カフェ・エスポワールの扉を開けた。
「いらっしゃいませ……。
あれ、日下部さん。結衣ちゃんと野崎君も。」
隼人が驚いたように三人を見つめた。
「隼人さん、こんばんは。
さっき、この二人に大学前で会って。
今まで森咲さんと野崎君を撮影していたんですよ。」
少し日焼けして赤くなった顔で日下部が隼人に伝えた。
「日下部さんと結衣ちゃんたち、知り合いになったんですね。
しかも、写真撮影まで……。
凄いなぁ。」
「凄いですよね、隼人さん。
私たち、偶然日下部さんに出会って、初めてモデルまでしちゃいました。」
結衣が嬉しそうに報告する。
「なかなか良いモデルでしたよ。二人とも。」
日下部の言葉に野崎も照れくさそうに笑っていた。
「暑かったから、疲れたでしょう。
三人とも、あちらに掛けてください。
今、冷たい飲み物出しますから。」
奥のソファー席に案内されて、日下部たちは、腰掛けた。
ほどなく、アイスレモンティーが運ばれてきた。
「夏はさっぱりしますよ。」
隼人の透明感のある声と笑顔。
汗もひくなぁ。爽やかな隼人さんを見ると……。
すぐにそう思ってストローを咥えてアイスレモンティーを飲み始めた結衣。
隼人の爽やかさを感じたのは、日下部や野崎もいっしょだった。
「レモンの味がきいているなぁ。隼人さんの言う通り、心も体も爽快になる感じがする。」
日下部も美味しそうにアイスレモンティーを飲んでいる。
「本当ですね。」
野崎も目を閉じて味わっているようだ。
三人は、涼しい店内でアイスレモンティーを飲みながら、生き返ったような気がしていた。
日下部が一息着いたところで、隼人は今日撮った街の風景や、人々の写真を見せてもらった。
そこには、結衣や野崎の写真もあった。
「日下部さん、凄く良いですよ。
この街の風景だけでなく、そこに生きている人たちの息遣いまで伝わってくるような写真です。」
液晶画面を覗いた隼人は、少し興奮したように言い、日下部を見て微笑んだ。
「わぁ、隼人さんにそう言ってもらえたら安心しました。」
日下部もほっとしたようだ。
「私たちも当日、スライドショーに登場するのね。
わくわくするなぁ。」
「そうだね、ちょっと恥ずかしい気もするけど。」
日下部は、結衣と野崎を優しく見て言った。
「いや、君たちの青春の記録でもあるから、撮れて良かったよ。
きっと後で見たら、良い写真だなって思うよ。
瞬間を切り取る……
写真ってそういうものだから。」
日下部の言葉は、隼人にも伝わり、彼の胸の奥に静かに落ちた。




