四番打者
まだ、安心はできない。次は、四番の三宅さんだ。身体の大きさ、腕の太さは、メジャーリーガー並み。真っ黒に日焼けした個性的な風貌のせいで、新人女子アナから外国人選手に間違えられた、という笑い話もある。
毎年40本以上の本塁打を打つパワーヒッターにも関わらず、2ストライクをとられると軽打に切りかえる器用さを併せ持つ。配球の読みも鋭い。裏をかいたつもりのリードが、ばっちり読まれていたケースも多い。
三宅さんは右打席の足場を馴らすと、強烈な目ヂカラを若林に向けた。並みの投手なら、ちびってしまいそうな、〈殺し屋の目〉である。だが、若林は素知らぬ顔で、平然とセットポジションに入っている。
「気に入らんな、その態度。可愛げがなさすぎるで」タイガースの四番なら、そう言いたいところだろう。
このパワーヒッターは気が短く、プライドも高い。新人など簡単に打ち砕いて、「レベルの違いを思い知らせたる」くらいは考えているはずだ。それが気負いとなって、打ち損じてくれれば、こちらの思う壺なのだが。
若林は俺のサインに一発で頷いた。三宅さんは「初球ストレート」という読みだろうから、その裏をかいてカーブでストライクをとる。
ストレートと全く同じ投球フォームで、若林はカーブを投げた。ストレートを待ち構えている三宅さんの裏をかいたはずだ。しかしながら、裏をかかれたのは俺たちだった。
その瞬間、三宅さんの身体が、大きくふくらんだように見えた。曲がり落ちようとするカーブに向かって鋭く踏み込んで、フルスイングでぶっ叩いたのだ。
強烈なライナーが三塁線を襲う。三塁手の越谷さんは長打を警戒して、あらかじめ三塁線を締めていた。反応よく飛びついたのが、火を噴くような打球はグラブの先を通過した。落下地点の土をえぐり、あっという間にフェンスに達した。
幸い、打球の落下地点はファウルグラウンド。三塁塁審が頭上で両手を広げた時、俺は安堵感から腰が砕けそうになった。
一塁ベースの手前まで走っていた三宅さんは、悔しそうに天を仰いである。まさか、初球からカーブにヤマを張っていたとは思わなかった。あの当たりを見れば、もうカーブは投げられない。
「若林、四番には外角一辺倒に切り替えるぞ。二球目は、バットから最も遠い、外角低目へのストレートだ」心の中で語りかけながら、俺はサインを出した。
しかし、若林は首を横に振った。初めてのことだ。しかも、ルーキーの投げたがっている球はストレートではなく、さっきと同じカーブだった。
マウンドから見た三宅さんに何かしら感じるものがあるのか、若林は確信に満ちた表情で、「投げさせて下さい」と訴えかけている。
「アホか、カーブを続けるのは、リスクが大きすぎるで」俺は心の中で絶叫した。
ただ、すぐに思い直した。ルーキーがカーブを続けたがっているとは、まさか三宅さんも思わないだろう。ここは一つ、若林の直感にのってみる手だ。
二球目のカーブは、一球目とそっくり同じ軌道を辿った。三宅さんが一球目と同じスイングをしていたら、今度こそ三塁線を破る長打になっていたかもしれない。
しかし、三宅さんはその球をあっさり見送った。バットと身体が動かなかったのは、ストレートを待っていたせいだろう。ルーキーの直感を優先して正解だった。裏をかいたことで、俺たちは精神的に優位に立った。
三球目には、内角ベルト付近へのストレートを選択した。カーブを二球続けた後の速球。三宅さんが初めて見る、若林のストレートだ。
その独特なストレートは真ん中寄りに甘く入ったが、四番打者は完全に振り遅れた。芯でとらえそこねて、一塁側スタンドへのファウルフライである。
三宅さんは打席を外して、大きく息を吐き出した。どんな表情をしているのか、俺の位置からは見えない。しかし、その背中からは、悔しさと驚きの入り混じった動揺の気配が、湯気のように立ち上っていた。
四番の頭の中は、おそらくこんな感じだろう。
「カーブとの緩急で攻めてくることはわかっとった。内角にくることも狙い通りやった。なのに、何で振り遅れるんや。スピードガン表示は、133キロやのに」
とらえたはずなのに、なぜか打ち損じている。古賀さんや宮野と同様の違和感をおぼえたはずだ。
もう、遊び球はいらない。次の球で仕留める。決め球は最初から決めていた。外角高目に、渾身のストレートだ。若林が思い切り、右腕を振り下ろす。
三宅さんの身体が大きくふくらんだ。
「内の次は外。ありきたりな配球やな」
トップの位置にあったバットが鋭く振り出される。
だが、並みの投手の球とは違う。若林のストレートは、ベースの手前から伸びる。グンと加速するのだ。四番打者のバットは、きれいに空を切った。




