すききらい~Side R~
その日、怜司はスプーンを持ったまま動かなくなってしまった――
お題箱より「怜司が陽人と暮らすようになって食べるようになったもの」の話。
その日、陽人はスプーンを手にしたまま、首をかしげていた。目の前の怜司が、いただきますをしてから一度だけスプーンを動かし、以降全く動かなかったからだ。彼はただ、目の前の耐熱皿を凝視していた。
「何? 怜司どうしたの? ラザニア嫌い?」
「いや、嫌いなわけではないが……これは苦手だ」
「なんで? お前グラタンとかドリアとか平気じゃん」
なら、ミートソースやホワイトソースが苦手なわけではないだろう。パスタも文句を言わずに食べるので、パスタが駄目というわけでもなさそうだ。何が苦手なのか全く見当がつかない。
「味の問題じゃない……なんというか……この、綺麗に食べられない感じが苦手なんだ」
言われてみて初めて、陽人は気づく。確かに、ラザニアはよっぽどうまく食べないと、食べているうちにパスタとソースがずれてばらばらになってしまう。どうも、怜司はそれが嫌らしい。
「あっ、それでか!」
陽人がいきなり大声を出したので、怜司が小さく飛び上がって、何だ突然、と怒ったように言う。
「いや、前にさ、俺お土産にミルフィーユ買って帰ったことあったよね? ほら、あのパイ生地とイチゴとクリームが積み重なってるやつ」
「あ、ああ……」
「もしかして、あれも苦手?」
怜司はしばし沈黙したのち、気まずそうに目をそらして頷いた。それを見て陽人は気づく。もしかしてこいつ、叱られてると思ってる?
「あ、いや、別に責めてるわけじゃなくて。お前甘いもの嫌いってわけじゃないのにあれだけ俺に全部食えって言ったからなんでかなーっと思ってさ。謎が解けて納得しただけ」
「……お前はほんとに、余計なことばかりちゃんと覚えてるんだな……」
怜司がそう言ってため息をついた。それを見て、陽人は少しだけむっとする。余計なこととはなんだ、余計なこととは。
「ともかく! お前もしかして、食べてる途中でぐちゃぐちゃになるもの嫌い?」
「嫌いというか……苦手なんだ。じいちゃんやお手伝いさんと暮らしてた頃は食べたことがなかったし……うまく食べられない」
それを聞いて、陽人はまじまじと怜司を見た。現代人として生きてきて、ラザニアもミルフィーユも経験がない、だと? 陽人は口の中でぼそりと、マジかよ、とつぶやいたが、すぐにかぶりを振って打ち消した。確かに、祖父に育てられた怜司ならその可能性はあった。それに。
怜司は陽人から見て、非常にお行儀がいい――この言い方をすると猛烈に怒られるが――箸は必ず箸置きに置くし、ご飯粒も残さず食べる――うっかり残すと叱られる――魚に至っては、これぞ猫またぎ、と言いたくなる美しさだ。本気で骨しか残らない。そんな彼にとって、「お行儀良く食べられない」ラザニアやミルフィーユは脅威だったようだ。
「あー、怜司、これってさ、誰でもうまく食べられないもんなのよ普通は。ミルフィーユもそう。ばらばらになっても最後までおいしくいただけば大丈夫だよ」
「そ、そうなのか……?」
そうそう、と適当に頷くと、怜司はおそるおそるラザニアにスプーンを入れ、食べ始めた。
「うまいでしょラザニア。今日暇だったからミートソースもホワイトソースも自分で作ったんだよね どう?」
「……悪くない」
怜司はそう言って、安心したように多少崩しながらラザニアを平らげていく。それを見ながら、陽人も渾身のラザニアを食べ始めた。全く、なんか変なところ手がかかるの、昔からなんだよな。
「普段すーぐ俺におふくろみたいに怒るくせに」
「何か言ったか?」
「なんでもないでーす。さ、食べよ食べよ」
そして二人は、陽人お手製の温かなラザニアを、静かに食べた。なぜなら。
「……怜司、やっぱり崩れるの嫌?」
返事はなかったが、その沈黙は明らかに、是だった。
今度から、静かに食事したいときはラザニアとか、広島お好み焼きだな、と思う陽人であった。
陽人は基本的に子どもが好きなものは大体好きなので(そして子どもが嫌いなものは大体嫌い)この手の洋食はよく作ります。
怜司はがっつり和食で育てられているので、「積み重なった状態で崩れてうまく食べられないもの」は苦手であまり食べなかったんですが、陽人が作るし買ってくるので食べることになったみたいです。
何の文句も言いませんが、家でオムライスがでてくるのにも驚いたとか驚かないとか。
怜司君、基本的に好き嫌いはないですからね……好き嫌いするほど食べることに興味がないというか。(料理は戦略ゲームみたいなもんなので好きみたいです)
そして私も、積み重なってる系は全部バラバラになります。とてもくやしい。




