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Black Sheep in the Cage  作者: 神谷アユム
15/18

Would you marry me ?

「これ見つけたんだよ。懐かしくない、こういうの」


ある夏の日、訪れた祭。

そこで、陽人は「あるもの」を見つける――


ツイッターで言われてたやつを書きました。

 淡い光に包まれる石畳。リンゴ飴の屋台。お面屋の親父。そんな場所に、彼らは立っていた。

「わー! 今年もいっぱい屋台出てるな。怜司、お前どこ行きたい?」

「……どこでもいい、早く帰りたい」

 帰らねえよ、と返事をして、陽人は歩き出した。怜司もしぶしぶといった感じでついてくる。祭の屋台の間を、こんなに楽しくなさそうに歩く人間を、十七年の人生の中で陽人は初めて見た。

 元々、祭に行く習慣があまりない家で怜司は育った。昔一度だけおじいさんに連れてきてもらったことがあるらしいが、怜司自身はもちろん、おじいさんも幼い孫をどこに連れて行っていいか解らなかったようで、一番奥の社にお賽銭をし、そこから花火だけ見て帰ったそうだ。ついこの間まで知らなかったことである。

 一方、陽人は幼い頃は家族と祭に来ていたし、年を取っても怜司を誘う気にはならなかった。大抵、クラスメイトの男子か、男女何人かのグループで来るような場所だ。正直な話、先ほどのように怜司はこういうものにあまり興味を持たないし、楽しめない人間を連れてきても、こういう場所の場合はみんな不愉快になるのがオチだ。しかし今年は、何故かこの男と二人きりで祭に来ることになってしまった。

 彼女は誘ったが断られた。妹の誕生日らしく、シスコンの妹がどうしても離してくれないからと謝られた。どうせ彼女と行くと高をくくっていた陽人はそれから、友達連中に電話をかけまくったが全員にやっかみ半分で断られた――彼女が駄目だから俺らってのは都合良すぎっしょ――一人で祭に行くのは嫌だったが、年に一度しかない地元の祭に行かないのも嫌で、陽人は結局、怜司に声をかけた。

「……僕に村田あきの代わりができるとは思えないが」

「いや代わりだとは思ってねえよ。嫌だわ眼鏡で仏頂面のあきちゃん」

「それじゃあ僕はいかな……」

「頼む怜司! 焼きそばでもたこ焼きでもおごるから!」

 しばしの沈黙の後、お前は手がかかる、と怜司はそう言って、待ち合わせの時間を聞いてきた。完全に食べ物で釣った形である。

 母親にそれを伝えると、それじゃあ、と浴衣を二着用意してくれた。怜司君こういう渋い色が似合うのよね、と楽しそうな母親は、陽人の幼なじみである藤村怜司という人間を結構気に入っている。まあ確かに、と陽人は思う。怜司は大人の前では、並の十七歳よりはるかに礼儀正しかったし、黙っていればそれなりなのだ、容姿も。

 そんなわけで、陽人の家に集合し、浴衣を着せつけられて送り出された。浴衣姿の怜司は怖いほど様になっており、陽人は感心してしまった。

 人混みの中を、怜司と連れだって歩く。怜司は特に何に気を取られる様子もなく、淡々と自分の横を歩いていた。

「……怜司、お前なんか興味あるもんとか……」

「ないと言っただろう。そもそも僕は、祭に来る習慣がないんだ。楽しみ方もよくわからない。僕にどうしろと」

 そりゃそうだ、と陽人は妙に納得し、そこからは怜司に祭の楽しみ方を教えるつもりで、色々と喋りかけながら歩き回った。

「んで、怜司結局何おごってほしい? 個人的には牛串とかもうまいと思うんだけど……」

「……あれがいい」

 珍しく怜司が意思表示をした。驚いて指さした先を見ると、そこにあったのは「かき氷」というのぼり。

「……子どもかよ」

「こんな時間に味の濃いものを食べたくない」

 おじいちゃんかよ、という言葉は胸の内にとどめておき、陽人は怜司とかき氷の屋台に近づいた。

「いらっしゃーい。どうしましょ」

「あ、俺イチゴで。怜司どうする?」

「……抹茶金時」

 陽人はまたおじいちゃんかよ、と思ったが、また言わなかった。二人分のかき氷を買い、歩きながら食べたくないという怜司に付き合って、二人は社の前の石段に腰を下ろし、かき氷を食べた。


「……正直さ、俺これじゃ腹ふくれないから焼きそば買ってきていい?」

 早々にかき氷を食べ終わった陽人がそう言うと、怜司は無言でひらひらと右手を振った。行ってこいということらしい。

「迷子になったら困るからそこで待ってろよ」

「子どもじゃない。早く行ってこい」

 へいへい、と適当に返事をし、また人混みに消えていく陽人の背中を見ながら、怜司は小さくため息をついた。

 待ち合わせの時間通りに犀川家に行くと、あれよあれよという間に家の中に連れ込まれ、されるがままに浴衣を着せつけられた。似合う似合うと楽しそうな沙織さん――陽人の母親――に送り出され、ここまで来た。怜司は今一度、自分の着せられている浴衣を見る。

 借り物を着せられている以上、絶対に汚すわけにはいかない。それを思うと、やきそばやたこ焼きを食べるわけにはいかなかった。もちろん、こんな時間にそういうものを食べたい気分ではなかったのは嘘ではないが。

 また、ため息が出た。だいたい、男二人――しかも愛想のない、祭とはほとほと縁遠い自分――で、こんなところまで来る神経がわからない。一緒に楽しめそうな人間に断られたなら、家で月でも眺めていた方がよほどいいのではないだろうか。

 そんなことを考えているうちに、向こうの方から歩いてくる陽人の姿が見えた。片手に焼きそば、もう一方の手にたこ焼きを持っている。

「怜司ただいまー。たこ焼き、ちょっと食べる? 勢いついちゃって買ったけどさ、食べきれない気がするんだよねー」

「……自分で食い切れないものを買うんじゃない、まったく」

 一つため息をついてから、怜司はしかたなく、たこ焼きをいくつかつまんだ。浴衣を汚さないように、絶対落とさないよう神経を使うのは存外大変だった。

 焼きそばを夢中で食べていた陽人が、急に顔を上げて、そうだ、と言った。口の周りにソースが付いている。

「サイ、ついてるぞ」

 ティッシュを差し出すと、陽人はそれを受け取って、いそいそと口を拭いた。

「で、一体なんだ」

「これ見つけたんだよ。懐かしくない、こういうの」

 そう言って陽人が差し出してきたのは、おもちゃの指輪だった。ちゃちな金メッキに、石は少々大きすぎる赤色。

「そこで売っててさ。なんかみょーに可愛く見えちゃって。お前にやるよ」

 怜司は信じられない気持ちで陽人の手のひらに載せられたそれを眺めた。何故こいつは自分にこんなものを渡そうとしてくるのか。

「あ、なんでこんなもん寄越すんだって思ってるだろ?」

「当たりだ。やるなら彼女にでもやれ」

 いや、女の子は余計こういうのは要らないでしょ、と陽人があきれたような声を出したので、怜司は憮然とした顔で、陽人を見返した。

「高校生の女の子がするようなデザインじゃないでしょこれは。あくまで懐かしかっただけ。今日の記念みたいなもんかな。お前多分、もうお祭りって来ないだろ?」

 言われてみればそうだ。また陽人に誘われでもしないかぎり、怜司は祭には来ないだろう。そう思うと、なんとなくその指輪も、貰っておいてもいい気がした。

 怜司は指輪をつまみあげ、ひとまずしてみようとする。しかし。

「サイ」

「何?」

「これはわざとか? 薬指にしか入らない……」

 左手の薬指に、なんとなく居心地悪そうにおさまるおもちゃの指輪を見て、陽人が一気に破顔し、ゲラゲラと笑い出した。

「お前マジか! これもう運命だな、結婚しちゃう? 俺ら」

「抜かせ、ここは日本だ。それに、ここにしかはまらないんだから仕方が無いだろう」

「ただの記念なんだから、無理くりはめようとするのがおかしいでしょそもそも」

 陽人が、まあ別にお前だったらいいけど、と言ったところで、花火が上がった。目の前の闇に咲く、うつくしい火の花。

「僕はごめんだ。めんどくさい」

「めんどくさいって! さすがにちょっと傷つくんですけど」

 花火を眺めて笑い合う二人は、先のことなど知らない。ただ、あの日の指輪を怜司は未だに、捨てられないままでいる。

いやー書いてみたらこんなんなったよね。

「祭りで買ったおもちゃの指輪を渡すシチュ」を二人でやってみました。

陽人は単に記念的な意味で買うんだけど、怜司は律儀にはめようとしちゃう。

そしてきっと捨てられない(笑

もっとちっちゃい頃にする予定だったんですけど、高校生で浴衣の二人がバーン!と思い浮かんでしまい、抗いがたい衝動にかられてこうなりました(

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