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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第2章 殺すことを選んだ祓い

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第14話「祈りを欲しがる家」 その1 祈りが増える部屋

 最初は、物音だった。


 夜中、台所の方から聞こえる、かすかな擦過音。

 引き戸が揺れるような、あるいは誰かが畳の上を引きずるような。


 加藤美佐かとうみさ、三十五歳。

 夫と小学生の娘と三人で暮らす、ごく普通の主婦だった。


 眠りが浅いわけではない。

 むしろ、最近は疲れすぎて、布団に入ればすぐに意識が落ちる。


 それでも、その夜は目が覚めた。


(……また?)


 胸の奥に、嫌な予感が沈殿している。


 夫は隣で眠っている。

 規則正しい寝息。

 異常はない。


 なのに。


 家の中に、「自分たち以外の気配」がある。


 美佐は、ゆっくりと身体を起こした。

 時計を見ると、午前二時三分。


 最近、決まってこの時間だ。


 廊下に出ると、ひんやりとした空気が足首に絡みつく。

 エアコンは切ってある。

 それなのに、冬の床のように冷たい。


 台所の明かりが、ついていた。


(消したはずなのに)


 スイッチに手を伸ばしかけて、止まる。


 明かりの下、

 食卓の中央に「何か」が置かれている。


 白い布。


 いや、違う。

 よく見ると、それは布ではなく、

 紙だった。


 無数の紙片が、重なり合い、

 まるで布のように広がっている。


 紙の一枚一枚には、

 細かい文字がびっしりと書き込まれていた。


 読めない言語。

 だが、文字の並びだけで分かる。


 これは、文章だ。


 ——祈りだ。


 美佐の喉が、ひくりと鳴った。


 その瞬間、

 紙の束が、わずかに蠢いた。


 呼吸するように、上下する。


「……っ」


 後ずさる。


 だが、背後で、きい、と音がした。


 振り返ると、

 娘の部屋のドアが、半分だけ開いている。


 中から、声がした。


 娘の声だ。


「……ママ?」


 その呼びかけに、

 美佐の心臓が一気に締め付けられる。


「どうしたの、起きちゃった?」


 声が震えないよう、必死に抑えた。


 娘の部屋に向かおうとした、その時。


 台所の紙の山が、はっきりと「動いた」。


 紙が剥がれ、

 その下から、黒い影が立ち上がる。


 影は、人の形をしていない。

 だが、複数の腕のようなものが折り重なり、

 不自然な「家族の輪郭」を形作っている。


 父の背丈。

 母の肩。

 子どもの頭。


 それらが混ざり合い、

 ひとつの塊として立ち上がっていた。


『……祈りが……足りない……』


 声は、ひとつではない。

 夫の声。

 娘の声。

 知らない誰かの声。


 すべてが、同時に響く。


『もっと……祈れば……』


『守れる……』


 美佐は、足が動かなくなった。


(……違う)


 これは、祈りじゃない。


 祈りの形をした、要求だ。


『この家を……守るため……』


 影が、一歩近づく。


 床に落ちた紙片が、

 ずるり、と美佐の足首に絡みついた。


 紙の表面に、

 自分の名前が書かれているのが見えた。


《KATO MISA》


 その下に、

 震えるような文字で、こう続いている。


《STATUS:Saved》


「……やめて……」


 声が、かすれる。


 娘の部屋から、足音がした。


 小さな足。

 裸足で、こちらへ向かってくる。


「ママ……」


 その声を聞いた瞬間、

 美佐の中で、何かが決定的に壊れた。


(守らなきゃ)


 ——この家を。

 ——この子を。


 影が、ゆっくりと腕を伸ばす。


『祈れ』


『捧げろ』


『そうすれば……救われる……』


 美佐の視界が、

 白く滲んだ。


 次に彼女が何をしたのか、

 後から思い出すことは出来ない。


 ただ、翌朝。


 この家は、外から見る限り、

 何の異常もなかった。


 玄関も、窓も、鍵が掛かっている。


 ただ一つ。


 中から、

 誰の声も、

 もう聞こえなくなっていた。

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