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夫の浮気相手、問答無用でシバキ倒しました  作者: 九葉(くずは)


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第11話

 王都大闘技場での公開処刑から二日後。

 貴族院の特別法廷は、石造りの冷え切った空気と、傍聴席を埋め尽くす貴族たちの冷淡な視線に満ちていた。


 被告人席に立たされたモーリス・フォークナーは、両手首に重い鉄の手枷を嵌められ、青白い顔を小刻みに震わせていた。

 二日間の地下牢での拘留ですでに髪は油で汚れ、自慢だった端整な顔立ちには無精髭がびっしりと生え揃っている。


「――主文を言い渡す」


 壇上に座る首席司法官の厳格な声が、高い天井に厳かに反響した。


「被告人モーリス・フォークナーを、神前名誉決闘裁判における毒物使用教唆の罪、ならびに虚偽告訴罪、司法妨害罪、名誉毀損罪に処す」


 羊皮紙をめくる無機質な音が、モーリスの鼓膜を容赦なく削り取る。


「第一に、被告人モーリスの王宮文官職を、本日付をもって即日『懲戒免職』とする。今後、王国内における一切の公職への就任を永久に禁ずる」

「っっ……!?」


 モーリスの喉から、掠れた悲鳴が漏れた。

 王宮文官。

 家柄と自らの見栄を支えていた唯一の看板であり、同僚たちを見下すための誇りだった地位が、一瞬で紙屑のように消し飛んだのだ。


「第二に、国庫への重過料納付を命ずる。第三に、被害者たるヴァンベルク男爵令嬢ヒルダ、ならびにアイゼンハルト侯爵家に対する重大なる名誉毀損の賠償金として、計金貨八百枚の即時支払いを命ずる。第四に、貴族院における一切の特権および審議権を無期限停止とする」


 金貨八百枚。

 重過料と合わせれば、千枚近い天文学的な金額だ。

 足元がぐらりと揺れ、モーリスは手枷の鎖をガシャリと鳴らしてへたり込みそうになった。


「う、嘘だ……。そんな大金、払えるわけがない……!」


 だが、法廷は情け容赦なく閉廷を告げた。

 身元引受人として仮釈放の手続きが取られたものの、法廷の外へ出たモーリスを待っていたのは、さらなる底なしの泥沼だった。


「よお、フォークナーの若旦那」


 貴族院の重厚な正門の脇。

 薄暗い柱の陰からぬっと現れたのは、派手な毛皮の襟巻きをつけた大男――悪徳金融業者『銀獅子商会』の取り立て屋だった。

 その背後には、柄の悪そうな屈強な用心棒たちが三人、ニヤニヤと笑いながら控えている。


「ひっ……! ぎ、銀獅子商会……!」

「決闘裁判、見事に大敗北だったそうじゃねえか。おかげで大恥かかせてもらったぜ。……さて、前払いで貸し付けた金貨五百枚、それに契約書通りの利息を上乗せして、締めて金貨七百枚だ。きっちり返してもらおうか」

「ま、待て! 俺は今、全財産を差し押さえられて……金なんてない!」

「知ってるよ。だから親父さんのフォークナー子爵家本邸に、直接督促状を叩き込んどいてやったぜ。子爵家の名を騙って書いた借用書なんだ、あっちが払うのが筋ってもんだろ?」


 取り立て屋はモーリスの頬をペチペチと汚い指で叩き、嘲笑った。


「今日中に耳を揃えて払わなきゃ、子爵家の領地も家財も全部差し押さえの手続きに入るからな。……精々、親父さんに泣きつくんだな」


 男たちが去っていくと、モーリスは恐怖で失禁しかけながら、足をもつれさせて王都の大通りを走り出した。


 ――父上だ。

 ――本邸の父上に泣きついて、金を工面してもらうしかない……!


 それしか道は残されていなかった。


 * * *


 息を切らし、泥に汚れながら辿り着いたフォークナー子爵家の本邸。

 だが、その門前には、すでに異様な空気が立ち込めていた。


 取引先の商人たちや下請けの職人たちが門前に詰めかけ、口々に怒号を浴びせている。

『約束の鉱石はどうなったんだ!』

『毛皮の納品が滞って違約金が発生してるぞ!』

『金を返せ、フォークナー!』


 モーリスは裏門からコソコソと屋敷内へ滑り込み、本邸二階の当主執務室へと転がり込んだ。


「ち、父上ッ! 父上、助けてください! 俺は騙されたんです、あいつらにハメられたんですッ!」


 部屋に飛び込んだ瞬間。


 バキィィィッッ!!


 凄まじい衝撃がモーリスの顔面を直撃した。

 目の前で火花が散り、激痛とともにモーリスの体は絨毯の上へと無様に吹き飛んだ。


「ぐわぁぁぁっ……!?」

「黙れッ! 黙れ、この恥晒しがァッッ!!」


 樫の木のステッキを振り下ろしたのは、父であるフォークナー子爵だった。

 かつて社交界で温厚を装っていた父親の顔は、怒りと屈辱と恐怖で鬼のように引き攣り、額には何本もの青筋が浮き上がっている。

 部屋の隅では、母がハンカチを口に押し当てて泣き崩れていた。


「な、何をなさるのです父上! 俺は貴方の息子――」

「息子だと!? 誰が貴様のような疫病神を息子と呼ぶものかッ!」


 子爵はステッキを床に叩きつけ、机の上の分厚い書類の束を、倒れ伏すモーリスの顔面へ投げつけた。

 バサバサと紙片が舞い散る。


「見ろ! 貴様が裁判で負けたせいで、アイゼンハルト侯爵家とヴァンベルク家から連名で八百枚の賠償請求が届いた! さらに貴様が闇金から借りた七百枚の督促状! それだけではないぞ!」


 子爵は胸倉を掴む勢いで身を乗り出し、唾を飛ばして怒鳴り散らした。


「ヴァンベルク家から北方の鉱石と魔獣革の供給を完全遮断されたせいで、王立騎士団への定期納品が完全に破綻した! 王国軍需省から莫大な契約違約金の請求が届き、フォークナー家の信用は地に墜ちたのだ! 先祖代々の領地を半分売り払い、本邸の家財を処分しても、まだ借金が残るわッ!!」

「ひ、ひぃぃっ……!」

「我が家を破滅させたのは貴様だ、モーリス! 身の程も弁えず、北方の後ろ盾を失えば自分がただの無能だと気付きもせず、愛人などに現を抜かして嘘を重ねた貴様の浅ましさが、このフォークナー家を滅ぼしたのだッ!!」


 ステッキの連打が、容赦なくモーリスの背中や肩に叩き落とされる。

 痛みに悲鳴を上げながら床をのたうち回るモーリスに、子爵は最後の一枚の羊皮紙を冷酷に叩きつけた。


「これを読め」


 そこには、王室法務院にすでに提出された公的な手続きの写しが記されていた。


『フォークナー子爵家嫡男モーリスの廃嫡、ならびに一族からの除籍・永久勘当の件』


「な……っ!?」

「本日付をもって、貴様はフォークナーの人間ではない。貴族籍も剥奪だ。我が家をこれ以上泥沼に巻き込ませぬため、貴様個人が犯した罪と借金は、貴様一人で背負って泥水を啜れ!」

「ち、父上!? 嘘だろ、見捨てる気ですか!? 俺は文官もクビになったんですよ!? 家を出されたら、俺はどうやって生きていけばいいんですか!」


 みっともなく縋り付くモーリスの手を、子爵は汚物でも払うようにステッキで叩き落とした。


「知るものか! 野垂れ死のうが首を吊ろうが貴様の勝手だ! おい、家令! この男の身ぐるみを剥いで、即刻叩き出せ!!」

「はっ!」


 控えていた二人の大男の従僕が踏み込み、モーリスの腕を力づくでねじり上げた。

 身につけていた上等な外套が乱暴に剥ぎ取られ、銀の懐中時計も、子爵家の家紋が刻まれた指輪も、すべて指から引き抜かれる。


「あ、あああ……! やめろ、やめてくれえええっ!」


 叫び声も虚しく、モーリスは本邸の勝手口から雨が降り始めた裏路地へと、文字通り放り出された。


 ドサリ。


 冷たい泥水の中に、薄汚れたシャツ一枚のモーリスが突っ伏した。

 背後で、重々しい鉄の扉がガチャンと施錠される音が響く。


 冷たい秋雨が、容赦なくモーリスの全身を打ち据え始めた。


「あ……あ……」


 泥水を啜りながら、モーリスは震える手で地面を掻きむしった。

 地位もない。金もない。名誉もない。家もない。親からも完全に切り捨てられた。

 残されたのは、千五百枚を超える莫大な借金と賠償金、そして王都中の貴族たちからの冷酷な嘲笑だけ。


 大通りを見れば、かつて王宮で同僚だった文官たちが、傘を差しながらこちらを指差し、嘲笑の笑みを浮かべて通り過ぎていく。誰一人として、手を差し伸べてくれる者などいなかった。


 ――俺には、まだ……。

 ――まだ、あそこがある……!


 絶望の底で、モーリスの脳裏にひとつの場所が浮かび上がった。


 保釈金の支払いを巡り、一時的に身柄を軟禁されているはずの愛人――ベリンダのいる、あの荒れ果てた別邸だ。


「ベリンダ……! あいつだ、あいつが俺を唆したんだ……! 責任を取らせてやる……!」


 復讐と執念に目を血走らせ、モーリスは泥まみれの足を引きずりながら、雨の王都を這うように歩き出したのだった。


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