天ノ川 天子はりんねちゃんのファンクラブ的なものが作りたい
緋影と放課後にファミレスへ行く約束を取り付けてウキウキの歩と天子は、憂鬱そうな表情を浮かべる陽子とともに三組の教室へと戻った。
そして、さも当然と言わんばかりに、歩と陽子の近くの席を借りて、一緒にお弁当を食べ始める天子なのであった。
教室にいるクラスメイトたちからは、当然のごとく疑惑の視線を向けられたが、陽子はすでに諦めモードに入っており、不機嫌そうに弁当をつついていた。
チラリと陽子が歩の方を覗き見ると、歩は上機嫌にニコニコと弁当を食べていた。どうやら、歩は天子を完全に受け入れているようだった。
溜息がこぼれる陽子は、ふと思い出したように「天ノ川…さん……呪いの人形にめっちゃ睨まれてなかったか?」と天子に疑問を投げかけた。
陽子は、呪いの人形が天子に敵意を向けていたように感じていた。しかし、天子はというと、質問の意味を理解していないといった表情で首を傾げていた。
「目は合いましたけど……とてもにこやかに微笑んでおられましたよ」
(いや……絶対にそれはねぇーよ!! たぶん、めちゃくちゃ睨まれてたぞ!!)
心の中で天子に猛ツッコミを入れる陽子だったが、まぁ、当の本人が気にしていないなら別にいいか、となる。しかし、今思い返しても、あの呪いの人形は不気味だったと鳥肌が立つ陽子なのであった。
「マジであの人形やべぇーよな……怖すぎんだろ……ほんと、一組の連中も最難だよな」
「え!? そうでしょうか? わたくしはとても一組の方々が羨ましいですけど……」
お互い視線を合わせて「え!?」となる天子と陽子なのである。そんな二人の会話をにこやかに聞きながら、われ関せずと黙々とハムスターのようにお弁当を食べる歩なのであった。
「いやいや……あの呪いの人形めっちゃ怖がられてるから……たぶん、天ノ川…さんだけだと思うぞ……あの人形を可愛いとか言うヤツ」
陽子のその発言に、天ノ川 天子は衝撃を受けた。これは外的ではなく、心的な衝撃であった。何かと問われるなら、天子が「可愛い」と思っていた緋影の人形のことを、みんなが「怖い」と思っていたと知ったからである。
天子は、陽子からりんねちゃんのことを「怖くないか」と聞かれたとき、彼女は人形が苦手なタイプなのだろうと思い、「怖い」という感想はあくまで個人の意見だと受け取っていた。
しかし、まさか生徒たちの大多数が「怖い」と思っていたとは、夢にも思わなかった天子なのである。
「えっ、あんなに可愛らしいのにですか?」
「い、いや……“こぇー”の間違いだろ……なぁ? あゆ?」
「……う、う~ん……ちょっ…と…だけ…怖い…か…も?」
二人の発言に衝撃を受け、驚愕の表情を浮かべる天子。慌てた歩は、これはフォローを入れなければと焦る。
「で、でも……たぶ…ん……悪い人形…じゃな…い…よ?」
「いや……悪い人形だろ……一組の連中、あまりの恐ろしさにゾンビみたいな顔になってんぞ……全員」
頬杖をつきながら事実を述べる陽子に、「ようちゃん、空気読んで」と歩が肘で小突く。
お前にだけは言われたくない……と内心思う陽子だったが、天子の「ショック受けてます」と言わんばかりの表情を見て、さすがに何も言えなくなる。
「そ、そんな……あんなに可愛いのにですのか!?」
驚いたように言いながら、天子は自分のスマホを取り出し、保存していたりんねちゃんの画像を開く。
「こ、こんなに可愛いのにですか!?」
そう言ってスマホの画面を二人に見せつける天子に、陽子はまるでグロ画像でも見せられたかのような反応をした。
さすがの歩も、これには苦笑いを浮かべる。
「み、みなさん、多分なにか勘違いをなさっているのだと……」
スマホに写ったりんねちゃんの画像をじーっと見つめ、ショックを受けている天子を、気まずそうに見守る歩と陽子なのであった。
三人の間に、気まずい沈黙が流れた。
「そうです!! わたくし、良いことを思いつきました!!」
突如、何かに目覚めたように天子が両手を合わせて叫んだ。
「もっと、りんねちゃんさんの可愛さを知ってもらうための活動をするべきだと思うのです!!」
そして、勢いよく立ち上がり、拳を握りしめながら政治家よろしく、そう言い放った天子。その様子に、驚きと呆れが半々といった複雑な表情を浮かべた陽子は、「これは止めるべきだ」と直感した。
「い、いや……そ、そんな活動はしなくていいんじゃねぇーかな」
「いえ! 誰かがやらなければならないことなら、自らやるべきなのです!!」
考え自体は立派なのだが、やろうとしていることはまるで新興宗教(邪教)の立ち上げでは……と、陽子は思った。
(あゆ……聖女様がなんか訳わかんねぇこと始めようとしてるぞ……止めねぇと、マジでやべぇんじゃねーの?)
先ほどから黙って腕を組み、真剣な表情で何かを考えている歩に、嫌な予感を覚える陽子。
(おい……あゆ、お前何考えてんだよ?)
賢そうな顔をして考えごとをしているときの歩は、たいていロクでもないことを考えている。最近ようやくそれに気づき始めた陽子である。
実際、歩はこう考えていた。この“聖女様”の活動に付き合えば、緋影とたくさん話せるチャンスが増えるのではないかと。
中学三年の頃には、さすがに今更オカルト部を訪ねる勇気が出なかった歩。
けれど今、高校では幼馴染の緋影と同じ部に入って、楽しく活動できたら……と、妄想はどんどん膨らんでいく。
顔が緩みきった歩は、ハッと我に返り、わざとらしく咳払いをひとつ。
「い、いいと……思う…よ」
「よくねぇーよッ!!!」
思わず立ち上がって、歩に大声でツッコミを入れる陽子。
「ひとまず、部活動という形で活動するのはどうでしょう?」
「すご…く…いいと…おも…う…よ」
(ヤバい! ヤバい!! 完全に聖女様が闇落ちして、邪教を立ち上げようとしてるじゃねーか!? なんとかして止めねぇと!!)
トントン拍子に話が進んでいくなか、陽子は危機感を覚え、これは止めるしかないと立ち上がる。そして、天子の両肩をガシッと掴む。
「ていうか、お前、仮にもせい………………」
陽子は言いかけて、ハッと気づく。そんな彼女を、きょとんとした顔で見つめる天子。
(し、しまった……忘れてた!! こいつ、“聖女様”って言われてるだけで……ただの一般人じゃねぇーかッッッ!!!!!)
そう、天ノ川 天子は“聖女様”と称されてはいるが、実際には聖女でも天使でもなんでもない、ただの高校生なのである。
今さらその事実を思い出した陽子は、天子から距離を取り、呆然と立ち尽くした。
「ようちゃ…ん…のことは…気に…しない…で……たまに…おかしく…なる…人…だから…大丈夫…だ…よ」
「でそうなのですか? では、わたくしたち三人で、りんねちゃんさんの良さを広めるための部活を作るということでよろしいですか?」
「いい…よ」
陽子が呆然としている間に、なんか話がまとまりかけていた。これはヤバいと、焦る陽子なのであった。
「よくねぇーって!!」
「ようちゃ…んは…ツンデレ…だから……いい…よって…言って…るん…だ…よ」
「言ってねぇーよ!! 誰がツンデレだ!! 誰がッ!!」
「そう? なのですか……では、轟さんも一緒に活動しましょうね」
「お前ら、ウチの話を聞けぇってッッッーーーー!!!」
陽子の魂の叫びを完全にスルーして、仲良くハイタッチしながら「いえーい!」と盛り上がる天子と歩なのであった。
(ウチを巻き込むんじゃねーッ!!)
心の中で突っ込むことしかできない陽子は、どこまでも不憫なのであった。




