第11話「祓屋を名乗る女」 その5 選ばなかった終わらせ方
女は、救急隊に引き渡された。
意識はある。受け答えもできる。
ただ、ときおり言葉に詰まり、自分が何をしてきたのかを正確には思い出せない様子だった。
「……“正しくした”と思っていました」
担架に乗せられながら、女はそう呟いたという。
それ以上の供述はなかった。
高峰修一は、廊下の壁に背を預け、息を吐いた。
「……後味が悪いな」
「仕方ありません」
真名井梓は、淡々と答えた。
「今回は、誰も壊さずに済みました」
「壊れてない、か?」
高峰は、視線を床に落とした。
助かった人間の数。
失われなかった命。
すべて帳簿上は、確かに“被害ゼロ”だ。
だが――
「あの女は、また同じことをやると思うか?」
「やりません」
梓は即答した。
「少なくとも、同じ形では」
高峰は何も言わなかった。
納得したとも、不満だとも、取れない顔。
そのとき、不意に空気が変わった。
廊下の奥。
人の気配が、違う。
ブーツの音が、静かに近づいてくる。
規則的で、無駄がない。
「……来たか」
高峰が低く言う。
佐々木結衣は、曲がり角から姿を現した。
ショートカットの髪。
細身の体。
表情はいつもどおり、感情が読めない。
ただ、その目だけが現場を走査していた。
まるで、戦場に遅れて到着した兵士のように。
「終わった?」
結衣は、梓を見て言った。
「ええ」
梓は頷いた。
「今回は、保護で対応しました」
結衣の視線が、救急隊の方へ一瞬だけ向かう。
その目に、明確な判断が浮かんだ。
「……甘い」
短く、それだけ。
「消せた」
「できませんでした」
梓は否定しない。
「彼女は残響ではありません」
「でも、人を壊しかけた」
「はい」
梓は一呼吸置いてから続けた。
「ですが、壊した“つもり”になっていただけです」
結衣は首を傾げた。
「意味分からない」
「分からなくて構いません」
梓の声は、変わらない。
「私は、直す側です」
結衣の目が、わずかに細くなる。
「……直せなかったら?」
「それでも、消す前には必ず見ます」
沈黙が落ちた。
高峰は、二人の間に流れる空気に言葉を挟めずにいた。
結衣が一歩、梓に近づく。
「じゃあ、次にああいうのが出たら?」
「同じ判断をします」
即答だった。
「……死人が出ても?」
「出ないように、早く行きます」
結衣は、鼻で短く息を吐いた。
「理想論」
「そうかもしれません」
梓は否定しない。
「ですが、“戻れる可能性”がある限り、
私はそれを選びます」
結衣は、しばらく梓を見つめていた。
怒っているわけでも、軽蔑しているわけでもない。
ただ、価値観が違うことを再確認している目。
「……私は、選ばない」
静かに言う。
「危ないものは、消す」
それだけだった。
結衣は踵を返し、来た道を戻り始める。
「結衣…」
梓が呼び止めた。
結衣は振り返らない。
「今回は、被害者が戻れます」
結衣は、足を止めたまま答えた。
「……それは、良かったね」
声に感情はなかった。
ただ、その一言で、二人の立ち位置の違いははっきりした。
結衣は歩き去る。
梓は、その背中を追わない。
高峰が、小さく息を吐いた。
「……ああはならないのか?」
「なりません」
梓は言った。
「なる必要がありませんから」
夜の病院は、静かだった。
過剰な整然さは消え、
人の気配が、ようやく戻ってきている。
完璧ではない。
不安も、迷いも、苦しみも、残っている。
それでも。
(……これでいい)
梓はそう思った。
壊れた世界は、正しく直せないことの方が多い。
それでも、戻す方向だけは間違えない。
それが、
自分が祓屋である理由だった。




