ガトー・ショコラと次の季節へ
夜カフェのイベントが終わってから数日後の日曜日。
勇太と佐織がカフェ・エスポワールにやってきた。
まだ開店前で店に人はいない。
「隼人君、こんにちは。」
「よっ、隼人、来たよ。」
二人がカフェの扉を開ける。
「いらっしゃい。」
隼人が柔らかな笑顔で二人を出迎えた。
隼人の隣には咲耶も立っている。
咲耶が二人を奥のソファー席に案内し、水とおしぼりをテーブルに置くと自分も勇太たちと一緒に腰かけた。
「今日はね、隼人が二人にお礼をしたいって。
夜カフェ、手伝ってくれたでしょ。」
「お礼?」
勇太が驚いたように咲耶を見る。
「そんな……私たちは別に手伝いたいから、手伝っただけで。」
佐織も恐縮したような表情で呟いた。
「二人がいてくれたから、夜カフェが滞りなく開催できたんだよ。」
隼人がアイスコーヒーを淹れて三人に運んできた。
「特に勇太、お前が発案した色々な企画……
素晴らしかったよ。
実際に当日は、目の前でお客さんの音楽や映研の映像が流れたり、朗読会やスライドショーが催されたりして、俺……感激したよ。」
隼人の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「おい、隼人。お前、泣いてるのか?」
勇太の声に
「いや、思い出したら何だか……また、胸がいっぱいになって。」
と隼人は声をつまらせた。
「隼人君が泣くなんて珍しいわよね。
勇太君、凄いよ。こんなに隼人君を感動させたなんて。」
佐織が勇太を見て嬉しそうに言った。
「そうよ、隼人は滅多に泣くことなんてないんだから。
よっぽど勇太君に感謝しているんだと思うよ。」
咲耶も目を細め、微笑みながら勇太を見た。
「俺は……何となく思い付いたことを言ったまでで。
そんなに隼人に感謝してもらえるなんて思わなかった。」
勇太が少し照れたように俯いた。
隼人がそんな勇太をにこやかに見て言った。
「今日はさ、俺、ガトー・ショコラを皆へのお礼に焼いたんだ。
食べてくれる?」
隼人がカウンターに戻ると人数分、ガトー・ショコラを切り分けてお皿に乗せ、テーブルに運んできた。
「わぁ。私、このケーキ好き。」
佐織が顔を輝かせた。
早速一口、ケーキを口に入れた勇太。
「おっ、これは濃厚だな。でも、軽さもあるような……。」
「わかる?メレンゲが入っているから軽さが出るんだよ。」
隼人が嬉しそうに説明する。
「メレンゲ?」
勇太が手を止めて顔を上げる。
「あぁ、卵白のことよね。」と咲耶が隼人を見た。
「うん、そう。チョコレートとバターをたっぷり使ってあるからしっとりしていているけど、卵白が入ってるから重くならず、軽く仕上がっているんだと思う。」
「なるほど。旨いよ、これ。
お前、ケーキ作りも頑張ってるよな。」
「うん、本当に美味しい。」
佐織も一口ずつ、大事そうに食べている。
三人はケーキを食べた後、隼人も交えて他愛もないお喋りをした。
学生時代のこと、今の仕事のこと、これからしたいこと……。
「で、二人はいつ頃、結婚するの?」
咲耶が勇太と佐織を見た。
「えっ、いつ頃って……。」
佐織が困惑したような面持ちで勇太を見る。
「あぁ……。そ、そうだな。来年?」
「えっ、来年なの?」
佐織が驚く。
「うん。来年、しようか?佐織が良ければ……。」
「本当に?来年のいつ?」
「そ、それは佐織の好きな時期にしたら?」
「じゃあ、春がいい!」
「あっ、そう。春ね。じゃあ、春ってことで。
俺は学校の卒業式や入学式があるから、3月、4月は避けてもらえたら……ありがたい。」
「じゃあ、5月!」
「わかった、5月な。
あれ?俺、今、隼人と咲耶の前で佐織にプロポーズしたわけ?」
勇太が顔を赤らめている。
「そういうことになるな。」
隼人が笑っている。
「良かったね、佐織。」
咲耶も佐織を見て満足そうに言った。
「うん。なかなか勇太君、プロポーズしてくれなかったから……私もあんまり期待してなかったんだ。
だから、すっごく嬉しい。」
「公開プロポーズ、しちゃったんだな、俺。」
「私と隼人が証人ってことで。勇太君、咲耶をよろしくお願いします。」
咲耶は勇太を見てニコニコしている。
「私、結婚式はやっぱり、ここ、エスポワールでしたい。」
佐織が懇願するように隼人を見た。
「佐織、本気だったんだな。前にそう言ってたけど。
できるのか?隼人。」
「う~ん。そうだな。考えてみるよ。
結婚式となると……どこか料理上手なシェフでも呼んでくるか。」
「そうね。色々考えてみましょうよ。
佐織と勇太君の希望も取り入れて、素敵な結婚式にしましょう。」
隼人と咲耶の言葉に佐織と勇太も顔を見合わせて、少し緊張したように微笑んだ。
「あっ、俺、婚約リングも用意しなきゃだな。」
勇太の言葉に
「本当に?」と佐織も嬉しそうにしている。
「何か、順序は逆になっちゃったけど。
許してね。」
「大丈夫よ。佐織なら許してくれるから。
今度は二人っきりで勇太君から佐織にリング、渡してください。」
咲耶が勇太にお願いした。
「う、うん。何だか照れるな、それも。
そもそも、今日は俺、何しに来たんだっけ?
凄い展開になっちゃったな。」
「いいの、いいの、これで私も安心したわ。」
咲耶がそう言うと
「俺も。」
と隼人も頷いた。
「何だよ~、二人とも。何が安心しただよ。」
勇太は咲耶たちに文句を言ったが、本気で怒っているわけでもなさそうだ。
佐織も勇太の隣で笑っている。
こうしてカフェ・エスポワールでは、来春、初めての結婚式が開かれることになった。
隼人は、このカフェで開かれる結婚式を想像して、今から胸の高鳴りを感じていた。
外からは蝉の声が盛んに聞こえてくる。
残暑はまだまだ続きそうだが、四人の心は涼やかでそれぞれの未来に希望を馳せていた。




