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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)――都市怪異を修正する祓屋の記録  作者: みえない糸
第3章 修正できなかった世界
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第32話 灯火 その4 燃える理(ことわり)

 圧力が落ちた。


 押し潰していたはずの力が、途中で途切れる。


 消えたのではない。

 無効化されたのでもない。


 成立していない。


 世界の側が、

「その因果を受理していない」。


 果心居士は理解できず、数瞬、沈黙した。


《……何をした》


 声が低い。


 怒りではない。

 不安でもない。


 警戒だ。


 梓は答えない。

 答えられない。


 胸の奥が熱い。

 鼓動が違う。

 自分の心臓とは別の拍動がある。


 脈ではない。


 演算の周期。


 空間が軋む。


 闇が後退する。


《……待て》


 果心居士の声が揺れる。


《これは……》


 視線が梓ではなく、周囲を走る。


《違う》


《術式ではない》


《祈りでもない》


 闇が震える。


《……誰だ》


 問いの向きが変わる。


 梓ではない。

 空間へ。


《誰が干渉している》


 その瞬間。


 世界が、わずかに沈んだ。


 深度が変わる。


 空間が「奥」にずれる。


 残響空間のさらに下層。

 基盤層。


 果心居士の声が裂ける。


《触れるな》


《そこは――》


 言葉が途切れる。


 理解が追いつかない。


《人間が立っていい場所ではない!!》


 梓の周囲に、透明な歪みが生まれる。


 光はない。

 炎もない。


 だが闇が近づけない。


 触れようとした部分が、

存在できなくなる。


《……っ》


 果心居士が後退する。


 明確に。


《なぜ……》


《なぜ人間が……》


 声が掠れる。


《侵界の気配を持つ》


 その言葉は呪いのように落ちた。


《……いや、違う》


《不完全だ》


《だが……》


 震え始める。


《発火している》


 闇が乱れる。


 幻影が崩れる。


 術式の秩序が壊れる。


《やめろ》


 声が荒れる。


《それ以上は――》


 空間が震える。


 見えない何かが「読み込まれる」。


 ログの流入。


 更新。


 再構築。


《待て》


《待て待て待て》


 完全に狼狽している。


《同時……だと……?》


 果心居士の声が裏返る。


《あり得ない》


《中和系と……制限系……》


《矛盾する!!》


 空間が二重に歪む。


 一方は、静かに整える力。

 一方は、永久に固定する力。


 再起と墓標。


 動かす力と止める力。


《やめろ》


《それは世界の仕様に反する!!》


 悲鳴に近い。


《誰が許可した》


 答えはない。


 梓の意志ですらない。


 世界判断。


 世界が「必要」と見なした処理。


《消去だ!!》


 果心居士が叫ぶ。


《それは修正ではない!!》


《存在の消去だ!!》


 違う。


 それは消していない。


 再起している。


 同時に――


 失敗例として固定している。


 未来を与えないまま。


《やめろ……》


 声が弱くなる。


《我は消えるべき存在ではない》


《我は歴史だ》


《記録だ》


《人の後悔の集積だ》


 闇が崩れる。


《なぜ……》


 震える。


《なぜ人間が……》


《世界に判断させる》


 梓は立っている。


 だが自覚はない。


 体はほとんど動かない。


 ただ――


 拒絶だけがある。


 消えたくない。

 終わりたくない。

 ここで終わらせたくない。


 その感情が、

世界側の処理を呼び込んだ。


《戻せ》


 果心居士が叫ぶ。


《それを止めろ》


《今ならまだ――》


 言葉が崩れる。


《墓標が立つ》


 恐怖が滲む。


《固定される》


《永遠に》


 理解している。


 それは死より重い。


 終わりのない停止。


 存在するが変化できない。


 世界の失敗例。


《……いやだ》


 声が幼くなる。


《我はまだ喰える》


《まだ集められる》


《まだ続けられる》


 完全に錯乱している。


《やめろやめろやめろ》


 闇が暴れる。


 幻影が無差別に現れる。


 青木。

 原澤。

 水谷。

 愛音。


《守れなかった者だ》


《すべて貴様のせいだ》


 梓の心が揺れる。


 一瞬。


 処理が遅延する。


 果心居士が食いつく。


《そうだ》


《貴様は無力だ》


《何も守れていない》


 だが――


 消えない。


 胸の奥の熱は。


「……それでも」


 声が掠れる。


「……私は」


 言葉にならない。


 だが、意味は成立する。


 次の瞬間。


 処理が完了した。


 音はない。


 衝撃もない。


 ただ。


 果心居士の世界が、静かに「凍った」。


 闇が動かなくなる。

 幻影が止まる。

 歪みが固定される。


 同時に。


 中心の存在だけが、再起される。


《……何を》


 声が途切れる。


 自分の状態を理解できない。


《我は……》


 動けない。


 崩れない。


 消えない。


《……生きているのか》


 だが変化できない。


《……違う》


 理解する。


 そして――


 絶望する。


《これは……》


 声が震える。


《生ではない》


《死でもない》


《……保存だ》


 最後の言葉。


《貴様……》


 梓を見る。


《何を呼んだ》


 答えはない。


 世界は、ただ処理しただけ。


 次の瞬間。


 果心居士の姿が静かに薄れる。


 消滅ではない。


 記録層への隔離。


 失敗例の固定。


 永久停止。


 何も残さず。


 何も失わず。


 ただ――

未来だけを奪われて。


 闇が消える。


 残響空間が崩壊する。


 現実の匂いが戻る。


 消毒液。

 空調の風。

 機械音。


 梓は床に倒れた。


 呼吸ができない。

 視界が暗い。


 体が冷たい。


 最後に見えたのは――


 白い天井。


 その奥。


 誰かが見ているような気配。


 評価でも監視でもない。


 ただの確認。


 処理完了の確認。


 そして。


 意識が落ちた。

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