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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)――都市怪異を修正する祓屋の記録  作者: みえない糸
第3章 修正できなかった世界
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第27話 奪う者と狩る者 その4 震災下の斬撃

 震災からまだ数日しか経っていない。


 道路はひび割れ、電柱は傾き、信号機は不規則に点滅している。


 だが、高峰修一の前にある光景は、地震とは無関係だった。


「……また、斬られてるな」

 ブルーシートの奥。

 遺体は三体。

 いずれも即死。


 だが、包丁でもナイフでも説明がつかない。

 切断面が、異様に滑らかだ。

 皮膚も骨も、まるで同時に断たれている。


「これ、普通の刃物じゃ説明つかないですよ」

 若い刑事が小声で言う。

「震災混乱下の強盗……ですかね」


 高峰は何も答えない。

 現場の空気を嗅ぐ。


 血の匂い。

 粉塵。

 焦げ。


 だが、それ以外に。

 わずかな、冷たい違和感。

(……似てる)


 徳橋の時とは違う。


 あれは“滲む”ような侵食だった。


 今回は違う。

 これは。

(……刀傷なのか?)

 はっきりと、殺すための刃。


 民家の中は荒らされていた。

 金目の物が消えている。

 衣服も持ち去られている。


 強盗だ。


 だが、盗品目的にしては殺しが過剰だ。

 骨董品店でも同様だった。

 日本刀が一本消えている。

 店主は、真っ直ぐに両断されていた。

 切断面は、まるで稽古場の藁人形のように整っている。


「……これ、誰か剣道の達人とかですかね?」

 若手が冗談めかす。


 高峰は振り返らない。

「……笑えねぇ」

 静かに言う。

「これは素人の斬り方じゃない!」

 刃筋がぶれない。

 無駄がない。

 何度も“斬っている”動きだ。


 そして。

 被害現場は広範囲に及んでいた。

 震災で人手が足りない中、警察は右往左往している。


 だが、高峰の胸の奥にあるのは、別の焦燥だった。

(……逃亡じゃない)


 死刑囚、根石健光。


 独房は崩れていた。

 監視カメラは地震の揺れで停止。

 記録は飛んでいる。


 だが。


 独房内の壁に、奇妙な痕が残っていた。

 爪でもない。

 刃でもない。

 まるで、何かが内側から“削った”ような跡。


 そして、看守の証言。

「おかしかったんです」

 震える声。

「地震の前から、独房の中で、誰かと話しているみたいで……」


「誰か?」


「いえ……ひとり、でした。でも……」


 高峰は眉を寄せる。

 嫌な予感が、確信に変わりつつある。


(……人格の内部崩壊)


 脱獄ではない。

 壊れたのは建物ではなく。

 人間のほうだ。


 ポケットから携帯を取り出す。

 登録名は、変えていない。


 呼び出し音。

 数回。


『…はい、真名井です』

 落ち着いた、女性の声。


 高峰は短く言う。

「まただ」


 沈黙が一瞬落ちる。

『地震絡み、ですか』


「震災下の連続惨殺、

 斬撃による殺害ばかりで異様だ」


 言葉を選ぶ。

「何かが取り憑いたのかもしれん、

 俺はおまえの領分だと考えている」


 向こうで、空気がわずかに変わる。

『……残響の可能性が高いですね』


「ああ」

 高峰は視線を遺体に落とす。

「ただの殺人鬼じゃない」


 根石健光の経歴を思い出す。

 押し入り強盗。

 皆殺し。

 裁判での悪態。

 死刑宣告。


「だがな」

 声が低くなる。

「今回は、様子が違う」


『どう違いますか』


「斬り方が、綺麗すぎる」


 短く息を吐く。


「まるで、達人が“模範で斬ったみたいだ”」


 通話の向こうで、わずかな間。

『……史実を調べます』


「分かるのか?」


『……斬撃痕から時代特性が推測できます』

 控えめだが、迷いはない。


『場所を共有してください』


「今から送る」

 通話を切ら、高峰は空を見上げる。


 余震がまだ続いている。

 街は壊れたままだ。

 その中で。

 別の何かが動いている。


「……勘弁してくれ」

 だが、諦める気はない。


 警察で追えないなら。

 追える者に託す。


 高峰修一は、震災の瓦礫の中で、もう一つの戦場が始まっていることを理解していた。


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