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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)――都市怪異を修正する祓屋の記録  作者: みえない糸
第3章 修正できなかった世界
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第27話 奪う者と狩る者 その7 奪う者と、立ち塞がる影

 残響空間は、現代ではなかった。


 炎が空を舐めている。


 木造の家々が連なり、赤く燃え崩れ、黒煙が立ち昇る。地面には無数の死体。斬られ、踏み荒らされ、積み重なり、焼け焦げ、顔の判別もつかない。泣き声と怒号が渦を巻き、逃げ惑う影が炎の向こうで倒れていく。


 ここは真刀徳次郎の世界だ。


 奪い、斬り、踏みにじり、愉悦と共に駆け抜けた記憶の再構成。


 梓はその地に立っていた。


 コートの裾が熱風に揺れる。八鍵を握り、静かに息を整える。


「……深層心理の投影ですね」


 低く、だが揺らぎなく。


 視線の先、炎の奥から一人の男が歩み出る。血に濡れた刀を携え、笑っている。だがその笑みは現代の凶悪犯のそれではない。もっと古い。もっと乾いている。


《ようやく来たか、祓う者!》


 真刀徳次郎の声が、空気そのものから響く。


「あなたが寄生している器は、根石健光ですね」


《器? 違うな。あれは“資質”だ》


 徳次郎は刀を肩に乗せる。


《元より殺す事を好む男だ。少し、磨いてやっただけよ》


 足元の死体を蹴る。軽い。中身が抜けたように転がる。


 梓は八鍵を構えた。世界の構造を読む。炎の揺らぎ、死体の配置、声の反響。すべてが徳次郎の意識で結線されている。


「あなたは、奪うことでしか存在を保てない」


《違う!》


 徳次郎の目が細くなる。


《奪うのではない。試すのだ。斬られるに値するかどうか》


 次の瞬間、距離が消える。


 徳次郎が踏み込んだ。


 斬撃が梓の頬をかすめる。熱が走る。残響空間での傷は、現実にも影響する。


 梓は一歩退き、八鍵を操作する。


「構造再結線、第一段階」


 炎の一角が揺らぐ。家屋の並びが歪み、徳次郎の足場をずらす。


 だが徳次郎は笑った。


《そんな小細工効くかよ!》


 再び斬りかかる。今度は首筋へ。


 その瞬間。


 徳次郎の刀が弾かれる。


 銀髪の人影が走った。


 炎の中に立つ、後ろ姿。


 その瞬間、梓の胸が強く打つ。


 鼓動が一拍、遅れる。


(結衣……⁉︎)


 あの背中。

 あの距離感。

 命を投げ出すような立ち位置。


 だが、違う。


 肩幅が広い。

 重心が低い。

 構えが鋭い。


 これは、結衣ではない。


 銀髪の男は無言で徳次郎と対峙している。


《ほう》


 徳次郎が目を細める。


《貴様は狩る者か?》


 返答はない。


 ただ、間合いを詰める。


 刃と刃が交錯する。金属音が炎の中で響く。水谷の動きは静かだ。無駄がなく、殺気が薄い。だが確実に徳次郎の軌道を読む。


 梓は息を整え直す。


「……あなたはいったい?」


 問いかける。


 男は答えない。


 徳次郎が笑う。


《祓屋と、狩人か。面白い!》


 斬撃が三連続で走る。水谷が受け流す。だが徳次郎の動きは重く、鋭い。歴史を重ねた斬り筋だ。


 突然、徳次郎の気配が変わる。


《……助けてくれぇ》


 声が変わった。


 根石健光の声だ。


《俺は、やりたくなかったんだ……それなのにあいつが、勝手に……助けてくれぇ……》


 炎が揺らぐ。


 梓の視界に、縛られた男の姿が浮かぶ。泣いている。震えている。


「……まだ、意識が残っているの?」


 梓は一瞬、八鍵の入力を緩める。


 その瞬間。


 泣き声が、笑い声に変わる。


《馬鹿め!!》


 徳次郎の斬撃が梓へ向く。


 水谷が踏み込む。クナイが刀を弾く。火花が散る。


 徳次郎は舌打ちする。


《よくも邪魔をする》


 炎が一層高くなる。死体が動く。徳次郎の世界が、侵入者を排除しようと歪む。


 梓は悟る。


 これは根石の救済ではない。演技だ。徳次郎の愉悦の一部。


「……修正を続行します」


 水谷の横をすり抜け、再び八鍵を構える。


 徳次郎の笑みが深くなる。


《来い、祓屋。どこまで斬れるか、試してやろう》


 炎の中、三つの影が対峙する。


 奪う者。

 戻す者。

 そして、狩る者。


 世界が軋む。


 だがまだ、終わらない。

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