第27話 奪う者と狩る者 その5 中森と水谷
中森安行の事務所は、震災後も奇妙なほど機能していた。電源は確保され、回線は生きている。情報だけは、どんな災害でもしぶとく残る。
机の上には、数枚の現場写真。
斬撃痕。
不自然に少ない血溜まり。
骨が露出しているのに、周囲が綺麗に整っている。
「……地震は便利だな」
中森は煙草をくわえたまま呟く。
「インフラが死ねば監視が飛ぶ、混乱で死体が増えても目立たねぇ。で、その隙間からこういうのが出てくる」
写真を指で叩く。
「楽しんでいやがる!」
携帯を取り上げ、短い登録名を押す。
水谷 真。
数回の呼び出しの後、繋がる。
「おい水谷、生きてるか」
『…はい、生きてます』
丁寧な落ち着いた声。
「いい返事だ。今どこだ」
『西の仮設区域です。別件の残響を処理しています』
「終わったら動け。案件だ」
『…内容を』
「寄生タイプ。器に食い込んで、人格ごと使う。今回は元が凶悪だ」
一拍。
『残穢が強い個体ですか?』
「強い。質も悪い。しかも快楽殺人者だ。殺すこと自体が楽しくなってやがる」
中森は椅子にもたれかかる。
「器は死刑囚の根石健光だ。元から殺しに躊躇がねぇ。そこに残響化した“真刀徳次郎“が唆して寄生してやがる」
通話の向こうで、風の音がする。
『…真刀徳次郎?』
「そいつは江戸の大盗賊だ。斬る技術がある悪党ってのは、残響になると技量も跳ね上がる。理屈は単純だ。“上手い”からな」
『現場座標を送ってください』
「もう送った。確認しろ!」
わずかな間。
『…確認しました』
「今回の残穢は価値がある。集めろ!」
『分かりました』
短いが、迷いはない。
中森は煙を吐いた。
「……真名井も動く可能性がある」
一瞬、通話の向こうが静まる。
『…祓屋ですか?』
「そうだ。やり方が違う。お前は狩る。あいつは直す。ぶつかるなとは言わねぇが、余計な摩擦は作るな」
『了解です』
「ただし、寄生タイプは宿主を使って欺き、謀るぞ。根石の意識を出してくる可能性が高い」
『…演技ごときに騙されません』
「そういうことだ。情に寄せて斬る側の手を鈍らせる」
中森は写真を裏返した。
「真刀徳次郎はな、斬り方を教えている、嬉しそうにな。器が使い易い様に宿主の腕を使う。根石が混ざり取り込まれたら、被害は跳ねる」
『…急ぎます』
「頼んだ。……遅れるなよ」
『はい』
通話が切れる。
中森はしばらく動かない。
引き出しの奥にある薬瓶を見つめる。残穢から精製した抑制薬。進行を止めるだけの代物。
「足りねぇな……何するにしても」
誰に言うでもなく呟く。
⸻
その頃。
水谷真は崩れた商店街の裏で、残響を終わらせていた。
2本のクナイが同時に走る。
迷いがない。
音が小さい。
動きが無駄なく正確だ。
残響の輪郭が裂け、黒い澱が滲む。
残穢。
封札に吸わせ、結びを締める。
作業は冷静だ。手順通り。感情を挟まない。
――そのとき。
胸の奥に、わずかな違和感。
映像ではない。
記憶でもない。
断片。
夜。
雨。
誰かの背中。
必死に、何かを守ろうとしている。
水谷は瞬き一つで、それを切る。
(雑音だ)
眼の奥の視線が戻る。
封を確認し、立ち上がる。
次は真刀徳次郎。
奪う者。
そして自分は、狩る者。
水谷真は、淡々と歩き出した。




