【文書 0354】カドミウム軍医部 診療記録(写し)
患者識別:志乃 [個人情報保護規定により名のみ表記]
所属 :カドミウム第三班 班長
診察日時:再編3年5月18日 03:47
診察者 :早坂 瑞穂(カドミウム軍医、医学博士)
診察種別:戦闘従事後 標準健康確認
診察番号:MD-3-X-0518-02
【1. 主訴】
本人申告:特記なし。
診察者所見:本人の発言数、平時より約4割減少。
質問への応答に、平均1.8秒の遅延あり(基準値0.6秒以下)。
【2. 身体所見】
体温 :36.5℃(正常)
脈拍 :72/分(正常、ただし入室時 88/分、安定まで約3分)
血圧 :118/76(正常)
呼吸 :18/分(正常)
瞳孔 :左右対称、対光反射正常
体表 :**右手背部に切傷1箇所**(長径約1.2cm、新鮮、滲出なし)
【3. 切傷の処置】
本人申告:「いつついたか覚えていない」
処置 :洗浄、消毒、テープ閉鎖
備考 :開口部への感染体由来体液接触の可能性について、本人に確認。「ない」との回答。本職、これを記録のみに留める。
PEP(暴露後予防)の適応について:
・本職は本患者にPEP適応の検討を口頭で提案した。
・本患者は「必要ない」と回答し、提案を辞退した。
・PEPは本人同意なく実施できない。
・本職はこの判断を記録のみに留めた。
【4. 神経学的所見】
意識清明、見当識保持。
小脳症状、錐体路症状、いずれも陰性。
ただし、診察中、患者は右手切傷部位を、診察者の質問とは無関係に、複数回(4回計測)視認する動作あり。
【5. 心理状態】
強い情動反応なし。ただし、診察終了時、患者は退室直前に
以下を質問した。
「先生は、転化体を見たことがありますか」
本職:「臨床的所見としては」
「立ち会ったことは」
本職:「ある」
「最初の自覚症状は、何ですか」
本職、回答した。「個体差が大きい。一概には言えない」
これは事実である。同時に、十分な回答ではない。
患者、それ以上の質問なし。退室。
【6. 判定】
身体的異常:認めず。
所見継続観察:必要(72時間後 再診を勧告)。
【7. 附記】
本記録は標準形式に従い記載した。
本職の臨床的判断として、記載されていない観察事項が複数存在する。
これらは別途、本職の個人診療ノート(非公式)に記録する。
特に:
患者がPEPを辞退した理由について、本職は懸念を抱いている。
PEPは予防的措置である。受けて損のあるものではない。
にもかかわらず辞退するのは、何らかの判断的選択を伴うものである。
ただし、これは医学的判断の範囲を超える。
記録のみに留める。
署名:早坂 瑞穂
【整理者注】 本診療記録において、患者がPEPを辞退した記録は、本資料群中で 特記される最初の事例である。
当時、PEPは曝露の可能性がある全ての隊員に対して提案される 標準措置であった。辞退例は極めて稀であり、本資料群中、再編3年 までに確認できる辞退例は3件のみ。
うち2件は、その後の経過観察で転化が確認されている。
1件、すなわち本記録の患者の経過については、本資料群中、 明確な追跡記録が存在しない。




