ミルクが冷める前に
「どうして飴を牛乳に入れる? 溶けないだろう、それじゃ」
陽人のロマンチシズムと、無自覚の怜司のお話。
ミルクでキャンディー溶かすやつです。
温めたミルクに、キャンディを一つ。ティースプーンでかき混ぜる。ぽってりとしたマグカップを手で覆い、小さく息をつく。
「……何をしてる」
「え?」
「どうして飴を牛乳に入れる? 溶けないだろう、それじゃ」
これだから解ってない、と陽人はカップを置いた。手がすこし赤くなっている。長めに温めた弊害だ。
「ロマンだろこういうのは。なんかで読んだんだよ。ホットミルクにキャンディを落として、溶けるのを待つ間、離れて暮らす恋人を想うっていう……」
それを聞いて、怜司はふうん、と興味のなさそうな返事をして、ふらりと台所へ行ってしまった。その背中を見送りながら、陽人はまたカップを手の中に収める。少しだけなめたホットミルクはまだただのミルクの味だ。
怜司に求めるだけ無駄な気がしているので言わないが、本当はこういう些細なことも、妙なロマンチシズムも、できたら一緒に感じて欲しい、と思ってしまうのはわがままだろうか。
ミルクをそっとかき混ぜる。カップの中でからからと、くぐもった音が聞こえる。外は雨だ。雨の日はなんとなくこんな、どうでもいい物思いにふけってしまう。
「多分、気にすることないんだろうなぁ……」
それは解っている。怜司は昔からこういう性格だ。ロマンだの、感情の機微だの、その辺りは理解しないし、他人のロマンを邪魔しようとはしない代わりに、理解しようともしない人間である。だからこの反応は、別に彼が冷たいわけでも、いじめられているわけでもない。解っていた。でも、なんとなく寂しくなってしまう。
「いい加減慣れろって話だよなぁ」
陽人はまたひとりごちる。昔からずっとこうなのだから、怜司はこういう人間だと割り切って受け止められればいいのに。実際、怜司は陽人の性格に関して、おそらく色々割り切って合わせてくれていると思う――実際どうかは聞けるわけがないし、それを読み取るには陽人は鈍感すぎた――なのに自分は、いつまでも子どものようなわがままをこねて、なんとなく恨めしい気分になってしまう。何年生きたところで、自分はガキだという気持ちになる。
深いため息を吐いて一口なめたホットミルクからは、うっすらと飴の味がした。時間をかけてゆっくりゆっくり、ミルクと混じっていく儚い砂糖の塊。
陽人がソファから上を仰ぎ見ると、視界に怜司が入った。手には湯気の立つカップを持っている。「何怜司、コーヒー?」
彼は無言で陽人の隣に座ると、カップをテーブルに置いた。中身を覗いて、陽人は思わずカップを取り落としそうになる。温かなミルクが不規則に波紋を立て、怜司があきれたように、どうした、と聞いた。
「だってお前、普段ホットミルクとか飲まないじゃん」
テーブルに置かれた、湯気を立てるミルク。何事もなかったように怜司は、そこに一つ飴を落とした。
「へ……?」
「ロマンなんだろう、こういうのは」
ぽかんとしている陽人に気づいているのかいないのか、怜司はただ、ミルクの入ったカップをじっと眺めていた。
「……何してんの?」
「離れている恋人を想う、というところまでやってみようとしたんだが……駄目だな。そもそも僕に恋人はいないし、それに」
隣にいるんじゃな、と怜司はつぶやいて、何事もなかったように読みかけの文庫本を取り出した。その言葉の意味をしみるように理解して、陽人は赤面した。
「おま、さらっと何を」
「他に思いつかない。それだけの話だ。で、隣にいたのでは難しい」
素直じゃないのはずっと同じで、こんな風に変に律儀なのも変わっていない。
「あのさあ、離れてる恋人を想うのはあくまで小説の話であって……別に、隣にいるなら喋ればいいじゃん」
怜司がちらりとこちらを見る。そのまま目線を切らずに彼はミルクを一口なめ、なるほど、とつぶやいた。
「この程度の時間では、味がしない」
「俺でやっとちょっと飴の味感じるようになってきたぐらいだからなぁ……まあ、喋ってればすぐじゃね?」
ならお前から話題を提供しろ、という声を聞きながら、陽人はカップのミルクをかき混ぜる。
この小さな幸せを。まるで冷めないミルクのように。陽人はそっと、胸に抱いた。
ミルクでキャンディー溶かすというシチュでこうなりました。
怜司はごくまれに、こんな風に素直になるし、急に素直になられると、むしろぽかんとしてしまう陽人です。
この頃には怜司君の中でもなんとなく、陽人は特別な存在だと気づいているようです。
まあ、言うほどの自覚はありませんが……
ちなみに神谷は、実際やってみたら入れたのが蜂蜜飴だったのがよくなかったのか、飴が半端に溶けてスプーンが絡まってカップがはねちゃって、膝にミルクを飲ませました(




